第6話 堂々たる名乗りと妙技の応酬

「いやぁ、面白いもんを見せてもらったぜ。まだ若けぇのに、本当に大したもんだ!」


 ぽんぽんと拍手を送りながら、族長はおっさん達が寝転がっていないスペースへと移動していく。

 健闘を称えて見逃すつもりなどなく、邪魔者抜きで決着をつけようという意図なのは明らか。


 元より僕たちもその覚悟だったので、逃亡も奇襲もせずに大人しく彼の後に続く。


「まず、そっちの嬢ちゃん。目と反応は一流だし、腕前も悪くねぇ。ただ……本来の得物は槍じゃなくて、両刃の長剣か何かだろ?」


 振り向きざまにビッと指差されたノラは、まさに図星といった表情で足を止める。

 ……たしかに払い技を多用している印象は受けたけど、そんなの僕には全然分からなかった。


「同じ槍でも、斧槍か十字槍あたりのほうが嬢ちゃん向きだっただろうな。 ……まぁ何にせよ、そんな剣とも呼べねぇナマクラじゃあ、全く話にならねぇぞ」


 自身が握る得物を苦々しげに見つめるノラを横目に、僕は打ち捨てられていた長い木の棒を拾い上げる。

 そして、族長の有り難いアドバイスに従って……棒の先に銀の十字を創造し、ひょいとノラに手渡した。


「……おう、パピヨン。お前の魔術はさっぱり訳が分からん。良い腕してるんだろうとは見込んでいたが、そこまで出鱈目だとは思っていなかったぜ」


 族長は手放しに褒めてくれているけど、その髭面には驚きも動揺も見受けられない。

 ……少なくとも、魔術師相手の戦いは何度となく経験がありそうだ。


 本物の神酒を創り出せることから、教会の関係者なのは間違いないだろう。

 かといって、教会所属の聖騎士や異端審問官といった雰囲気でもない。


 できれば少しでも手の内を知りたいところだな……と考えていると、何とも有難いことに本人が自己紹介してくれた。


「……さて、じゃあ此処らで始めるか。俺は二等神官、巡回宣教師のローガンだ。まぁ、無論どっちも『元』だがな」


     ◇


「それって……ヤバいの?」


 その名乗りの意味にピンと来ていないノラは、きょとんとした顔で僕に尋ねてくる。


 彼女が想像したのは、おそらく『草木を枕に辺境を巡り、布教に勤しむ敬虔な信仰者』あたりなのだろうけど……巡回宣教師とは、そんな生易しいものじゃない。


「……つまり、バリバリの武闘派だってさ」


 道なき道を突き進み、己の身体一つで魔物を打ち倒す『個』の強者。

 ちなみに二等神官の巡回宣教師ということは、駆け出し扱いの三等以下でもなく、現場から遠ざかる一等以上でもないということ。


 おまけに、彼らの多くが備える技能を考えれば……


「へぇ、それは腕が鳴るわね! ……で、作戦は?」


 あまりの危機感の無さに僕は一瞬ムッとするも、その蛮勇こそが彼女の持ち味だったことを思い出す。

 そしてまた……リンジーさん曰く、僕の持ち味は自由な発想だったことも思い出す。


 ……この局面で必要なのは小賢しい策などではなく、二人の強みを融合させることだ。


「好きにやっていいよ。僕が合わせるから」


 作戦はナシ……というか、どのみち作戦なんか立てたところで聞きやしないだろう。

 前衛と後衛。筋肉と頭脳。反りの合わない僕たちには、この程度の役割分担で十分だ。


 僕は一旦目を閉じ、胸いっぱいに空気を吸い込んで……族長に負けじと堂々たる名乗りを上げる。


「こっちは元宮廷魔術師のレヴィンと、原始人のノラだ!」


     ◇


「誰が原始人よ!」


 僕の頭にゴチンと拳骨を叩き込んだあと、ノラは砂を巻き上げ突貫。

 十字の穂先を地面スレスレまで下げ、足元狙いで出方を窺う狙いのようだ。


 たなびく後ろ髪を涙目で追いつつ、僕もすかさず魔術を行使。


「バーニング・サテライト!」


 夥しい焼け石の数に族長は一瞬目を見張るも、すぐにノラの迎撃へと意識を傾ける。

 僕が自分の防御のために展開した魔術だと判断したようだけど……それは早合点だ!


「ビー・スウォーム!」


 続く魔術で石礫の一割ほどに命を吹き込むと、彼らは周回軌道を離脱して青空高く舞い上がった。


 後付けで組み込んだのは、自律制御魔術の術理のカクテル。

 『追尾』『突撃』を基本に『撹乱』や『回避』をランダムに織り交ぜたので、個体ごとに動きはバラバラだ。


 群れを成した蜂たちは唸りを上げて加速、ノラを追い越し族長の頭上へと殺到する。


「ちょっと!」


 攻撃の機会を横取りされたノラがギャーギャーと抗議の声を上げているけど、僕はそれを制して族長を指差す。


 元巡回宣教師の族長が使えるのは想定していたけど……あの練度は、ちょっと想像以上だぞ。


「今のうちに、よく見ておいて! あれが『神の拳』だよ!」


     ◇

 

「ははっ、やるな!」


 楽しげに振るわれる族長の拳は、ほとんど残像しか目に映らない。

 上方全方位から唸りを上げて襲い来る蜂たちを、一匹も逃さず撃ち落としている。


「一体、どういうこと……」


 ノラが驚愕しているのはその卓越した格闘術ではなく、拳の僅か先で起こっている現象のほう。


 撃ち落とすとはいっても、実際のところ拳には触れていない。

 凝縮された魔力が分厚く拳を覆い、接触寸前の魔術を力技で吹き飛ばしているのだ。


「……アレ、触れるとヤバいから。魔術師じゃない君には見えにくいだろうけど、避けるときには気をつけてね」


 大型の魔物と戦うためのあの技は、無防備な人間の身体など容易く粉砕するらしい。

 ノラを身柄を確保したい族長は、さすがにアレで直接殴りはしないだろうけど……魔力の部分が掠った衝撃だけでも、意識を吹き飛ばすには十分な威力を秘めているはず。


「…………」


 そんな説明をすると……ノラは『そんなにヤバいのなら、どうして先に言わなかったのよ?』と言わんばかりに、ジトッとした視線を向けてきた。


 ……なので、僕は『どうせ言っても、君は突撃してたでしょ?』の視線で応じた。

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