第9話 無自覚な好意

 

「ご主人が応じてくれるようになって嬉しいぞ。そろそろ、言葉の方も素直になってくれればよいのじゃが――」


「……馬鹿――」


 言い終わるか終わらないかのうちにシェンフゥの唇がリサの唇を塞ぐ。

 紡ぎかけたその言葉は、双方の唇の間で熱い吐息となって消えた。


「なんじゃ?」


 ゆっくりと唇を離したシェンフゥが、物欲しそうな目でリサを見つめている。


 ――私はシェンフゥが好き……?


 ふと自問したその言葉だけで、頬が熱くなっていくのを感じる。


「ほれ、ご主人。吐けばすっきりするぞ」


「……なんなのよ、それ……。尋問みたいな言い方なんてして。もっとロマンチックなものじゃないの?」


 冗談めかしたシェンフゥの問いに、睨むような視線を向ける。


「ほうほう。ご主人は、ロマンチックな方が好みなのじゃな?」


「そんなこと言ってない」


 言葉にされたことで、自分の中でも曖昧にしてきた感情に名前がついてしまいそうになる。


 意識し始めたことで、熱くなっていく顔は、恐らくもう赤い。

 それを悟られまいと腕で顔を隠したが、シェンフゥの手がやんわりとそれを制した。


「わしの理想の美少女の顔じゃ。そう隠してくれるな」


 熱くなった頬に、シェンフゥが軽く口付けを落とす。


「わしは未だ、ご主人の本音を知らぬ。思ってることを、口にしてみてはくれぬかのぅ?」


「……それが本当かどうかなんてわからないじゃない」


 ――ご主人様と従者。


 『契約』してしまった時から、そう割り切ろうと努力して、今の関係性がある。

 だが、シェンフゥは一貫してリサへの好意を語ってはばかららない。


「そうかのぅ?」


「そうよ」


 首を傾げ、残念そうに眉を下げるシェンフゥに素っ気なく答える。


「…………」


 シェンフゥは少し考えるような素振りを見せると、それからゆったりと身体を倒し、リサに優しく口付けた。


「愛しておるぞ、リサ――」


 そのまま優しく抱きしめられたことで、二人の胸が密着する。

 重なった二人の胸の膨らみは柔らかく押し合い、互いの鼓動を行き交わしていた。


「シェンフゥ……」


 これまで気づかないふりをしていたシェンフゥの胸の高鳴りを知り、呟く声がうわずる。


「わしの言葉は、嘘だと思うかの?」


「…………」


 真摯に問いかける目は、嘘など言うはずもない。

 その上、シェンフゥの言葉を嬉しいと思ってしまった自分に気づき、リサの頬はますます熱を帯びた。


 『食事』は割り切って何度もしているが、これほどまでに意識したのは久々だからか、シェンフゥがじっくりと時間をかけてくるからなのかはわからなかった。


 ――それとも、シェンフゥを失うかもしれないという不安のせい?


 精神汚染の影響を受けることはなくとも、任務の途中で行方不明となる可能性はゼロではない。


 迷いと不安に似た感情に複雑に顔を歪めていると、シェンフゥが小さく笑い、リサの瞼にそっと口付けた。


「……好きじゃ」


「……ふっ、ぅ……」


 こんなふうに優しい言葉をかけられ、全身を愛しむように撫でられるのは厭ではなかった。


 シェンフゥの言う愛がなにかわからないが、この上なく自分を必要とし、大切に愛しんでいるのは、今のこの行為からも伝わってくる


「やはり、おぬしはわしの理想の美少女じゃ……」


「こんな身体にしておいて、良く言うわよ……」


 互いの肌を合わせているという事実が、恥ずかしくてたまらず、顔を覆う。

 シェンフゥはそれを退けようともせず、リサの腕に優しく唇を這わせた。


「わしが生涯をかけて仕えると心に決めた美少女じゃ。そのままの姿であり続けてもらわねば困る」


「本当に、とんでもない呪いをかけてくれたものだわ」


「だが、望みどおり、お主は自由じゃ」


 シェンフゥがかかかっと快活に笑いながらリサと額を合わせる。


「……それとも、親が決めた婚約者とやらの方が良かったかのぅ?」


「……意地悪言わないで」


 目を覗き込まれて問いかけられ、リサは思わず口早に話題を否定した。


「意地悪とは?」


「あ……」


 思いがけず零れた本音の欠片に気づき、目を見開く。


「ご主人、もしや……」


「違う、違うわ! あんたとこうしてるのが良いだなんて、ぜーんぜん思ってないんだから!」


 誤魔化そうと焦ったせいか、言わなくても良いはずの言葉が口から飛び出す。

 はっとして口を押さえたが、シェンフゥのにんまりと笑う顔が全てを物語っていた。


「……ご主人、それを墓穴を掘るというのじゃぞ?」


「掘ってない!」


 強がってはみたが、恥ずかしさで顔が熱くてたまらない。


 リサの全てが自分のものであると主張するかのように、シェンフゥの熱い口付けが全身に落とされていく。

 シェンフゥにじっくりと時間をかけて味わわれるうち、リサの頭の中はぼうっと霞み、なにも考えられなくなっていった。


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