第11話 点と線

 昼下がりの街は、仕事の合間に昼食を楽しむ人々や、昼食を摂る店を物色する商人たちの姿で賑わっている。

 この日は風も少なく、穏やかな陽光が暖かく降り注いでいることから、飲食店の軒先にはテラス席が設けられ、冷たい飲み物で食後のひとときを寛ぐ人の姿が目立った。


 リサとシェンフゥも愛想の良い女主人によってテラス席に通され、柔らかく蒸し上げられた鶏肉と、野菜の出汁をたっぷりと吸わせて炊き上げられた米と蒸し野菜を合わせたプレートを食べ進めている。


「店の看板料理とあって、手が込んでいるのぅ。おおっ、このソースも香辛料が利いていて旨いぞ、ご主人」


 料理の味がよほど気に入ったのか、尻尾をふさふさと揺らしながら、シェンフゥが女主人自慢のソースを薦めてくる。


「うん……」


 一方のリサは料理を味わっているふうでもなく、虚ろな目で通りを行き交う人々の姿を眺めていた。


「せっかくの飯が台無しじゃぞ?」


 手元から動かないフォークを代わりに動かし、リサの口許に運んでやりながらシェンフゥが苦笑する。

 リサは文句をいうでもなく大人しくそれを咀嚼し、静かに溜息を吐いた。


「あのプリンのことなら、悪かったと言っておるじゃろう……」


「……うん」


 頷きながらシェンフゥが差し出したフォークを受け取り、ほとんど手つかずのままの皿の上へと戻す。


「世話が焼けるのぅ」


 シェンフゥはがつがつと自分の皿から残っていた鶏肉と米を掻き込み、リサの隣の席へと移動した。


「ほれ、腹が減ってはなんとやらじゃ」


「うん」


 空腹ではあるものの、自分では食べる気力が湧いてこない。

 シェンフゥに食事を食べさせられながら、リサは物憂げに首を動かし、斜め向かいの休業中の店へと視線を移した。


 その店は、昨日プリンを買った店の隣に位置する。

 店の男主人が昨晩遅くから行方が知れないとのことで、急遽近隣の店が協力しあって前日の仕込みを調理し、売りに出している。


「この街では本当に、いつ人が消えてもおかしくないんだわ……」


 呟きながらシェンフゥの手の甲に手のひらを添え、そっと滑らせる。

 シェンフゥが離したフォークを受け取ると、リサは無言で食事を再開した。


「明日以降は、それがないようにせねばな」


 シェンフゥがひとり呟き、席を立つ。


「少し借りるぞ、ご主人」


 リサの鞄から取り出したナクラバルの地図と筆記具を手に、向かいの席に戻ると、シェンフゥは真剣な表情で地図に書き込みを始めた。


 食事を進める間に、自分の中での結論が出たのだろう。

 リサの表情は幾分か明るいものに戻っていた。


「さっ、腹は膨れたかの?」


 食べ終わった皿が片付けられ、食後の飲み物が提供される。


「ええ。デザートにプリンが食べたかったけれど、明日にするわ」


 冷たい紅茶にたっぷりと蜂蜜を落としながらリサは頷き、シェンフゥが広げる地図に視線を移した。


「そっちはどう?」


「ばっちりじゃ」


 シェンフゥが大袈裟に胸を張り、地図をリサの方へと移動させる。

 地図上には、昨日聖拝機関から渡された報告書と自分達の足で確かめた証言及び空き家などの状況証拠、そこに今日得られた新たな情報が点で記されている。

 その点をシェンフゥが繋いだことで、ひとつの共通点が浮かび上がっていた。


「驚いたわ。地下水路とぴったり一致してる……」


 繋がれた線を指先でなぞりながら、リサは唇を噛む。


「昨日の小僧の証言といい、この地下水路を探さぬわけにはいかなくなったのぅ。さて、どうするかの、ご主人?」


「今すぐ行くに決まってるでしょ。まだ助けられるかも」


 答えながらテーブルに代金を置き、リサは街へと飛び出していく。


「そう言うと思っておったぞ、ご主人」


 本来の調子を取り戻したリサの様子に、シェンフゥがにっと笑って続いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る