第4話

 人族世界とは別に、もう一つ重要な世界がある。

 古来より、人族と争い続けてきた蛮族と呼ばれる連中だった。

 粗暴で野蛮、狡猾であり、欲望には忠実。人族の町や村を襲うことも数多く、時には帝国傘下の国が襲撃される事態もあった。武力で侵攻するならば、武力で押し返せばいいのだが、勇者が力をつけるに比例して一層賢く厄介極まりない連中が増えた。

 実例を上げれば、ある小国への浸透工作、経済攻撃、情報操作や封鎖と言った、傍目には侵攻だとは分かりにくい。いっそ暴れてくれれば動きやすいのに、昨今の蛮族は身を潜め腰淡々と狙っている。

 これだけでも頭が痛くなるが、種の保存がどうだとか。学会による絶滅危惧種の指定を受けた蛮族も居る。強力で頭脳明晰な蛮族が、絶滅危惧種に指定される例も多い。エルフだとか、ドレイクだとか、討伐に足る適当な理由が無い限り、学会から非難の声に晒される。

 他にもきまぐれに現れては街を破壊する巨竜による災害や、どっちつかずの神格だとか。最近になって数を増やしつつある正体不明の魔族と魔神の存在等々、考慮すべき事項は山ほどある。

 適した場所に、適した兵を配置する。

 基本的な事でありながら、中々どうして難しい。広大すぎる帝国領内において、いつ、どこで、どのような脅威が発生するか分からない。そのような時に近くに兵が居ないとなると、被害が拡大してしまう。共和国や連合国との最前線や、対蛮族の討伐、関所の防衛等、士気の緩み易さも考慮して、帝国領地を守っているのだ。

 目頭を抑えてもたれ込む。

 皇帝はいったい何を考えているのだろうか。皇帝陛下の事だから、考えあっての事だろう。に、してもだ。備えられるものを備えないのは気が触れているとしか思えない。

 部屋にノックが響く。防衛大臣は二本の指で両目を押さえたまま、入るようにと言った。

「お疲れですね」

 補佐官だった。

「何の用だ」

「用って程ではありませんが、不滅の勇者の件で少々」

 目を開けて、視線だけで話せ、と促す。

「陛下はあのように仰られておりましたが、お心が変わる可能性も捨てきれないのでありませぬか? そこで提案でございますが、いつでも民を避難できるよう用意させておくのはいかがでございましょう。避難の用意だけとあらば、陛下の承認も不要でございましょう」

「確かに、その程度であらば儂の権限で可能だ。が、事前に我が帝国の危機を察知しておきながら、何ら策を講じぬとは指導者として信じられん」

「陛下には陛下なりの考えがおありなのでしょう。我ら程度では知り得ぬ情報だってお持ちなのやもしれません」

「に、してもだ。儂の役職はなんだ? 防衛大臣だぞ。帝都を、帝国を守護するのが役目なのだ。これではいったい何の為に職務を全うしているのか分からなくなる」

 防衛大臣は立ち上がり、窓の外に目を向ける。立派な勇者ギルドと、広がる帝都の街並みに、花畑と、霞む山々が綺麗に映る。楽し気に通りを駆ける子ども達を見て、深いため息をついた。

「考えておくとしよう補佐官」

「感謝いたします。きっと陛下もその時が来ればアナタに感謝することでしょう」

 補佐官は深く頭を下げる。そして足音も小さく向きを変えると、執務室から出ていった。

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