第6話 街角にて
「ここと、ここも空き家……と」
人々からの証言を集めることを止め、独自に街を歩きながら、地図に印をつけていく。
「本当に全部回るつもりかの? 日が暮れてしまうぞ」
「まだ明日があるわ。『よくあること』として処理されてしまっている行方不明者を割り出すには、客観的な情報が必要なの」
歩き続けるリサの後ろを、食べ物を買い込んだシェンフゥが食べ歩きながらついてくる。
「あんたも買い食いなんてしてないで、真面目にやったらどうなの?」
「客商売の人間の証言は、案外当てになるものじゃよ」
まだ湯気の立つ蒸し立ての肉饅頭を頬張りながら、シェンフゥがリサの隣に並ぶ。
「ほら、昼飯もまだじゃろうに」
「うーーーっ!」
シェンフゥの言うとおり昼食のことはすっかり失念していた。
その上、肉汁をたっぷりと吸い込んだ生地と、具だくさんの肉餡を目の前に見せつけられ、なんとも言えない旨そうな匂いを孕んだ柔らかな湯気を漂わせられたからには抗うことも出来なかった。
「わかったわよ、食べればいいんでしょ、食べればっ」
差し出された肉饅頭の半分を受け取り、大口で囓る。
まだ熱々の湯気と肉餡の旨味が口いっぱいに広がり、リサは目を見開いて歩みを止めた。
「……んんっ!」
「どうじゃ、旨いじゃろ?」
シェンフゥがにっと笑い、手つかずのもうひとつの肉饅頭を差し出す。
今度こそ抗うことが出来ずにリサは肉饅頭を食べ進め、続いて渡された
「まあ、腹が減ってはなんとやら、じゃ。わしぐらいの不真面目さも見習うべきじゃよ?」
リサから地図を預かったシェンフゥが、自分が得た証言を書き添えていく。
ほどなくして、地図には二人が調べ上げた行方不明者の家と失踪場所を示す印が幾つも記されることとなった。
「しかし、こうして実際に歩くと、空き家も休業中の店も目立つのぅ」
夕刻となり、旅人や行商人向けに夕食や酒を提供する店が開き始める。
昼間はさほど気にならなかったが、夜が近づくにつれ、明かりのないままの家や店の存在が露わになり、街に漂う不穏な空気を二人に感じさせた。
一見平和に見えるナクラバルの街、だが、そこに立ち並ぶ建物には明らかに忽然と人が消えた痕跡が残っている。
それも何軒も。
「……やっぱり異常だわ」
数ヶ月の間に行方不明者が何人も出るのは、やはり異常事態だ。
この街で起きている異変に改めて顔を
「――姉ちゃんってば……あっ、やっと目が合ったな」
明かりのない建物に注目していたせいか、知らず通り過ぎていたらしい。
声の主である少年は、目の前に広げたアクセサリーを両手を広げて示し、リサに微笑みかけた。
「見てってくれよ。美人な姉ちゃんにぴったりの品ばかりだよ」
鉱物や宝石の加工、貴金属で有名なナクラバルにはこうしたアクセサリーの店がひしめいている。
ただ、小さな少年が店番をしているのが珍しく、リサは歩を戻して店先のアクセサリーを眺めた。
「お留守番なのかしら、偉いわね」
「ここはおいらの店だよ。まあ、元々はおじさんとおばさんの店なんだけど、いなくなっちまったんだ」
「え……」
平然と語られた少年の言葉に、リサは思わず動揺の声を漏らす。
やや青ざめたリサの表情に気づいた少年は、明るく笑って首を振った。
「まあ、この街じゃフツーだぜ。昨日は食堂の看板娘の姉ちゃんも消えちまったしな」
少年が顎をしゃくって示す食堂は、明かりがついているものの人の入りは少ない。
立派な看板や、店の窓際に並ぶタグのついた酒瓶から推察するに、元々は繁盛している店らしかった。
「その看板娘って人は、どこで……?」
「あのあたりらしいぜ。恋人の兄ちゃんと一緒に消えたって、行商人のおっちゃんが話してた」
少年が示す細い路地の向こうは、そこだけ道の色が異なっている。
「あの色の違うところ?」
「そっ。ナクラバルは雨季になると雨が続くだろ。あれは排水用の水路。そこから地下水路に繋がってんだ」
旅人に説明するような口調で少年が丁寧に説明する。
その説明を聞きながらリサは折り畳んだ地図を取り出して見比べた。
「それより、なにか気になるのはないか? これだけ世間話をしたんだ、見てくだけでもいいぜ」
シェンフゥの言うとおり、客商売をしている人間は世間話程度に丁寧な証言をしてくれるらしい。
「……ありがとう」
リサは頷いて地図を鞄にしまうと、店先に屈み、テーブルいっぱいに広げられたアクセサリーを眺めた。
宝石はどれも小ぶりではあるものの、腕の良い職人らしい丁寧な仕事が窺える。
「おばさんも――」
これを作った少年のおばも、自分が突然消えるなんて思ってもみなかっただろう。
そう思うと次に続ける言葉が見つからなかった。
「細かい細工が得意だったんだぜ。ほら、この指輪なんて姉ちゃんに似合うんじゃないか?」
少年が示した金の指輪にはごく小さな赤色の宝石が嵌め込まれている。
石が一粒だけのシンプルなデザインだったが、華美でない分、その宝石の純粋な美しさが際立っているようにも見える。
「……珍しい色ね。ルビーにしては少し色が薄いかしら?」
顔を近づけてじっくりと宝石を眺める。
赤色だと思って近づいたが、光の当たる角度によって色が変わるらしく、間近で見ると薄桃色と橙が入り混じったような不思議な色を浮かべていることがわかった。
「ルビーじゃなくて、サファイアの一種だよ。姉ちゃんたちの髪の色みたいに綺麗だろ? オーロラレッドっていうらしいぜ」
少年が指輪を持ち上げて陽の光に透かして見せる。
小粒ながらキラキラと輝く宝石は少年の言うように二人の髪色を思わせた。
(確かに、私とシェンフゥの髪の色みたい……)
「あんまり小さいんで研磨出来なかったんだけど、良い色だよな。石言葉も洒落てるんだぜ」
忘れないようにメモしてあるのか、少年が値札を裏返して示してくれる。
そこには、『一途な愛、運命的な恋、信頼関係』と彼のおばが書いたであろう几帳面な文字が並んでいた。
「どうだい? これも縁だと思って、少しは安くするぜ?」
「……そうね――」
リサが指輪を手にしかけたその時。
「なんじゃなんじゃ。指輪なんてじっと見つめおって」
シェンフゥがぬっと首を伸ばし、リサの顔を正面から覗き込んだ。
「ご主人にはわしがプレゼントした、ラブリーな狐の首飾りがあるじゃろ♪」
リサの首から下がった首飾りを視線で示し、シェンフゥが得意気に目を細める。
「これはあんたの呪いのアイテムでしょうが!」
「あいたっ、冗談なのにぃ……」
怒りのまま振りおろした手刀は、シェンフゥの額を直撃した。
「うぅ……」
低く呻いたシェンフゥが、その場にへなへなと崩れ落ちる。
「えっ、ちょっと、大丈夫?」
思いがけない手応えに、慌ててシェンフゥを助け起こそうとすると、シェンフゥはリサの太腿に頭を預け、大袈裟に喘いだ。
「ごめんなさい。あんなにきれいに命中するなんて思ってなくて」
「はぁ、はあ……」
目を閉じたシェンフゥが、苦しげにリサの太腿に顔を埋める。
「ちょっと大丈夫か、姉ちゃんたち」
「ごめん、また今度見にくるから」
集まり始めた人々の気配から逃れるように、少年に断って店先から離れる。
リサの肩に
「この痛みは、あのプリンを食べなければ癒やせそうにないのぉ……」
「バカっ!」
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