はじまりのまち
第1話 王国と我らが歩む道
我らがエステリア王国の輝かしき歴史は、大陸南部の小さな都市国家から始まった。
勢力圏内には良質な鉄鉱山を有しており、鉱石および鉄製品の輸出で富を蓄える。
そして、十分に蓄えられた富と野心溢れる統治者とが組み合わさってしまったとき……
当然のように、良質の鉄は剣や槍に鍛え上げられて、その切っ先は商売相手であった周辺国へと向けられた。
周辺国にとって不幸だったのは、当時の統治者が野心に見合う軍才を秘めていたこと。
哀れな獲物たちはかつての商売相手に次々と飲み込まれ、その血肉は鉄へと精錬されて次なる獲物に突き立てられた。
そして、周辺国にとって悲劇だったのは、その捕食者の野心と軍才とが血とともに受け継がれてしまったこと。
世代を超えて繰り返された戦争の末に、目をつけられた獲物たちは悉くが息絶えた。
もちろん、勇敢に立ち向かい跡形もなく砕け散った者もいれば、自ら捕食者の顎門に身を投げて飲み込まれる事を望んだ者もいた。
……どちらが正しい選択だったのかは、判断する者の心情と信条によりけりだろう。
ともあれ、捕食者の腹が満ち足りたとき、大陸南部には皮肉な平和が訪れていた。
◇
一方、エステリア王国の原点たる都市国家の城壁は、戦勝を重ねるたびに少しずつ崩れていった。
それは敵国に攻め込まれたゆえではなく、修理の必要性がなくなったがゆえのこと。
国境線は遥か彼方まで遠ざかり、城壁には歴史的価値しか残っていなかったのだ。
それでも、その内側に住まう人々は、大いなる誇りを胸に抱いて日々を生きていた。
大国の首都という肩書き。そして……国号と同じ『エステリア』という都市の名前。
その輝かしい二つの響きは、彼等の愛国心の拠り所でもあった。
……が、万物には終焉が存在する。
もう十分に翼が育ち、さすがに巣を移すべき時だと理解したエステリア王国は、とうとう遷都を決断した。
富と文化の集積地は実態として既に別の場所へと移動しており、反対する者は誰もいなかった。
……もちろん、『エステリア』に住まう人々を除いて。
拡張された国土のほぼ中央に築かれた新首都の名は、言うまでもなく『エステリア』。
其処に住まうこと許された人々は、愛国心を胸に抱いて王国の輝かしき未来を寿いだ。
拡張された国土の外れに取り残された城壁跡の名は、ただの『旧都』。
王国の歴史の出発点に住まう人々には……もはや何も残っていなかったし、何も与えられなかった。
つまり、城壁はその名とともに、内に蓄えてきた富も誇りも愛国心も奪われたのだ。
そして、人々の鬱屈した感情と言葉にならぬ嘆きは、今も苔生した瓦礫に深く染みついて…………
◇
…………
…………
…………
……
つまり、端的に言うと『旧都は今でも治安が悪いから気をつけて』という事だ。
◇
◇
「はいはい、分かったわ」
「そうそう、最後だけ覚えておいてくれればいいから……」
ノラがさっぱり聞いていない様子なので、僕は思いっきり豪快に端折ってやった。
……彼女がなるべく詳しくって言うから、わざわざ歴史から語ってあげたのに。
「いいぞ、その調子で観光案内もやってくれや!」
一方、ローガンには僕のノリノリの語りが結構ウケていた。
……島を出てから毎日歩きっ放しで、こんな話でも退屈しのぎになるらしい。
「いやいや。現在の旧都については、絶対にローガンのほうが詳しいでしょ……」
そう溜息をつきつつ見上げた空は、未だあの楽園と同じ夏の盛りの色をしている。
……でも、そう遠くないうちに次の季節へと移り変わっていくはず。
楽園から旅立った僕たちの時間は、もう動き出しているのだ。
◇
『堕落者たちの楽園』より旅立った僕たち三人は、最終目的地であるクリスタリア領に向かう前に、ひとまず『旧都』を目指すことにした。
その途中には他にいくつも街があったのだけれど、気兼ねなく自由に出入りできるのは三人のうち僕一人だけ。
……僕は各ギルド出禁なだけだけど、他の二人はお尋ね者だ。
僕が『子供のおつかい』を装って物資を補給しつつ、街道だったり獣道だったり、藪だったり森だったりをひたすらに歩き続ける。
もちろん、日が落ちれば野営をするし、その際は焚火を囲んで話し合ったり、ローガンに稽古をつけてもらったりするわけだけど。
ともかく、そんな日々を繰り返すうちに、辺りにヤシの木も見られなくなり、他の樹々もだんだんと種類が移り変わっていった。
そして……今、僕たち三人は原っぱを歩いている。
◇
地平線まで続く草原を歩いていたら、休憩をとるタイミングが何とも測りにくい。
木陰も何もないので、気が向いたときにノラに頼んで、辺りの草を鉈で払ってもらうことになる。
そんな休憩を本日三度めに迎えたとき……
「…………」
草切れが絡む鉈を眺めながら、ノラがぼうっとした顔で立ち尽くしていた。
……僕が買って来てあげた町娘風の衣装でそんな真似をされると、滅茶苦茶に怖い。
それはさておき、彼女の異常に気づいた僕とローガンは、お互いに何とも言えない表情で顔を見合わせる。
……ここ最近、彼女は時々こうなってしまうのだ。
「…………」
「…………」
僕たち二人とも、その理由には想像がついている。
襲撃から逃れて以降、彼女は必死の逃避行の末に『堕落者たちの楽園』に辿り着いた。
……彼女にとって非日常的な状況であり、物事を考える余裕なんて到底なかったはず。
楽園における静養の日々と最後の戦いは、彼女にとってはもはや非現実的と言ってもよかったのだろう。
……物事なんか何にも考えずに、開き直って完全に楽しんでいやがったのだから。
そして、今は……
「…………」
「…………」
あの南海の孤島から大陸に戻ったことは、いわば非現実から現実への帰還でもあった。
それぞれがそれぞれの目標に向かって歩き出したわけだけど……当然、胸の内には希望と同時に不安も湧き始めている。
……それは僕もローガンも同じだから気持ちもよく分かるし、それだけなら言葉のかけようもあった。
でも、彼女は物事を考えるを先送りにしていた。
そして……彼女は物事を考えるのがとても苦手だった。
……つまり、現実に直面させられた結果、溜まりに溜まった考え事が一気に押し寄せて来て、彼女は途方に暮れてしまっているというわけだ。
したがって、慰めたり励ましたりしても無意味であり、彼女が自分で考え事を処理し切るまで放っておくしかない。
以上が、僕とローガンの統一見解。
そして、それによって僕とローガンが目下困っているのは……
「…………」
「…………ウザっ」
思わず漏れてしまった本音に、僕は慌てて両手で口を押さえる。
……こんな物憂げで儚げな雰囲気なんて、ノラには全然似合わない。
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