第24話 エピローグ
「リサ殿、シェンフゥ殿!」
荷をまとめ、支払いを済ませて街へと出たリサとシェンフゥを、案内役だった聖騎士団の青年が恭しく迎えた。
「ど、どうしたのよ、急に……。一昨日と随分態度が違うじゃない」
あまりの慇懃さに戸惑うリサに、青年が乞うような視線を向ける。
「私は大変な思い違いをしておりました。どうかお許しください」
「…………」
それがなんのことを指すのか、瞬時にはわかりかねて目を瞬かせる。
隣に立つシェンフゥが尻尾を揺らし、にぃっと笑ってリサの頭に自分の頭をこつんと合わせた。
「……だ、そうじゃぞ?」
その口調から、どうやら自分の年齢のことだと察し、リサは頬を引き攣らせる。
「わ、わかればいいのよ。別に気にしてないし」
なんとか取り繕って笑顔を作ったが、それを揶揄するようにシェンフゥがリサの顔を覗き込んできた。
「そうじゃったかのぅ?」
「うるさい!」
「ぎゃんっ!」
額を指でつんと弾き、青年に向き直る。
「ところで私たちに何の用?」
「ハッ! ヘイゼルニグラートから使者の方が到着しております」
青年は慌ててリサに向かって敬礼し、はきはきと答えた。
「やった! 報酬じゃ、ボーナスじゃ!」
シェンフゥが大袈裟に飛び跳ねながら尻尾を揺らして喜ぶ。
「……現金で羨ましいわ」
道案内を始める聖騎士団の青年とシェンフゥに続いて街を歩き始める。
苦笑して呟いたリサはあのプリンの店が開いているの確かめ、ふっと頬を緩ませた。
「さて、報酬もたんまりもらったし、次の任務までどこか遊びに行こうかのぅ」
報酬を手にしたシェンフゥが、鼻歌混じりに街を歩いて行く。
「わしは南の島でバカンスがいいんじゃが――」
「そんな島、あったかしら?」
禁忌の地の近くに島国はあるが、バカンスを楽しむような雰囲気ではない。
シェンフゥの背に向かって訊ねると、くつくつと笑ったシェンフゥが満面の笑みで言い放った。
「あるに決まっておるじゃろう! 水着回は必須じゃからのぅ」
「またわけのわからないことを……」
冗談なのか本気なのか今ひとつわからないが、水着に対してのなんらかの願望があるのは確からしい。
これ以上掘り下げるのは墓穴を掘ることと同義だろうと溜息を吐き、リサは先を行くシェンフゥの袖を引いた。
「ねえ、街を離れる前に寄りたいところがあるんだけど」
「なんじゃ。プリンか?」
シェンフゥが振り返り、どこからともなく取り出した紙袋の包みをリサの前に示す。
「え……?」
袋を渡されたリサは、その重みに驚いてシェンフゥを見上げた。
「ちょっとした隙に買っておいたぞ。この前は……その、すまんかったの」
紙袋を開けると、中にはひんやりとしたプリンが二つ入っている。
リサは紙袋をぎゅっと抱きしめ、街角のベンチにシェンフゥを誘った。
「おっ、姉ちゃんたち!」
プリンを食べ終わり、目的のアクセサリー屋の前にさしかかると、商品を並べていた少年が気づいて大きく手を振って迎えた。
「覚えてるの?」
「当ったり前だろ。商売の基本だって、おじさんが言ってたからな!」
少年が胸を張り、自慢げに鼻先を擦る。
行方不明のままの彼のおじとおばのことを思い出し、リサは言葉に詰まった。
「…………」
「まあ、今は行方がわからないけど、そのうちおばさんとひょっこり戻ってくるって」
俯きかけたリサの表情に気づいた少年が明るく笑って、リサの肩を叩く。
リサが顔を上げて少年の目を見つめると、少年も目を合わせ、微笑んだまま頷いた。
「……って俺は思ってる」
「……そうね」
街には行方不明者を捜索する動きが広がっている。
どこかにあるかもしれない希望を否定する気にはなれず、リサも微笑んで深く頷いた。
「で、なにが欲しいんだ?」
定位置である店先の椅子の前に立ち、少年が商品をざっと見回す。
「これなんだけど――」
リサは迷わずあの赤い宝石がついた金の指輪を示した。
「なんじゃ、そんなにその指輪が気になっておったのか? それならわしが買ってやっても――」
「いいの。自分で買う」
シェンフゥの発言を遮り、報酬から代金を支払う。
「包むから待っててくれ」
「ううん、すぐつけるから大丈夫よ」
包装を試みる少年に笑いかけ、そのまま指輪を受け取る。
リサの手のひらに収まった指輪を覗き込み、シェンフゥはすんすんと鼻を鳴らした。
「少し大きくはないかの?」
「ぴったりよ」
シェンフゥと向き合ったリサが、手を出すように身振り手振りで示す。
「ん?」
シェンフゥはきょとんと目を瞬かせてリサの顔を見つめている。
「早くしなさいよ。……あんたにあげるって言ってるの」
リサの発言に、シェンフゥの目が驚きで丸くなる。
「……わしにか?」
「そうよ、悪い?」
なおも信じられないというように自分を指差すシェンフゥに、リサは素っ気なく頷いた。
「いや、嬉しい……」
ゆったりと尻尾を揺らし、喜びを表現しながらシェンフゥが微かに頬を赤らめて微笑む。
「じゃあ、手、出しなさいよね」
意外な反応につられて頬が熱くなるのを感じながらシェンフゥの手を取り、その指に指輪を嵌めようとしたそのとき。
「待て待て、嵌めるならこっちじゃ」
シェンフゥが反対の手で、左の薬指へとリサの手を誘導した。
「えっ、なんで――」
「指輪を嵌めるなら薬指と相場が決まっておるんじゃ」
にんまりと笑ったシェンフゥが、指輪を持つリサの手をきゅっと握る。
リサは苦笑を浮かべ、シェンフゥの薬指に指輪を通し始めた。
「…………」
嬉しそうに目を細めながら、シェンフゥが薬指に指輪を嵌めるリサの手元を眺めている。
「……ぴったり……」
指輪を嵌め終えたリサはそっと手を離し、静かに呟いた。
「ほら、わしの言ったとおりじゃろ?」
指輪を嵌めてもらってご満悦のシェンフゥは、赤い宝石を太陽に透かして眺めたりとあらゆる角度から指輪の存在を確かめ、頬を緩ませている。
「で、どういう風の吹き回しなんじゃ? それとも心境の変化と言った方がいいかの?」
「べ、別に大した意味はないわよ」
シェンフゥのあまりの喜びように気恥ずかしさを感じ、くるりと踵を返して歩き始める。
「……だけど、 私はあんたのご主人様でしょ」
すぐにシェンフゥが追いつき、リサと並んだ。
「だから、その指輪は、私が主人だっていう証」
視界の端でシェンフゥの金色の髪が太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
自分で言っていて、それだけでも恥ずかしくてまともにシェンフゥの顔が見られなかった。
「……証かぁ……。悪くないの」
リサの言葉をゆっくりと繰り返していたシェンフゥが、じゃれるようにリサの腕に抱きついた。
「……どうしたのよ、暑苦しいわね」
「ふふふ、なんでもない。ただ、こうしていたくなったのじゃ」
絡めた左腕の先、手のひらをひらひらと動かして指輪を見せつけながらシェンフゥがくつくつと笑う。
「……まぁ、今日はほんの少しだけ風が冷たいからね。あったかくて丁度いいわ」
さっきまで温かいと思っていたはずの風が、ひんやりと頬を撫でていく。
「そうじゃろう、そうじゃろう?」
シェンフゥはリサの身体にぴったりと身を寄せ、納得するように何度も頷いた。
「夜は冷えるというし、人肌も恋しくなるのぉ」
「まーた、変なこと考えてるんでしょ? その手には乗らないわよ」
「身体は素直なのに、良く言うわい」
「……バカッ」
シェンフゥの肩に勢いよく頭突きを喰らわせる。
シェンフゥは動じず、リサの顔を覗き込んで笑った。
「かかかっ、しかし、今回無事に勝てたのは、わしのお陰もあるじゃろう?」
「そ、それはそうだけど……」
「わしの有り難みがわかったなら、もっと『食事』に協力してくれてもいいんじゃぞ? のう、ご主人様?」
念を押すようにシェンフゥが悪戯っぽく訊ね、無邪気に笑う。
「気が向いたらね」
素っ気なく応じ、リサは青く澄んだ空を仰ぎ、大きく息を吸い込んだ。
火照った顔を、穏やかな風が撫でていく。
「愛しておるぞ、ご主人――……リサ」
歩き始めたリサの右腕を絡め取り、シェンフゥが頬を寄せる。
ひだまり色のシェンフゥの髪が、じゃれるようにリサの頬をくすぐっていった。
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第一章『虚栄都市のリサ』読了ありがとうございます。
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