第5話 水入り後に出揃う役者たち
「……なるほどね」
衝撃が突き抜けたあとに訪れたのは、ノラがとった一連の行動に対する理解。
……つまり、コレはアレだ。
『この程度の障害など、真正面から打破できなければ始まらない』という脳筋思考に基づいた、非合理で不条理で原始的な儀式だったのだ。
「……そういうことか」
そこまで理解してみたところで、もちろん愚行という評価に変わりはない。
最低でも僕に相談すべきだったし、相談されたらブン殴ってでも止めていた。
……だけど、彼女は僕が知らない事を知っていた。
腕力よりも技術よりも戦術よりも。何よりも戦いに求められるのは……精神力。
愚直なまでに純粋な不屈の闘志こそが、戦いに臨む者に一番必要な素養だったらしい。
「……う〜ん、やっぱやめた!」
準備しかけていた魔術を霧散させ、僕はこの場面に相応しい魔術を再構築する。
目眩しで作った隙に彼女を掻っ攫い、一旦仕切り直そうと思っていたけど……それでは折角の機会が勿体ない。
決して譲れぬ目標があるのは、僕も同じ。
目標に至る道のりも、同じく険しい。
……今の僕の力では、きっと踏破することは叶わないだろう。
ならば、ここで一度この馬鹿なやり方を経験しておくのも意味があるはず……と、思うことにする。
「あれ、そういえば……」
ノラの言う決して譲れぬ目標とは、実際のところ何なのだろう?
何となくお母上の救出の事だと思い込んでいたけど、本人の口からそこまでの決意を聞いた覚えはない。
あるいは、兄のルロイと武人として肩を並べることだろうか?
それとも、まさか本気で……
「……ま、どうでもいいけど」
そんな事を考えながら、僕は初めて扱う闘志なる代物を魔力に変換していった。
◇
ここまでの戦いによって、戦闘可能なおっさん達は半分ほどまで数を減らしていた。
五〇対一、おっさん対女の子。そんな圧倒的不均衡であるにもかかわらず、勝敗の天秤は未だどちらにも傾いていない。
「……よし、次!」
頑なに不殺を貫くノラが十人程度のおっさんを退け、次なる波を待ち受ける。
出鱈目な混戦になるかと思われた戦況は、不思議と秩序だった形になっていた。
同時にかかれる人数には限りがあることに気づいたおっさん達が、いくつかのグループに分かれて波状攻撃を仕掛けているのだ。
彼女の闘志が引火したおっさん達からは、もはや油断も慢心も手加減も消失している。
「……あん?」
最外周にいたおっさんの一人が、ふと空を見上げる。
頭に当たった雨粒が原因だけど、見上げた先に雲などなく、抜けるような青空が広がっているのみ。
……それもそのはず、雨を呼び寄せたのは僕の魔術だからだ。
その名も、対軍広域水術レイン・コール。
「……?」
ぽつぽつと数を増やす雨粒に、他のおっさん達も同じく首を傾げる……が、彼らの意識は、すぐさま目の前の戦いに引き戻されていく。
……それもそのはず、この魔術はご大層な枕詞とは裏腹に、戦場を泥濘ませて騎馬の機動を阻害する効果しかない。
それすらも部隊単位の魔術師が運用した場合の話であって、僕一人が行使したところで砂っぽい地面を湿らせるのが限度。
だけど……
「僕の魔術は一味違うぞ……」
突如、おっさん達の輪から野太い悲鳴が上がった。
◇
「痛てぇ、何だコレ!」
意味不明の衝撃を受けたおっさん達は、頭を抱えて次々と蹲っていく。
ノラも油断なく頭上を警戒し始めているけど……さすがに彼女に当てるほどヘタクソではない。
……この魔術の正体は、カニどもに食らわせた癇癪玉の波飛沫の応用。
雨粒のいくつかに、『加重』と『力場形成』の術理を溶け込ませているのだ。
「ハンマー・スコール……ってとこかな?」
創出した魔術に名前をつけるのは、イメージを固めるうえで重要なこと。
リンジーさんには「いちいち名前を叫ぶのはやめなさい」としつこく言われていたけれど……まぁ、それはさておき。
だんだんと感覚が掴めてきたので、雨が降り注ぐ先をおっさん達の頭上だけに収束させていく。
そして、そんな超局所的集中豪雨が通り過ぎ……立っているおっさんが一人もいなくなったのを見計らって、僕も遅ればせながら戦場へと足を踏み入れた。
◇
フライパンを傘にしてニヤニヤ笑う族長を横目に、僕は悠々と歩みを進める。
……このカッコをつけた登場の最中に、襲って来ないでくれるのは有難い。
「てめぇか、パピヨン!」
しかし、小太り男は空気を読まず、全身を打つ痛みを堪えて強引に立ち上がる。
そして、棍棒片手に鼻息荒く躍り掛かってきた。
たとえ堕落者といえど、殴り合いでは僕なんかに勝ち目はない。
だけど……あいにく僕は元宮廷魔術師。軽く片腕を振り上げるだけで事足りる。
「エアロ・ゲイザー!」
行使するのは風術の初歩、足元から吹き上げる突風で行動を阻害する魔術。
ただし、この僕が本気で放てばそんな生易しい効果には留まらない。
小太り男の足は地面から離れ、その堕落した体重はジタバタと宙を泳ぐ。
「おい、待て! …………ぐぇっ!」
ちょうど頭と足が逆転したところで魔術を解除。当然、小太り男は顔面から地面に突っ込んだ。
まぁ、そんなに高くはなかったから、大した怪我はしていないだろう。
……ちなみに、さっきの雨も『殺さない程度の威力で見た目が派手な魔術』というコンセプトだったりする。
後に続こうとしていたおっさん達を視線で牽制しつつ、僕は肩で息をするノラの前に立った。
◇
「……遅かったわね。てっきり貴方も『あっち側』につくつもりなんだと思っていたわ」
そんな憎まれ口を叩くノラの頬には、隠し切れない安堵の色が浮かんでいる。
実際、その可能性を疑われていたんだろうけど……全て僕の行動のせいなのだから文句など言えない。
「……君の見せ場を取っちゃ悪いと思ったんだよ」
でも、謝らない。なぜなら、ウザいから。
その代わりに労いの意味を込めて、ガメてきた神酒の瓶を差し出す。
すると、ノラは半分ほどを一気飲みし……盛大なゲップをかました。
「……はい、これ。貴方も今ので結構魔力を使ったでしょう?」
差し出された飲みかけの酒瓶に、場違いにも『間接キス』のフレーズが頭をよぎる。
……ついでに言えば、神酒が回復させるのは体力だけで、魔力は回復しない。
とはいえ、これも助太刀に対する褒美の前払いのつもりかもしれないので、下手に断ってはブン殴られる恐れがある。
僕は拝領した神酒を一気に飲み干し……喉と頬とに熱を感じながらも、すぐさま意識を切り替える。
「……さて、本番はこれからだね」
僕たち二人の視線が向かう先では、最後の役者である族長が身を起こすところだった。
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