第6話

「止まれ黒死龍よ! 我こそは氷の勇者であるぞ。お前の悪事の数々を、この私が放っておくと思うのか! 覚悟しろ」

 芝居がかった調子で氷の勇者はそう叫び、剣を抜いて黒い龍へ切りかかる。無駄に力を込めた叫びと共に、刃を表皮に突き立てるも鱗は完璧に撥ね返す。龍が噛みつく素振りを見せると、大げさすぎるリアクションで吹っ飛んでいき、息も絶え絶えに立ち上がった。

「なんと恐ろしい力だ。だが私は国の為、民の為にもここで倒れる訳には行かぬ!」

 剣を杖の代わりにして、やっとのことで立ち上がる。そして大きく振りかぶり、叫びと共に龍へと襲いかかった時だった。

「つまらん」

 皇帝は足を組み、肘掛けの上で頬杖をつく。

 ずっと今まで我慢してきたが、舞台は余りに退屈で見るに堪えないほどお粗末だった。皇帝が止めろと、一言だけ言うと演者たちは動きを止めた。

「この程度の代物でよく私に見せようと思ったな」

 すぐ隣にいた文化大臣に告げる。彼は呆然とした表情で暫く口をパクパクさせていたが、腰も低めに恐る恐るといった調子で口を開いた。

「い、如何なされましたか陛下。本作品はかの黒死龍伝説を再現した物でございます。審査員も満場一致で評価した、本年の皇帝賞最優秀候補にございます」

「これがか? 戯言もいい加減にしろよ文化大臣。この程度の出来栄えで、観客に申し訳が立たんと思わんのか」

「お、お言葉でございますが陛下。金貨千枚もの大金をはたいて制作された大作でございます。役者も選りすぐりの人員を集い、音楽にしても長年従事してきた腕利きぞろいでございます。劇団にしてもその歴史、千年にも及ぶ由緒ある劇団でして、当劇団に従事することは末代までの誇りと語る者も居る程なのです」

「だから何だ。この程度の出来栄えで、観客に申し訳ないと思わんのか。審査員の名を上げよ。全て首にしてくれる」

「畏れ多くも皇帝陛下、本公演は国民の皆さまより大変な好評を得ております。売り上げにしても過去最高額を記録しており、二度も三度も見る者が現れる程となっています」

 文化大臣の訴えを聞いて、皇帝は思わず鼻を鳴らす。大臣を暫く黙って眺めていたが、これ以上何も言わないことを理解すると、皇帝は静かに口を開いた。

「確かにお前の言う通り、大層なカネを掛けているのは理解できる。龍の仕掛け、役者共の衣装など、事細やかにできておる。音楽にしても大層立派だ。だがな、それが何だと聞いておるのだ。そのような物、全て飾りでしか無い。美麗な装飾、立派な音楽で誤魔化しておるが、根本的につまらんと言っておるのだ。この程度の子供騙しでカネを集める? やってることは、時間とカネを搾取する詐欺師と何ら変わらん。詐欺罪で全員逮捕させても良いのだぞ」

 皇帝が言った時だった。突如天井に穴が開き、何かが落ちて龍の仕掛けにぶつかる。劇場中に響くほどの音を立てながら龍の仕掛けは崩壊し、悲鳴と、埃が劇場中を包み込んだ。

「陛下! ご無事ですか、陛下!」

 近衛兵の声に対し、私は無事だと叫び返す。立ち込める埃の中で近衛兵はなんとか皇帝を探し当て、未知の脅威に武器を構える。ようやく埃が晴れた時、崩壊した龍の仕掛けと、見慣れない服格好をした少年が、黒いカバンを背負ったまま俯せになって倒れていた。

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