第23話 長い夜が明けて

 古城及び地下水路での後始末を終え、宿屋に戻った頃には夜が明け始めていた。


 戦闘でどろどろになった互いの身体を散湯浴魔導器シャワーの熱い湯で洗い流し、新しい衣服に着替えてベッドに寝転ぶと、ようやく極度の緊張から解放されたような気がした。


「……ふぅ」


 天井を見上げ、安堵の息を吐くリサの傍らに寄り、シェンフゥがまだ濡れている髪を指でき始める。


「これにて一件落着じゃの、ご主人♪」


 シェンフゥの仕草から、それが髪を乾かしているのだと気づいたリサは、されるがままにして目を閉じた。


「……確かに黒幕は叩いたけど、本当にこれで解決したのかしら?」


 まだ眠りの中にいるはずの街では、誰かを探すような声が遠く聞こえている。

 聖騎士団や自警団が活動しているのか、鎧が擦れるような音も微かに響いていた。


「ああ、一網打尽にしてやったぞ」


 枕と頭の間に手を滑り込ませ、ゆったりと髪を撫でながらシェンフゥが、静かに笑う。

 温かなその手と妖力の感覚が心地よく、リサは微睡みに引き込まれながら薄く目を開いた。


「でも――」


「まだ疑っておるのか?」


 リサの顔を覗き込んだシェンフゥが小首を傾げて問う。


「魔族は一掃した。それは確かだわ……」


 昨日まで静かだったはずの夜は、今夜は違う空気に包まれている。


「でも、なんだか実感がなくて……」


 夜が明ければなにかが変わっているのかもしれない。

 その結果が楽観できるようなものではないのだとしても。


「仕方ないのぅ。ほれ、わかるようにするから、目を閉じるがいい」


 シェンフゥはリサの不安の芽を摘もうとするかのように、くすりと笑い、髪を梳く手を止めてベッドの傍らに膝をついて屈んだ。


「……こう?」


 シェンフゥが、リサの瞼に唇を押し当てる。

 薄い瞼に降りた柔らかで優しいキスの感触がじわりと全身に広がり――リサはいつの間にか眠りの中に落ちていた。



   * * *



 窓から温かな風がそよそよと吹き込んでくる。

 穏やかな小鳥の鳴き声に目を覚ましたリサは、窓辺に寄り、ナクラバルの街の上空を仰いだ。


 澄んだ碧空を鳥たちが横切っていく。

 ナクラバルの街を覆い尽くしていた魔族の結界は跡形もなく消失し、心地よい風と眩いばかりの太陽の光が明るく降り注いでいた。


「あの気味の悪い靄がなくなってる……」


「左様。術者が死亡したことで、ゲヘナが消失したということじゃな」


 起き出したシェンフゥが、ベッドの上で胡座をかき、リサを眺めている。

 その姿を一瞥したリサは人々の声を探すように視線を下げ、店の並ぶ一角を見つめた。


「……そう」


 開店準備を始める店の前で、聖騎士や自警団が聞き込みをしている。

 街角に集まった人々もなにやら不安げに掲示された張り紙を見て囁き合っているように見えた。


「街が平和に戻るという意味では、まだ時間がかかりそうね」


「これからが大変じゃろうな。まあ、こういう時こそ、日常を営むのが仕事じゃ」


 シェンフゥがかっかっか、と笑い、ベッドから飛び降りる。


「そうね」


 背後に近づくシェンフゥの気配に頷き、リサはそっと窓を閉めた。

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