第7話

「こんな所に転生者か。武器を下ろせ。怪我人の手当を優先せよ!」

 皇帝は一人で舞台に駆け寄って、少年のカバンを外して脇に置く。そして仰向けに転がすと、彼の首筋に指を当てた。

 頭を酷く打ったようで、赤黒い血が流れている。幸いなことに脈は残っているが、こきゅまでは分からない。少年の顔に自分の頬を寄せてみれば、微かながらも空気の流れを感じ取れた。

「おい。無事か?」

 薄く開いた目が動き、皇帝の顔を捕らえる。少年は何か言葉を発しようとして、力尽きて目を閉じた。

 直ちに衛生兵がやって来て、少年を担架に乗せる。医務室へと急ぐ彼らを見送ると、皇帝は残されたカバンに目を向けた。 

 金属の四角い留め具を横にして、黒い革の蓋を開ける。布のポーチに、薄汚れた筆箱がある。大半を占める教科書やノートに目もくれず、手のひら大の本を取った。

 最終幸福追求権と、日本語で書かれた本だった。皇帝は軽く中身に目を通すと、荷物を全てカバンに納めて一方の肩で背負い込んだ。

 医務室に着いてみれば治療は早くも終えていた。頭には包帯が巻かれていたが、医者が言うには比較的軽傷だったらしい。傷を縫う必要すらも無く。消毒し、薬を塗って止血しただけだと医者は言った。

「調子はどうだ?」

 少年はベッドに寝たまま顔を向ける。茶色い瞳に、目元を覆う程の黒い髪、そして色白の肌をしている。少年はぼんやりと皇帝を眺めていたが、そっと彼女から目を背けた。

「伝わらんか。異世界言語の日本語のはずだが」

「わかる」

 少年は目を背けたまま言った。皇帝は重たい黒のカバンを下ろすと、椅子を引き寄せ腰かけた。

「なぜ死んだ」

 少年は目を見開くと、すぐに硬く両目を閉じる。そして皇帝に背中を向けると、膝を抱えて顔を埋めた。

「お前は死んで転生した。どんな理由かは知らんが、これは間違いなく現実だ。受け入れるより他は無い。だから話してみろ。多少なりともお前の気持ちが楽になるなら、私がその手伝いをしよう」

「僕は。友達に」

 それっきりだった。

「よく頑張った」

 窓から赤い陽が射す中で、皇帝は少年の頬に手で触れる。暖かな彼の体温と、小刻みな震えが一緒に手から伝わる。皇帝がしばらくそうして居ると、少年がそっと皇帝の手に手を重ねた。

「あの、アナタは?」

 少年は身体を起こして言った。まだ傷が痛むのか、眉を潜めては頭を抑える。無理するな、と言ったは良いが彼の好きなようにさせた。

「皇帝だ。この国の」

「皇帝? アナタが?」

「そうだ」

「ならここは帝国って事ですか」

「そうだな。ここは帝都と呼ばれる、言わば一つの国だ。帝都を中心として、いくつもの国が集い、帝国と呼ばれる集合体を形成しておる。一つの経済圏として、また一つの軍事組織として、帝国領内の国は私の指揮の下、日々の生活を営んでいる。お前は運が良かった。蛮族どもの巣に転生すれば、そもそも命を落としていたか。はたまた奴隷になっていたかのいずれかだったろう。まずは、無事に転生できた事。喜ぶべきだと思うぞ」

 少年は手を握る。そして目に見える程ゆっくりとした瞬きをすると、かすれるような声で礼を言った。

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