08話.[いまの僕からは]

「持ってあげるから選んできなよ」

「うん」


 放課後は約束通り布団セットを買いに来ていた。

 お金の所有者は彼女だから商品選びは任せることにする。

 所持金は1万円、それならばある程度の物を購入することができるだろう。


「はぁ……」


 初めて失恋というものをした。

 とはいえ、あの子は別に思わせぶりなことをしてきていたわけではないのだから勝手に期待した自分が悪い。

 最初から最後まで和一筋だった、逆に気持ちがいいぐらい真っ直ぐだ。

 ……利用されたことがあったのはくそとしか言いようがないが。


「努君っ」

「決まったの? それなら買って帰ろうか」


 で、お会計を済ませたまでは良かったんだけど……。

 でかい、そこそこ重い、中途半端に持ち上げていると余計に大変だ。


「ごめんね、持ってもらって」

「いいよ、睦に床で寝られる方が困るしね、泊まったときにこっちに入られても嫌だから」


 なにもないならあんなことをするべきじゃない。

 というか泊まるつもりはない、自宅が恋しいから。

 もう終わったことだから目の前でいちゃいちゃしていようが、隣の部屋でいちゃいちゃしていようがほーんで済ませられる。


「ふぅ、重かった」

「お疲れさまっ」

「うん、早速だけどご飯でも作るよ」


 明日は土曜日だからお弁当はいらない。

 普通じゃないとか考えておきながらそれでもやるのが僕らしい。


「できた」


 掃除なんかは昨日もしたからする必要はない、洗濯も高頻度でやるほど溜まってない。

 だから今日やれることはこれぐらいだ。

 最低限のことは彼女でもできるということもあるから。


「それじゃあ帰るね」

「え、まだいいでしょ? まだ18時を越えたぐらいなんだから」

「いや、もうやることもないから」

「だめーっ!」


 力は弱いけど何度もふっ飛ばされるのは微妙だ。

 だから今日は真正面から受け止めることにした。

 和や香織ちゃんには勝てない貧弱男でも彼女にはさすがに負けない。

 そのまま持ち上げたら「え、えっ、ええ!?」と慌て始める彼女。


「わがまま言わない、元々家事をするってだけの話でしょ」


 床に下ろして玄関に向かう。


「ふふ、ふふふ」


 ついにおかしくなったのかと考えていたら「これなーんだ」と言って僕の携帯を見せてきた。

 そのまま携帯だと説明したら怒られてしまったが。


「これを取り返さない限りは帰れないよね?」

「いいよ、明日の放課後にもここには来るから持っていてくれれば」

「え……」

「どうせ誰からもメッセージとかこないから意味ないからね、それじゃ」


 時計だって何気に部屋にアナログ時計があるのだ。

 しかも5時頃に勝手に起きることができる脳や体になっているから目覚ましもいらない仕様。

 いいね、僕にしてはなかなかに便利な能力だ。


「あ、努っ」

「そっか、部活ができないんだよね」

「うん、本当に馬鹿なことをしたと思うよ」


 あのとき実は和と喧嘩でもしていたのだろうか。

 そうでもなければ近づかないというのはありえない。

 いつでもふたりだけの世界を構築してくれるのが彼女達なんだから。


「この前のことを謝りたいと思って」

「別に今日じゃなくても良かったのに、というか謝られてもなにも変わらないでしょ」


 そう、勝手に期待して、勝手に告白して、普通に振られた僕が悪い。

 だから彼女があくまで普通に話しかけてくるのも無理はない。

 それでも振ったその日ぐらいには来ないのが暗黙のルールではないだろうか。


「気にしなくてもいいよ。それより早く帰った方がいい、怪我しているとはいえ部活を休んでいる身なんだからさ」


 この前よりもよっぽどふたりきりではいたくなかった。

 現在なら歩行速度に差があるため、かなりの速度で歩くことに専念した。

 走り去るのはさすがにださすぎる。

 ただまあ、これも大して変わらないが。


「おかえりなさい」


 見なかった及び聞こえなかったことにして部屋にこもる。

 いまちくちくと言葉で刺されたくなかったからだ。


「はぁ……」


 なんで僕が家事をしなければならないんだろうって考えがまた出てきている。

 ありがとうとか美味しいとかがいてくれて良かったとか。

 そういう風に言われて、頼ってもらえて嬉しいだなんて考えたものの、そう言い聞かせていただけだと気づいてしまったからだ。


「努、入るわよ」


 まあ、母とはこういう人間だ。

 言いたいことがあれば相手がどんな感じだろうと遠慮なく踏み込んでこようとする者。


「今度から17時半には帰られるようになったから家事は私がやるわ」

「だから僕はもう不必要な存在ってこと?」

「え? はぁ……、どうしてそこまで極端なのよ」

「どうせ和久と違って優秀じゃないからだよ、お父さんもお母さんも和久だけがいてくれればいいって思っているんでしょ」


 僕だって実際にそう思うし。

 それでも生まれてしまったからには生きたいと考えるのはおかしくないことだ。

 僕みたいな駄目な人間が生き残るためにはなるべく言うことを聞いて相手を呆れさせないようにしなければならない。

 つまり家事がそれだったということになる。

 ならそれが取り上げられたら? もうお前はいらないと言われたら?

 こう考えても仕方がないだろう、家事をしていたからこそこれまでここにいられたのだから。


「別に和久ばかりを贔屓しているわけではないわ」

「そりゃ、お母さん達からすればそうだろうね」


 お小遣いは1万円、家事などはなにもしなくていい、僕に対して不満があれば大抵母がなんとかしてくれる。

 両親にとっては贔屓ではなく普通なのだ。

 別に貰えるお金の違いに文句を言いたいわけではない。

 5千円だって僕には十分大金だし、変わらずにくれていたからこそ追い出されたときは助かったわけだし。

 家事なども失恋中でなければ多分だけど文句を言わずにやっていた。

 ただ、可愛い息子に頼まれたからってもうひとりの息子を追い出すのは行き過ぎだ。


「まあ母さんがやってくれるって言うなら任せるよ」


 話すことはもうなにもないから部屋から追い出した。

 そりゃ親なら心配したふりぐらいはするよね。

 片方にだけ甘々すぎたらもう片方になにかされるかもしれないし。

 いまの僕からはなにかやりかねない雰囲気かなにかが出ているんだろう。

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