一進一退学院讃歌

「ではこれより試験の評価を発表していく。生徒諸君は静聴するように。では、浅井――」


 今日も今日とてゴリラの擬人化みたいな教官が教壇に立ち、そう言った。

 どうやら出席番号順に読んでいっているらしく、教室の端から順番に呼ばれていく。


 変わらず半笑いを浮かべながら辺りを見回す。クラスメイト達の様子は、梶浦や藤城、お嬢さまのような一部の例外を除いて緊張に満ちていた。

 次々と生徒が呼ばれていき、ついに僕の一人前、お嬢さまの番となる。


「――次、那月ユズリハ」

「はい」

「座学、実技ともに評価A。文句なしのA評価だ。慢心せずにこれを維持して欲しい。生徒諸君は彼女を目標とし邁進するように」


 補足しておくと、この学校の評価は五段階評価でつけられている。Aが最高でEが最低――つまりお嬢さまはとっても優秀ってことなのだ。

 ちなみに魔導師もAからEでランク付けされている。学院の成績とはまた別物、というか全く関係ない。ややこしいね!


 周りのクラスメイトたちが沸き立つ中、お嬢さまが座り込む。次は僕の番だ。

 さて、気になる僕の成績はどうざんしょ。


「次。儚廻遥はかなみはるか。お前は……」

「はい?」

「座学D、実技E。最低のE評価だ。……貴様、やる気がないならいい加減にやめたらどうだ?」


 侮蔑を含んだ問い。そんな僕を周りの生徒たちが教官に聞こえないようこっそりと、クスクスと嘲る。

 もちろんいい気分はしない。しないが……完全に自業自得で、仕方のないことなので、僕自身甘んじて受け入れている。


 何せE評価など普通の才能に平均値の努力を合わせればまず取ることはない。事実として、この学院に僕以外のE評価の生徒は一人としていないそう。

 それくらい、僕の成績は恥ずかしいものなのだ。


「すみません、次はもっと頑張ります」

「……チッ。もういい、座れ」

「はい」

「――次」


 着席する。後ろで僕を嘲笑していた男子生徒が泡を食って立ち上がった。

 僕はその馬鹿みたいな光景を、やっぱりへらへら笑いながら眺めていた。



 結果が全て返されたのは、それから三十分後のことだった。

 評価発表が終わり、静まり返った教室で教官が話す。


「さて、諸君が無事に第二学年へと進級出来たことを私は誇りに思う。……まぁ、一部例外はいるが」


 同時、多数向けられる視線。オマケに小さな嗤い声もセットだ。昔はウブだったから赤くもなったが、流石に一年近く続けば慣れる。

 誰ですかそれ? と白々しくとぼける僕に、教官は露骨に舌打ちをして話を戻す。


「知っての通り、諸君らには本日付けで 魔導許可証アーツライセンスが配られるが……梶浦。これが何か説明してみろ」

「はい」


 梶浦は立ち、説明を始める。いつも通りの冷静な無表情。少しも動じた様子はない。


「魔法を行使するための許可証であり、自身が魔導師であることの身分証、及び異界化した地区に入る資格になります。またこれを得ずに魔法を行使した場合、処分の対象となります」

「ふむ、完璧だ。座ってよし」

「はい」


 教官、ご満悦。この人は基本的に結果を出す生徒には優しいのだ。

 ……うーん。どうだろ。なんだかんだ僕にも優しいしなぁ。


「今梶浦が説明した通り、これがない者は魔導士ではない。逆に言えば、これさえ持っていればその者は魔導師なのだ。それを本日、諸君らに渡す……この意味が分かるな?」

『はい!!』

「よろしい。これで晴れて諸君らも魔導士の仲間入りだ。今後一層精進するように。以上、解散」





「おーい梶浦、ハルカぁ。カラオケ行かねぇ?」


 号令が終わると同時、藤城の奴がそう声を掛けてきた。

 割とデカい声のためか、藤城へと目を向ける者多数出現。人気者だなー羨ましいなー、と小さく独白。無論嘘である。


 それにしてもカラオケか。久しぶりだし行くのは割と悪くない案だ、が――


「ごめん藤城。今日は僕、職員室に呼び出されてるから」


 僕はその誘いをやんわりと断る。残念ながら、今日は先約があるのだ。


「用事? マジかよ」

「あはは。成績悪いとどうしてもねぇ」

「なるほどな。梶浦の野郎は?」

「あぁ、確かアイツは図書室。借りた本返しに行くって言ってた。すぐ済むらしいし誘ってみたら?」


 確か梶浦は暇だったはずだし、悪いが今日は二人で楽しんでもらうとしよう。


「……流石にアイツと二人でカラオケはなぁ。アイツが歌ってるところ見たことねえ」

「他の奴でも誘えばいいんじゃない?」

「は、こんな真面目なクソ人間共誘って何になる。猿でも誘った方がまだマシだろうよ」


 その発言に一部のクラスメイト諸君が睨んでくる。けれど藤城はどこ吹く風。

 実際その通りだし、その癖に他人ひとの成績を嗤うような陰湿な奴らだ。理解は出来ても納得はしたくない。よって擁護する気もござそうろう。


「あ、それならお嬢さま誘えば? ほら彼女、面白いしカワイイし」

「……お前な、オレがアレのこと嫌ってんの知ってるだろうが」

「あ、そういやそうだっけ」


 そういえば藤城はお嬢さまが途轍もなく苦手、というか嫌いなんだっけ。

 なんでも、昔ナンパして手痛い仕返しを食らったのだとか。


「それ逆恨みじゃん。だっせ」

「殺すぞ。つーかアイツがマトモに喋んのお前くらいだろ。ぼっち押し付けて来るんじゃねえよ」

「そりゃ僕ってば顔も性格もちょーイケメンだからね。友達同士には仲良くしてほしいんだよ」

「笑えねえし寒いからやめとけドクズ。っも、そんじゃなハルカ。今度は付き合えよ」

「善処はするよ。じゃね」


 藤城と手を振って別れる。

 僕らがそんなアホな会話を行っている間に他の生徒は帰ったらしく、教室にいるのは僕一人だ。


「さ、僕も行きますかぁ」


 伸びを一つして、僕は教室を後にした。



 職員室。それはこのクサナギ学院でも屈指の不人気さを誇るクソスポットである。

 というか、『鬼』『悪魔』『ゴリラ』なんて例えられるようなシゴキを行う教官達に進んで会いたい学生なんているわけもなく。


「まぁ、僕は常連さんなのですが」


 落ちこぼれの辛いところである……と言っても今日の要件は藤城に言ったようなものではない。あれは嘘だ。

 僕は職員室に呼び出されてないし、そもそもの話職員室に用事などない。


 僕が本当に用事があるのはそのお隣の学院長室。この学院で一番偉い人のお部屋である。

 僕は扉の前に立ち、コンコンとノックした。


「儚廻です」

「……入りなさい」

「はい」


 遠慮なく、僕はドアノブをガチャリと捻った。

 中に広がるのは高級感溢れる内装と、カップを片手に立つ白髪の老人。


 年齢的にはもうそろそろ寿命が来てもいい頃だが、そんなことを感じさせない筋骨隆々の体と若々しい動作。それなのに貫禄だけは年相応なのだから、いろいろズルいと思う。

 そんな彼こそこの学院で毎日欠かさず一番偉い人をしているお方、学院長さんその人である。


「……やはり来たか」

「はは、そんなこと言わずに。せっかく来たんですから歓迎してくれないと寂しいですよ」

「要件が要件だけに、な」


 そんな会話をしながら二人してソファに座り込む。

 少しして「粗茶だが」と前置き、学院長さんは僕にも紅茶を淹れてくれた。


 当然こんな海千山千の狸爺が淹れたものなど飲むわけもなく。

 僕は懐から一枚の紙切れを取り出し、それを学院長の前にすっと机の上に滑らした。


「では早速。こちらをどうぞ」

「…………ふむ」

「じゃあこの通りですので。一年お世話になりました。それでは」

「待ちたまえ。勝手に話を終わらせるな」

「はーい。じゃ、手短にお願いします」


 へらへら笑って先を促す。仮にも年長者や先生に対する態度じゃないし、そもそも人として駄目な態度だが、気にしない。

 コイツ相手に隠す意味も気力もないしな。他人の目があれば別だけど。


 はぁ、と溜息を一つ吐き、学院長さんはその紙切れ――退学届を手に取った。

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