第3話 寝所で語らう家族愛

 足を踏み入れる前には散々に酷評した旧都だけれど、実際に街の中を歩いてみれば意外なほどに秩序立っていた。


 きっちりと縄張り分けが出来上がっているせいか、そこら中の路上で住民が殴り合いをしていることもない。

 せいぜいが、小グループ同士が角を突き合わせて睨み合いをしている程度。

 ……路地の奥から、たまに野太い悲鳴が聞こえてくるのはご愛嬌。


 そのうえ、立ち並ぶ……というほどではないけれど商店などもちゃんと営業しており、そこそこ大規模な製鉄所なんかも稼働していたりする。


 つまり、凄まじく歪ではあっても、この地は確かに街として機能していたのだ。


「……わぁ」


 通りかかった店の軒先で売られている商品を見て、ノラがピタリと足を止める。

 ……そこは花屋や服屋ではなく武器屋であり、看板代わりに馬鹿みたいに巨大な戦鎚が飾られているのだけれども。


「もう、あんまり余所見をしないようにね」


 彼女があまりにも目をキラキラ輝かせているので、僕も強くは諌めずにジジイじみた小言に留めておく。


 良い事なのか、悪い事なのか……不穏な非日常の風を吸い込んだことで、彼女は元気を取り戻しつつあった。


     ◇


 予定どおり、ローガンは僕たちを『マシ』な宿に部屋をとらせたあと、裏社会の人間と接触するべく一人で外出して行った。


 僕とノラは、『たぶん遅くなるから先に寝ておけ』と申し付けられたわけだけども……


「…………」


 お嬢様育ちのノラであっても、部屋を占拠する一つしかないベッドの意味は理解できたらしい。

 スカートを両手でギュッと握り締め、顔を俯かせてプルプルと震えている。


「なるほど。ローガンの言う『マシ』って、こういう事だったのか……」


 一方、僕も精一杯のさり気なさを装って、部屋の調度を見て回っている。


 壁も扉も分厚くて防音はバッチリで、窓の鎧戸も中々に堅牢。

 その隙間からは周囲の街並みを見渡しやすく、さっきの廊下には避難経路も完備。

 おまけに、用心棒を務めるお兄さん方は、そこらのチンピラなんて目じゃないほどに強そうだった。


 つまり、ローガンはその手の安全性を最優先にして……この高級そうな連れ込み宿を選んだらしい。


「…………」


「…………」


 ふと見合わせた顔は、どちらも『どうして先に言っておかなかったの?!』と大声で叫んでいた。


 お互いの茹だったような赤さを見て、僕たちは久方ぶりに大声で笑い合った。


     ◇


 そして、二人とも笑い過ぎて息絶え絶えとなった頃……


「はぁ、馬鹿馬鹿しい!」


 ノラは高々とジャンプして、ベッドのど真ん中に着地を決める。

 ……町娘風衣装は動きにくかったらしく、至る所に際どいスリットが刻まれてしまっている。


「こらこら、はしたないよ!」


 そう言った僕が彼女の隣に着地すると、その勢いは彼女の身体を軽く弾ませた。

 ……筋肉の量が違うせいか、思ったより高くはなかったけれど。


「…………」


「…………」


 二人で並んで見上げる天井にはドぎついピンク色に彩られているのに、二人の間に流れる空気は妙なほどに爽やかなもの。

 ……まだまだ本調子ではなさそうだけど、彼女の無言からウザさを感じることもない。


「ねぇ、レヴィン……」


 そんな彼女はコテリと寝返りを打ち、まん丸に澄んだ瞳で僕を見つめてきた。

 そこに映る自分の顔を見ていると……何だか、吸い込まれていくような錯覚にさえ陥ってしまう。

 

 ……そういえば、彼女に名前で呼ばれたのは初めてかもしれないな。


 そんな下らない気づきに僕が動揺するのをよそに、彼女はちょっと意外な言葉を口にした。


     ◇


「……貴方の家族の話をしてくれない?」


「…………」


 それぞれの目標を始め、道中では色々な事を話し合ってきた僕たちだけど……唯一、その話題だけは意識的に避けてきた。

 

 現在進行形で家族とのトラブルを抱えている彼女については、まぁ言うに及ばず。

 僕とローガンのほうも、彼女がさらにウザくなるのを恐れて、そういう話の展開になりかけると必死に話題を逸らしていたのだ。


「…………ねぇ、ダメ?」


「…………」


 なるほど……コレはアレだ。


 彼女が悩んでいたのは自分の身の振り方ではなく、主に家族についてだったのだろう。

 それも……たぶん、ただ心配する事しか出来ないお母上の事じゃなくて、お父上たちとの複雑な関係性について。


「…………ダメなの?」


「…………」


 彼女への襲撃に関して、もしお父上がクロならば当然辛い話。

 でも、シロであったのなら、今度はお父上を信じきれなかった自分が自己嫌悪に襲われてしまう。


 ……改めて考えてみれば、彼女の境遇は中々に辛いものがある。


「…………どうしても?」


「…………」


 僕の家族の話をすることで彼女の苦悩を和らげられるのなら、話すのは全然構わない。


 ただ、僕の身の上話というのは、聞いた者をしんみりさせる鉄板ネタだったりする。

 ……本人としては、特に気に病んでいないんだけども。


 だから、最終的にそっぽを向くことで意思表示をしてみたところ……ノラは僕の背中にコツンと額を当てた。


「…………リーダー命令」


「えっと、僕の家族はね……」

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