友達へさようなら
大きく溜息を吐かれる。
「……考え直す気はないのか?」
「ありません」
「君なら将来はクサナギのエースに――」
「はは、あなたも買いかぶり過ぎですって。今日出た成績、知ってるでしょう?」
「学院で唯一のEランク。もちろん知っているとも。だが」
「だがもしかしもありませんよ。僕はライセンスさえ取れればそれで良かったんですから」
一度発行した魔導許可証は犯罪者にでもならない限り削除されない。
僕にはちょっとしたやりたいことがあって、そのためにはライセンスがあった方が都合がいい。
学院に通っていたのはそれだけのためなので、いざ取れてしまえばもうこんなところに用はないのだ。
僕の意思が変わらないと悟ったのか、やがて学院長は渋々頷いた。
「……分かった、受理しよう。一週間の猶予期間の後、貴公を退学とする」
「猶予期間……?」
そんな制度はなかったはず。僕の思い上がりじゃなければ心変わりを期待されている、のだろうけど……どうしてこんな無能を引き止めたがるんだか。
全く理解出来ないし、コイツのド汚い思考なんて理解したくもない。僕も頷き、話を強引に終わらせに掛かる。
「……まぁ、それでいいです。それじゃあこれで今度こそ」
「ああ。気をつけて帰りなさい」
その言葉を背に、僕は学院長室を退出した。
◇
鞄を取りに教室に戻ると、そこにはお嬢さまの姿があった。他には誰もいない。
夕日の茜に染まる教室の真ん中、一人立っている彼女は絵画の住人顔負けだ。
僕は、声を掛けることにする。
「や、お嬢さま。どしたの? こんな時間まで残ってさ」
「………………」
……見事なまでの無視である。こうも完璧なヤツだと、流石にクるものがあるな。
「……ねぇ」
と、そこでお嬢さまがゆっくりと振り返った。その様子に、返そうとしていた戯れ言を思わずごくりと嚥下する。
何故なら、彼女からとても真剣な雰囲気が伝わって来ているから。下手に茶化せば殺される、と思ってしまうくらい剣呑で、張り詰めた雰囲気が。
「どこに行っていたの」
「職員室だよ。ほら、学年最下位の生徒は呼び出されるのがいつもでしょう? それ」
「そうね。だけどそれは今日じゃないでしょう」
……わぁ、よくご存知で。
なんと言って誤魔化そうか。そう考えているうちにも、お嬢さまの理詰めの追求が足音を立ててやって来る。
「学年最下位の生徒が呼び出されるのは事実。けれどそれは最優秀者も一緒よ。忘れていたの?」
「……あっ」
そういえば、そうだった。というかお嬢さまと初めて話したのがそのこと関連だったのだ。
今回の最下位は僕で、最優秀者はお嬢さま。ってことはこの言い訳はお嬢さまにだけは通じない。
ホールドアップ。
僕の負け、と分かりやすい降参の印を示す。
「それで、どこに行っていたの?」
「どこでもいいだろ? ほら、しつこい女は嫌われるって言うじゃないお嬢さま。いつも通りクールにいこうぜ」
「遥に好かれたいなんて微塵も思ってないから」
「はは、やっぱり辛辣だなぁ。でもそれ僕のことなんかどうでもいいってことだよね。良かったそれじゃあまた明――」
……後ろを見たら、いつの間にか教室のドアが氷漬けになっていましたとさ。
多分、彼女の魔法。僕みたいな落ちこぼれの魔法では、何人掛かっても破れないような強固な結界。
「……それで?」
「あー、やー……………………はぁ」
次はお前の番、と。彼女の右手から溢れる、魔法の冷気がそう言った気がした。
……寒いのは嫌いだ。だから、僕は正直に話すことにした。
「今行って来たのは学院長室。ちょっと用事があってね」
「用事……?」
「退学届出しに行って来ただけ。はは、やっぱり大した用事じゃなかったでしょう?」
「……え」
意味分からない、という表情。
出来るだけ分かりやすく説明したんだけど……意外にお馬鹿さんだったのかな。それはそれで可愛いと思うけど。
そんな棚上げも甚だしいことを考えていると、その間に幾らか冷静になったのか元の無表情に戻っていた。
少し残念だ。慌てた彼女の顔なんて、滅多に見れるものじゃないのに。
「……何で、退学届なんて」
「何でって、そりゃ退学するために決まってるじゃない」
「なら……何故退学しようとするの」
「ライセンス取れたから。毎年いるらしいし、別に珍しくはないでしょ?」
魔法の自由な行使が認められる上級ライセンスを取れる場所がここしかないから。ありふれた理由である。
――この学院は退学率が30%を超える。
理由は大きく分けて二つ。
一つ目は最初一年間のシゴキに耐えられなくて根性なしと馬鹿がドロップアウトするため。
そしてもう一つは、ライセンスを取った後、ここに残る意味を見出せなくなったため。
つまり、僕だ。
「でも……知っているでしょう。そうして退学した人は……」
「だいたい九割が一ヶ月以内に死ぬ、だっけか? もちろん知ってるよ」
例えライセンスを取得したとしても、それは魔法を使える基礎が出来上がったというだけ。そのまま実践かつ実戦にブチ込んで戦える人間なんてまずいない。
何より、そうやって退学する生徒の殆どはパンドラに恨みのある人間だ。そんな弱っちい学生が気持ちだけ先走って突っ込んだらどうなるか。
結果は聞いての通りである。
「それが分かっているなら、どうして……」
「はは、お嬢さまってばどうしてばっかりだね。そりゃそっくりそのまま、死にたいからじゃない?」
「っ……」
流石のお嬢さまもびっくりしたらしい。ちょっとブラックジョークが過ぎただろうか?
「なんてね。嘘だよ、冗談。流石に理由の方は残念ながら話せないかな。僕のことが大好きすぎて気になっちゃうのは分かるけどさ[
「誰が……」
「あれ、そう? ならなおさら話すことはないよ。結界を」
解いて、の言葉は続かなかった。言葉を放つ代わりに、僕は即座に体を仰け反らせる。
瞬間、氷のナイフが僕の首があった空間を切り裂きながら飛んで行った。
「……っぶないな。何? 突然」
「…………」
無言。次弾装填。
「ちょ、待って待って待て待て待て! 何突然スイッチ入れてんの、ホワイ!?」
「……鎮圧系統の魔法だから安心しなさい。とりあえず学院長の前に引きずり出して撤回させるだけ」
鎮圧系統。非殺傷系統の魔法の一つだ。
暴徒などの鎮圧を目的とされているため、当たっても死ぬことはない。
ただし、
「鎮圧系統って確か、死ぬほど痛覚刺激して気絶させるって聞いたんだけど!」
「それでも犬死によりはマシよ」
「台詞だけはカッコイイのになぁ、っく!」
体を横に飛ばし、転がり、跳んで回避する。
前門のナイフに後門の結界。結界はとりあえず放っておいてもいいだろう。
問題は飛来するナイフの方だ。アレが当たれば失神、そうまでいかなくても動きが鈍るのは避けられない。
彼女相手にそうなれば、勝ちの目など塵の如く吹き消える。元々あるのかも怪しいのに。
……ああもう、仕方ないか。
「友達のよしみだ。餞別に、ちょっとだけ」
「……え」
防御と回避を投げ捨てて、僕は一直線にお嬢さまへと駆け出す。
彼我の距離は10mほど。この学院の生徒なら誰しも一秒あれば埋められる距離。
「――っ」
そして一秒あれば、お嬢さまはナイフを最低八本は投げられる。
事実、彼女は驚愕を瞬時に消し去り、新たなナイフを放って来た。
激痛をもたらす凶器が、僕へと迫る。
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