第13話 異形の下等魔族
「あの腐臭……レッサーデーモンか……」
なにかを引き摺るような気味の悪い音が、地下水路に響き渡る。
ケタケタと狂ったような甲高い笑い声が聞こえたかと思うと、四つ足の獣のような影が跳躍し、一気に距離を詰めてきた。
「ご主人!」
「わかってる!!」
リサの魔導散弾砲が、レッサーデーモンの身体を的確に撃ち抜く。
砲撃を受けて吹き飛んだ腕とも脚ともつかぬものが水路に落ちて激しく跳ねた。
自分の身に起きたことが理解出来ないのか、笑い声に似た耳障りな音を発しながらレッサーデーモンが脇腹にある巨大な目玉を忙しなく動かしている。
「あれが、奴の目……?」
魔導散弾砲のフレームからシリンダーを横に振り出す間も、リサの視線はレッサーデーモンから動かない。
その視線は瞼のない奇妙に濡れた目玉と残った前肢のいずれを狙うべきか見定めているようでもあった。
「目を潰すのはおすすめせぬぞ。あれは毒素の塊じゃ」
「そう」
頷き、全ての弾を込め終わったリサが、レッサーデーモンの前肢に狙いを定める。
後肢を失ったレッサーデーモンは、大きく裂けた口を開き、ガチガチと歯を鳴らしながら、露出した脊髄をしならせていたが、やがて自分の身体の変化に気づいたのか、前肢だけで突進を始めた。
「遅いわ」
レッサーデーモンが距離を詰めるよりも早く、リサが立て続けに残りの前肢を撃つ。
皮を剥いだ人間の脚と手をちぐはぐに取り付けたような前肢は、魔法散弾砲の攻撃をまともに食らい、根元から吹っ飛んだ。
幼児の笑い声のような音を立て、前肢と後肢を失ったレッサーデーモンが突然ひっくり返る。
魔導散弾砲を構えたまま数歩下がったリサは、レッサーデーモンの背に残された腕に気づき、唇を噛んだ。
逆さまになった頭部が、甲高く吠えるような笑いを上げ続けている。
べたべたと滴る涎が飛び散り、リサとシェンフゥはそれを避けるようにさらに下がった。
「ご主人、止めを」
「ええ」
リサが魔導散弾砲を構えるのと、仰向けになったレッサーデーモンの身体の下で、残された腕が膨らんだのは、ほぼ同時のことで。
「なに!?」
「ギャギャギャッ!」
信じられない速さでレッサーデーモンが跳躍した。
「このっ!」
シェンフゥと共に後退しながら、魔導散弾砲を打ち続ける。
が、目玉を避けて頭部だけを撃ち抜くのは困難を極めた。
「ああ、もうっ!」
魔導散弾砲の射程距離より近くレッサーデーモンが迫っている。
「シェンフゥ、一旦退いて――」
「それは無理じゃ」
「え……」
長刀を構えたリサの背に、長刀と入れ替わるようにシェンフゥの背が押し当てられる。
視線だけを素早く後方に巡らせると、地下水路の向こうから無数の笑い声が反響して響いた。
「囲まれておる」
狐火を手元に戻しながら、シェンフゥが苦く答える。
「見よ」
シェンフゥが再び狐火を地下水路に放つ。
紫の炎で照らされた地下水路は、壁も天井もレッサーデーモンの群れで覆われていた。
「知能はないと思っておったが、群れる習性を忘れておったわい。まるでゾンビ映画のヒロインになった気分じゃな」
かかかっと笑いながら、シェンフゥがリサの背にこつんと後頭部をつける。
リサはそれに無言で頷き、魔導散弾砲に魔法弾と鉛玉の両方を素早く装填し、シリンダーを戻した。
「壁と天井、それから水路の底……。これでわしらを取り囲んだつもりかの?」
シェンフゥの背を押して前後を入れ替わったリサが、より多くのレッサーデーモンと対峙する。
挿絵 https://www.pixiv.net/artworks/83528283
「まとめて討伐してあげる!」
背を合わせたまま、シェンフゥと同時に攻撃を開始する。
魔法弾の火炎がレッサーデーモンの群れを撃つと歓声のような狂笑が上がり、腐食した四肢がびちゃびちゃと音を立てて這いずり回る音が続いた。
「私に、近寄るなぁっ!」
急接近するレッサーデーモンの前肢を長刀で薙ぎ、同時に魔法弾を撃ち込む。
後方でシェンフゥの狐火が燃えさかる熱を感じながら、魔法弾を撃ち尽くしたリサは、鉛玉でレッサーデーモンの頭部を潰していった。
放たれた鉛玉を受けたレッサーデーモンの頭部は醜く崩れ、壁や天井から剥がれて落ちていく。
どろどろと水路の汚泥に塗れると、腐臭は一層酷いものになった。
「目玉は撃たずに済んだようじゃの」
禍々しい色の目玉が、脇腹の上でぎょろぎょろと動き回っている。
「そっちは?」
「全部燃やしてしもうたわい」
シェンフゥが得意気に胸を張り、リサの肩を叩く。
「魔法弾にもその威力が欲しいところね」
大きく息を吐いたリサは、動く術を失った残骸に背を向け、左腰のポーチから魔法弾を取り出して装填し直した。
「厄介ではあるけれど、私たちの敵ではないわね。で、こいつらが犯人?」
進路を塞ぐ腐った肉片を蹴散らしながら、最初にレッサーデーモンと遭遇した場所へと戻る。
「……どこぞの江戸川の名探偵のように犯人の方から寄ってきてはくれんかのぅ」
狐火を手元に取り戻したシェンフゥが、呟きながら汚泥とレッサーデーモンの残骸で満ちた水路を照らしていく。
「その例えはちょっとわかんないけど、聖騎士団がレッサーデーモン相手に苦戦するなんて、ちょっとあり得ないんじゃないかしら?」
「……そうじゃな……。うーむ……」
リサの呟きに相槌を打ちながら、シェンフゥは鼻を押さえてその場に屈み、レッサーデーモンの露出した臓器を狐火で照らしている。
散弾でバラバラになった状態でもまだ動くことが出来るらしく、腱や臓器が醜く蠢いているのが見て取れた。
「……想像以上に気持ち悪いわね。一体、なにしてるの?」
消化器官らしきものを幾つか確かめたシェンフゥは、小首を傾げて溜息を吐いた。
「ハズレかのぅ……」
「どういうこと?」
「こいつらの消化器官には、人間を『食べた』らしい痕跡はなかったということじゃ」
真面目に答えるシェンフゥは、ご褒美とばかりに鼻の頭を指差して、リサにキスをねだる。
「もうっ、世話が焼けるわね。これで満足?」
リサが渋々シェンフゥの鼻先に口付ける。
と、シェンフゥは素早くその後頭部に手を回してリサの唇を奪った。
「……な……、な……」
「やっぱりこっちがいいかのぅ」
満足げに微笑み、シェンフゥは軽い足取りで地下水路の奥へと歩き始める。
「……もう、なんなのよ……」
普段通りかと思えば、不意打ちで唇を奪ってくる。
理由はどうあれ、任務中に昨夜のことを思い出してしまったリサは頬を膨らませ、大きく溜息を吐いた。
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