第4話 任務開始

 

「行方不明者の捜索ねぇ……。よくあることなのに、大袈裟だなぁ」


 リサとシェンフゥの案内人である聖騎士団の青年は、まだ少年のあどけなさを残した目で、物珍しそうに二人を振り返った。


「普通なら、そんなこと滅多に起こらないのよ。それより、他に話題はないの?」


 ナクラバルの領主、ザルクの住まう領主館への道中、青年との何度目かのやりとりに、リサはあからさまな不満を見せている。


「あんたも、なに笑ってるのよ」


 横顔をシェンフゥが目を細めて眺めていることに気づき、リサが八つ当たり気味に問いかける。

 シェンフゥは、涼しい顔でリサと先を歩く青年を見比べ、くつくつと声を潜めて笑った。


「……年下扱いされて心外なんじゃろう? 顔に書いてあるぞ、ご主人」


「書いてない!」



「どうかした?」


 図星を突かれたリサが思わず声を荒らげると、驚いた様子で青年が振り返った。


「なんでもないわっ」


 素っ気なく答えながら、リサが聖騎士団の青年を追い抜く。

 その後にシェンフゥが続いた。


「のう、ご主人。あの若造に教えてやらんのか?」


 にっと歯を見せて笑いながら、シェンフゥが青年を一瞥する。

 着任して間もないという彼の証言と見た目を考えると、恐らく18歳ぐらいといったところだろう。

 リサよりも10歳近く若いということになる。


「まあ、その見た目では本当の年齢を言ったところで説得力はないがな」


「誰のせいよっ!」


 シェンフゥとの『契約』を結んでからというもの、リサの身体はその成長を止めてしまっている。

 『契約』から14年が経ち、本来であれば成熟した大人の女性となっているであろう身体は、13歳の少女のままだ。


「成長などというものは、ない方が良い。わしの理想の美少女が老いていくなど、この世の地獄じゃぞ」


「それはあんたの好みの問題でしょ」


 舐め回すようなシェンフゥの視線から逃れるように、リサは歩調を速める。

 聖騎士団の青年が案内するまでもなく、領主館は目前に迫っていた。



 豪奢な装飾が至るところに施された領主館では、領主の好みなのか、甘ったるい芳香を放つ香に包まれていた。


 二階にある主室は、その匂いが一層濃く、シェンフゥがしきりに鼻を触りながら顔をしかめてうつむいている。


(失礼に当たらないようにね)


 狐耳に唇を寄せ、ささやくように伝えると、シェンフゥは微かな溜息を吐きながら息を止めるような仕草をして見せた。


「ザルク様、ヘイゼルニグラートからの傭兵二名をお連れしました」


 聖騎士団の青年が開かれたままの戸口で声を張り上げる。

 主室の奥の執務机で書類を広げていた、領主ザルクはその声にゆったりとした仕草で顔を上げ、顎先で青年に入室を促した。


「――話は聞いております。しかし、わざわざヘイゼルニグラートから行方不明者の捜索に……というわけですか」


 アヴェルラを通じて聖騎士団から事前の連絡を受けていたという領主ザルクは、リサとシェンフゥを交互に見比べ、怪訝に眉を寄せた。


「領主及び、聖騎士団からの依頼書も、ここに」


 リサが差し出した書類の束を受け取り、聖騎士団の青年がザルクの側近に手渡す。


 ザルクが依頼書に目を通す間、リサはシェンフゥと目配せし、領主館の様子をつぶさに観察した。


(部屋になにか仕掛けがあるわけじゃない……)


 シェンフゥと目を合わせ鼻先を指で軽く叩いて見せる。

 シェンフゥは困ったように首をすくめ、首をひねるような仕草を見せた。


(シェンフゥは反応しないけど、このザルクが魔族って可能性もゼロじゃない……)


 鼻の利くシェンフゥは、魔族の匂いを敏感に察知する。

 だが、領主館では至るところで焚かれている香の甘ったるい匂いが充満しており、シェンフゥの鼻も働かない様子だ。


(怪しいけど決定打がないわ。別の誰かが、ザルクや街の人たちを洗脳してる可能性もあるわよね)


 ナクラバルの街のほぼ全員が、行方不明事件を『よくあること』として受け容れている。

 この異常を、誰もが異常だと気づかずに日常を送っているのだ。


 ――洗脳……一体、どうやって?


 思惑を巡らせるリサの視界の端で、黒い影が動く。

 はっとして顔を上げると、依頼書に目を通し終えたザルクが、ゆったりと身体を包む黒の法衣を揺らして立ち上がったところだった。


「領主アルベルと聖騎士団からの依頼となれば、お断りする道理はありませんな――」


 自分より幾分も背の高いザルクに試すように見下ろされ、リサは人知れず唇を噛む。


 捉え方によっては高圧的なザルクの態度に、ヘイゼルニグラートの領主はアルベルではなく、アヴェルラ・アルベルティーニであると指摘してやりたかったが、許可を得るためと割り切って飲み込んだ。


「しかし、たかが行方不明者です。傭兵を雇うなど大袈裟では?」


 報告書にあるように、ナクラバルの聖騎士団、そして領主に至るまでも行方不明者の扱いは変わらない。

 まるでそれが当然のことのように扱われる現実を目の当たりにし、リサは思わずザルクを睨めつけた。


「いいえ。ヘイゼルニグラートが派遣した聖騎士団、しかも中隊長クラスの第三階梯聖騎士及び、同行者十数名の消息が断たれたとなれば、領主としても見過ごすわけにはいかないはずです」


 ザルクは意外そうに片眉を上げ、リサを静かに見返している。

 まるで値踏みするかのような、いやな視線を向けられ、リサは引きった笑みを浮かべた。


「アルベルの部下の消息を案ずる気持ちは、わからなくもない……。だが――」


 長く交流があるはずの領主の名を、ザルクがまた誤って口にしている。

 喉元までせり上がった罵倒の言葉を、苦く飲み下しながらリサは慇懃に頭を垂れた。


「領主アヴェルラ・アルベルティーニから、直々の依頼です。どうか、活動許可を」

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