第2話 瓦礫から芽吹く異形
長きに渡るハイキングの末、とうとう僕たちは旧都を望む丘の頂に辿り着いた。
眼下に広がるその光景は完全に予想を裏切っていて、僕の口から何とも気取った感想が突いて出る。
「『全てを失った人々は、再び立ち上がるより他なかった』 ……って、とこかな?」
先日、僕が謳わされた歴史書の記述も、詩的ではあっても誤りではなかったのだろう。
でも……あれは、何百年も過去の昔話。
当然のことながら、時の流れとともに人の営みも流れていく。
「そういうこった。でも、治安が最悪なのは間違いねぇから安心していいぞ」
僕とノラが目を丸くしているのを見て、ローガンがゲラゲラと笑う。
……道中、彼が旧都の様子をほとんど話さなかったのは、まさに今この瞬間のためだったらしい。
「……うん、たしかに治安はヤバそうだね」
苔生した瓦礫を無秩序に再構築したその街並みは、何とも言えない不穏さを風に乗せて運んでくる。
どう見ても景観や住み易さを意識して再建した都市ではなく、何というか……虫の巣の集合体のようなイメージ。
複数のコロニーが縄張り争いの末にグチャグチャに融合し、猥雑な調和というか、何というか……とにかく、そんな感じの印象だ。
……つまり、かつて名を奪われた城壁は、健全な復興ではなく異形に進化していた。
「あのとおり街中には死角が多いから、とにかく俺から離れるな。まぁ、道行く人は全員チンピラで、街全体がスラムだとでも思っておけばいいさ」
そんな体でよく街としてやっていけるなぁと思うも、そういう風に住民たちも周辺地域も適応進化してしまったのだろうと気づく。
街の中には畑などは見当たらず、食糧は近くの農村から買い付けるか、搾取するか、強奪するか……とにかく、この辺りはそんな社会と経済になっているらしい。
……それを悍ましいと見るか、逞しいと見るかは、判断する者の感性と善性によりけりだ。
「その他、詳しいことは到着するまでに話してやる。じゃあ、さっさと……」
そう言って、ローガンが丘を下り始めようとしたとき……突然ノラが駆け出した。
◇
僕たちから随分と離れたあとにクルリと振り返り、彼女はペコリと頭を下げた。
「……ごめんなさい」
今まで、せいぜい『悪いと思っているわ』ぐらいの事しか言わなかった彼女が、初めて見せた真っ当な謝罪。
……何について謝ったのかは、まぁ言うまでもなく想像はつく。
僕とローガンは顔を見合わせることもせずに、彼女に正対して話の続きを待った。
「ちょっと空気を悪くしちゃったのもあるけれど……それより何より、ここ最近の戦闘で動きが悪かったのは自覚してるわ。なのに、私を信じて獲物の相手を任せてくれて、本当に感謝してる」
彼女の言にあるとおり、ここまでの道中では稀に動物や魔物と遭遇することもあった。
いずれも大した相手ではなかったので、戦闘といっても追い散らす程度のものだけど。
つまり……
「…………」
「…………」
僕とローガンは、お互い何とも言えない表情で顔を見合わせる。
僕たちの主たる悩みは彼女がウザい空気を放っていたことであり、ザコ相手の戦闘での動きなんて全くもってどうでもよかった。
そのうえ……二人とも、『ノラは戦闘時にだけはイキイキしていた』という認識だ。
……さらに言えば、『張り切ってるみたいだから、ノラ一人に任せておけばいいや』と面倒臭がっていただけだったりする。
「でも、心配しないで。大分考えも纏まってきたし、そろそろ本調子に戻ると思うから」
そう宣言すると、ノラは一人先に旧都を目指して丘を下っていった。
一方、丘の頂に取り残された僕たちは……
「…………」
「…………」
お互い、酸っぱい物でも口に放り込まれたかのような表情で顔を見合わせていた。
……色々と掛け違っているようだけど、果たして彼女の考えはどういう風に纏まってしまうのだろうか。
◇
都市国家の集合体という歴史的背景から、エステリア王国においては大体どの街にも防壁や分厚い門が存在する。
……もちろん、村や集落といった規模なら例外だ。
しかし……例外中の例外である旧都には、都市という規模なのに一切その類のものが存在しなかった。
検問なんかを潜るまでもなく、近づいただけで街並みがある程度まで見渡せたのだ。
「……うわぁ」
そんな呆れた溜息が、旧都初来訪である僕とノラの第一声。
「他の地域には、ちょっとこんな街はねぇだろ? 一応、観光できるような場所もあるんだが……お前らだけじゃ、絶対に辿り着けないからな。残念ながら、自由行動はナシだ」
正直、怖い物見たさの観光気分もあったのだけど……実際に目にしてしまえば、そんな浮かれた気分は一瞬で霧散した。
それはノラも同じだったようで、二人してローガンに向かってコクコクと頷く。
「…………」
建物自体はシンプルで無機質な矩形。だけど、大きさも配置も向きもバラバラ。
大通りなんてものは存在せず、街路が蜘蛛の巣のようになっているのは、地図を買い求めなくても即座に理解できてしまう。
そして、それより何より……
「ひぇっ!」
通り過ぎる人々の視線は、さり気なさを装いながらも、間違いなく新たな来訪者を品定めしている。
不自然に清掃されている場所は、吐瀉物か血溜まりでもあったからだろうか。
そして、そこかしこの物陰には、もちろん不穏な人の気配が無数に息づいていて……
暴力の匂いに敏感な僕には、よく分かる。
……たしかに、この街全体が王都のスラム以上の高レベル危険地帯だ。
「とりあえず、俺が知ってるマシな宿に連れて行ってやるから……絶対にお前らだけでは外出するなよ?」
その言葉が示唆するとおり……僕たちを宿に送り届けたあと、ローガンは一旦別行動をとる予定なのだ。
◇
僕たちが遠回りしてまで危険な旧都を目指したのは、主に以下の三つの理由から。
一つ、王国南部の辺境において最も物流が盛んなこの街で、長旅のための装備を整えるため。
二つ、クリスタリア領に向かうのに、この街近くから始まる『旧大街道』を利用するため。
三つ、密造神酒の卸先から売掛金を回収するため。および、その裏社会の人間と商売手仕舞いの話をつけるため。
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