第5話
「衛兵、おるか」
扉が閉まるのを待って、防衛大臣が呼びかける。間髪入れずに扉が開くと、兵士の一人が入ってきた。
「お呼びでしょうか」
「師団長を呼べ。至急だ」
兵士が去ってしばらく後だった。礼儀正しく入ってきたのは、フォーマルながらも、無礼にならない程度にラフな服装の青年だった。
「掛けてくれ師団長。茶は飲むか?」
お構いなくと、彼は言ったが気にもせず、防衛大臣は茶葉を出して二人分の湯を注ぐ。共和国より更に東方の、どこぞの国からもたらされた緑濃色の茶葉は、澄んだ緑の液体となり白のカップを満たす。一つを師団長に差し出すと、大臣はもう一方を啜った。
「第七師団長。共和国との戦いにおいての活躍、見事であった。今でも君の武勇伝は民たちの間でも語り草となっておる。共和国の軍勢を命懸けでしのぎきり、多くの人民を救ったと」
「恐れ入ります。しかし私一人の力では無く、兵と、そして水の勇者の力添えがあっての事」
「水の勇者、レインか。謙虚だな」
師団長は手にしたカップをそのままテーブルに置くと、静かに口を開いた。
「私は事実を述べたまでです」
「謙虚で誠実、実に素晴らしい」
大臣は机の上に肘をつき、両手を合わせた。
「実はだね。君の人柄を見込んで頼みたいことがある。まだ一部の者しか知らないが、不滅の勇者が裏切った。目的は不明だが今後帝都への攻撃が予測される。ここまで言えば理解できるな?」
「帝都の守護を強化せよと?」
「いいや、違う。儂が君らに命ずるのはこうだ」
黙って大臣を見据える師団長を真正面から見返しながら、大臣は明瞭な口調で言った。
「不滅の勇者ミツキを討伐せよ」
師団長は暫く何も答えなかった。大臣も彼に合わせて黙り込む。衣擦れの音の一つさえ無く。完全な無音が部屋を支配していた。
「勇者を、討伐? それが陛下のご意志ですか?」
「いいや、儂の独断だ」
茶を啜り、大臣は師団長の対面に座る。まっすぐ彼の目を見つめると、よいか、と言葉を続けた。
「紫ランクの勇者は一国を破壊するだけの力を持つ。このまま何も手を打たねば、罪の無い民が命を落としてしまう。民の命は帝都の、この帝国の宝であり、そして未来でもあるのだ。君も兵士ならわかるだろう? 平和に暮らす人々を守りたい。ただそれだけなのだよ」
「大臣殿、無論私も同じ気持ちです。民の為、陛下の為に命を尽す。それこそが兵士の本分であり、名誉ある事です。が、しかし。勇者には返しきれぬ恩があります。我が方の兵もまた、彼女等に幾度と助けられてきました。それを――」
「勇者の手により奪われた兵の命を忘れた訳ではあるまいな?」
師団長は目を見開く。
大臣はカップを持って立ち上がり、師団長のすぐ隣へと腰掛ける。そして彼の肩に手を置くと、その顔を覗きこんだ。
「良いか師団長。君たち兵士には皇帝陛下と民に仕える、崇高な志の下集っている。だが勇者達はどうだ? カネさえ払えば何でもやるような連中だ。確かに君は勇者の手により救われただろう。だが同時に、共和国や連合に雇われた勇者によって、多くの兵が命を落としたのも事実。残された家族は今も深い悲しみに苦しんで居るのだ。考えるのだ師団長。大勢の民の命と、勇者一人の命。どちらがより重要で、守るべき存在であるのかを。力無き民を守るのが兵士としての務めではないか? カネの為に命を奪う賞金稼ぎ共に、この国を滅ぼすような真似をさせてはならん」
大臣は茶を啜って立ち上がる。自分の机にカップを置くと、師団長を見下ろしながら言った。
「師団長。直ちに討伐隊を編成し、不滅の勇者の捜索を指揮せよ。これは命令だ」
師団長はしばらく悩んでいたようだったが、やがて立ち上がると、承知しました、と呟いた。
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