07話.[やっぱりしない]
結果的に言えば駄目だった。
なので、自宅で入浴を済ませてから彼の家に行くことになった。
「はぁ、わがままなんだから」
「だって、外で寝たりするから」
朝には帰るつもりだから制服などは持ってきていない。
和もやっぱり僕がいなければ駄目だ、まるで家事ができないもん。
さっきも一応頑張ろうとしてくれていたけど、見ているとうずうずして駄目だった。
「もう転ばせてもらうね」
食事、入浴、歯磨きなどは全て済ませたから問題もない。
2日ぶりに食べた温かいご飯は凄く美味しかったから大満足だ。
「待って、なんで入ってくるの?」
「布団がなくて」
「ま、風邪を引かれるよりはいいか、電気を消すからね」
床は冷たいものの、彼の体温が高いからプラスマイナスゼロになっている。
「……本当はね、僕は……」
「うん?」
「ぼ、僕は……」
実はあの高校の生徒じゃない、とか?
休み時間になると毎回教室から出ているが、その後はどこに行っているのかがわかっていないまま。
教えてくれたのは睦という名前だけ、わかっているのは可愛げがあるということとかだけ。
「本当は、女……なんだよ」
「嘘だ、確かに男の子にしては中性的だけどさ」
「み、見る?」
同性のを見る趣味はないが確認することにしたんだけど……。
「え……」
「お、男の子じゃ……ないよ?」
いや、だからって普通見せるか?
うんと答えたのは自分だ、それでも普通は直前に「やっぱりなしっ」ってなるべきだろうっ。
やばいやばい、変に照明が暗いせい(いまは豆電球)で意識し始めてしまう。
「帰るっ」
「だめっ」
いま接触されるのは本当に不味い。
彼だと判断していたときとは違うからだ。
こんなことは香織ちゃんにもされたことがない、抱きしめられたことなんて悲しいことにないのだ。
「あと、僕は3年生だから」
「えぇ……」
「敬語は使わなくてもいいよ?」
3年生だからなんなんだと言いたい。
いまのこの状況にはなにも関係のないことだ。
「……寝るから離れて」
「寒いからやだ」
こっちだってなにもかけないで寝るのは嫌だった。
幸い、この毛布は大きいから毛布内で離れればいいかと考えたものの、できなかった。
「な、なんでそんな引っ付いてくるの」
「またどこかに行かれたくないから」
「家に入れないって言ったのは睦く――睦ちゃんでしょ」
睦先輩と呼ぶべきだ。
でも、文句を言われそうだからちゃん付けにしてみた、さん付けでも良かったかもしれない。
「だって香織さんに酷いことを言うから」
「睦さんはわかっていないだけだよ、和久がいなければ来たりしないから」
「……あんまり仲良くないの?」
「うーん、最近はそう考えているかな、好きだって気持ちを捨ててからは余計に」
この先、どうなるのかはわからない。
少し落ち着いてきたからまた普通に和や香織ちゃんと仲良くしたいって考えているけど。
が、この前思いきり拒絶されたことがまだ引っかかっているのは確かで。
「す、好きだったの?」
「うん、香織ちゃんのことが好きだった。唯一近づいて来てくれていたし、優しいし、可愛いしでね」
「……それなら告白するべきだと思う」
「いいよ、捨てたからね」
まず間違いなく受け入れられるわけがないから。
何気に小さい頃に聞いたことがあるのだ、和のことが好きだって。
それなのに好きになってしまった僕が馬鹿だったということで片付けられる。
「眠たくなってきちゃった……」
「寝なよ、明日の朝に起こしてあげるから」
「敷布団……」
「明日の放課後、買いに行こうか」
6000円ぐらいするだろうけど彼女のためであれば別に気にならない。
こっちがお金を出すわけではないからね、さすがにそこまではできないから。
「ずっといて……」
「和久と仲直りもしたからもう無理だよ、迷惑をかけるだけだからね」
「迷惑じゃない……」
「家事ぐらいならしてあげるからさ」
相手が女の子ということに変わっても優君、睦君、睦ちゃんさんは変わらないから緊張もしないで済む。
先程のあれはまあ非モテだし、えっちな本とかを見ないから逆に刺激が強すぎたというか。
まさか女の子だとはねえ。
「ばか……」
「おやすみ」
この毛布を買ったのは正解だった。
だってそのまま彼女にあげてしまえばいいからだ。
自宅で寝るようになったらベッドがあるし、敷布団があるしで十分だから。
「あ、おはよう」
まだ不機嫌なのかぷいと顔を背けられてしまった。
朝食はもう作り終えているため、食べてもらうことにして帰路に就くことに。
「なんですぐに帰ろうとするのっ」
「いや、手のかかる弟がいるからさ、僕がやってあげないと駄目なんだよ」
「僕も行くっ」
「それなら朝ご飯を食べてよ、早くしないと朝練の時間になっちゃうからさ」
弟を遠慮なく全力でぶん殴っていた自分だが、強く出られなくなってしまっていた。
男の子と女の子で対応を変えるなんてくそだけど、非モテなのだから仕方がない。
「なんで髪の毛を短くしているの?」
「……長いとからかわれるから」
「そうなんだ」
男子用の制服を着られているのはどうしてだろうか。
それこそからかわれて先生に相談した結果、ということなのだろうか。
「努君は長い方がいい?」
「うーん、ショートでもいいと思うけど」
「香織さんがそうだから?」
「うん」
ただ、ポニーテールなんかもいい気がする。
って、非モテの野郎は結構思っていた、髪型が変わるのもまたポイントが高いというか。
別に僕のためにしているわけではないとわかっていても目の保養になるという感じで。
「ただいま」
当然のように和は起きていないようだった。
2階へ直行して手のかかる弟を起こす。
「……もしかしてまた遅刻か?」
「ううん、まだ6時15分だから」
「そうか」
どこかほっとしたような感じの弟は下に行かせて掃除を開始。
「意外と綺麗なんだよなあ」
常日頃から僕がこうして起こす際に掃除しているのも影響しているかもしれないが、シーツのずれとかを直すだけでいいぐらいには整っている。
実はこっそりやっていたりするのかな? 自分の部屋なんだからそりゃ綺麗に使いたいか。
お風呂掃除はまた後ですることにして、兎にも角にも朝食とお弁当の準備。
ああ、いつもなら大変だ面倒くさいだって考えているはずなのに嬉しい、誰かのためになれていることが。
「あっち行っててよ」
「逃げるから嫌だ」
「どうやって逃げるのさ、それにそれなら玄関を見張っておいた方がいいでしょ?」
「むぅっ」
ご飯を作ったら弟に食べさせて今日はそんなところをゆっくり見ておくことにした。
「美味しい?」
「おう、美味い」
「ありがとう」
「いや……、礼を言わなければならないのは俺だろ」
「お弁当、ちゃんと持っていってね」
これで弟と妹ができたということになる。
もっとも、妹の方は年上だということで矛盾しているが。
「行ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
見送ったらお風呂掃除を開始、……なんで昨日やっていかなかったのかわからない。
洗濯物も干してついでに掃き掃除なんかもして登校時間まで過ごした。
「なんかお母さんみたい」
「そうだよ、和久には僕がいないと駄目だから」
「……私のところにもいてほしいなーって」
「そろそろ学校に行こうか、香織ちゃんにも挨拶をしないと」
「ばか!」
馬鹿馬鹿と言うようになったところだけは問題かもしれない。
学校に着いたのは8時15分頃だった。
今日は自ら向こうのクラスに移動して謝ることにする。
「香織ちゃん」
「努が来るなんて思わなかった」
「うん。それでなんだけどこの前はごめん、せっかく来てくれていたのにあんな可愛げのないことを言っちゃって」
また許してくれない可能性も高いが、謝れただけで僕にとっては大きいから気にしない。
「それより、どうして優君は努にくっついているの?」
「あー、実はこの子、おと――」
「親友になれたんだっ、あ! 怪しい関係というわけじゃないから勘違いしないでね? ただ、もう少ししたらなにかが変わるかもしれないけど、にしし」
もし離れるとか言ったら「見てきたのに?」とか言って脅してきそう。
というかこの子は自分が言っていることの意味がわかっているのだろうか。
だってそれはつまり、僕を……。
非モテ故の妄想かもしれないが、昨日と今日の様子を見ているとそれだけではない気がする。
「つまり、付き合うかもしれないってこと?」
「えっ、そんなことは言ってないよっ」
「でも、なにかが変わるならそういうことだよね?」
「うっ、そ、それだけじゃ……ないよ?」
んー、香織ちゃんのことが好きだったのになんだろうかね。
もしかしたらあんまり好きじゃなかったとか?
とにかく、これ以上自由に話させていると墓穴を掘りそうだから止めておいた。
「本当に3年生なの?」
「あっ、疑っているの!?」
「いや、もしそうならあともうちょっとしか話したりできないんだなって」
「疑っているじゃん!」
疑っているのではなくて……、いや、そうなのかな?
色々あった間に11月が近づいてきてしまっている。
は大雑把すぎるか、もう11月になろうとしているところだった。
「それよりどうして女の子だって言わせなかったの?」
「大勢に知られていなくてもいいかなって」
「でもさ、和久や香織ちゃんのことは知っているわけだ――」
「いいのっ、……努君だけ知っていればいいの」
なんかいやらしい関係みたいに聞こえてくる。
が、あのときぐらいだけで、他はあくまで健全な時間を過ごせているはずだ。
接触だって頭を撫でるときぐらいしかしない、その頭を撫でるのも数日に1回だから大丈夫。
「今日も泊まってくれるよね?」
「家事はするけど泊まらないよ」
「……見たのに」
「今日は敷布団を買いに行くんでしょ? 10000円ぐらい持っていかないと駄目だよ?」
「お金ならあるよ」
とりあえずあるだけで暖かさが全く違うからそんなに高くなくてもいいと思う。
できれば単品ではなくセットになっている物を買って帰りたい。
その方が持ち運びもそれなりに楽だと思うからだ。
「って、どこに行くの?」
「ふたりきりになれる場所」
「もうSHRまで時間がないんだけど」
恐らく時間がないからだろうが男子トイレに連れ込まれた。
良かった、女子トイレではなくて。
「もしかしていつもこっちで?」
「うん、個室があるから」
人が来てもいいようになるべく小声で話す。
自分は案外動じない人間なのかもしれなかった。
彼女に正面から抱きしめられていることよりも、臭いの方が気になる。
この前せっかく頑張って掃除をしたのにもう駄目みたいだ。
「予鈴だね」
「……休み時間になったら行くから」
「うん」
一応、手を洗ってからそれぞれの教室へ。
なんであんなに臭いが酷くなってしまうのかが酷く気になっていた。
「努も物好きだよな」
僕作のお弁当を食べながら和がそう呟いた。
香織ちゃんは不思議そうな顔で弟の方を見る。
「どういうこと?」
「だってさ、家の家事だけでも大変なのに優の家の家事までやっているんだぜ?」
「んー、なんか努らしくていいと思うけど」
「確かに優はなんか見ておかないと不安になる感じだけどさ、努がやる必要があんのかって考えちまうんだよ」
うん、確かにそうだ。
泊まっている日ならともかくとして、そうじゃない日にしているのは普通ではないと言うしかない。
あれだあれ、いつもの悪い癖だ、相手が異性だとわかった途端にいいところを見せようとしているのかも。
強気に出られないのではなく女の子が相手だから出ないだけ、逆に弟のときははっきり強く言うからね。
性別によって態度を変えてしまうのは情けないとしか言いようがないが、貴重なチャンスだからなんとかしたいと考える自分がいるから仕方がないことだと開き直っていた。
「って、それなら手伝ってあげなよ」
「香織が言うな」
「うっ、あっ、いまは骨折中だから、負担をかけたら完治が遅れるから」
「ははっ、言い訳に使いやがってっ」
ちなみに静かだがここに睦さんもいる。
これまた僕作のお弁当を集中して食べているという感じだ。
「香織、治ったらどこかに行こうぜ」
「ふたりきりで?」
「ああ」
おぉ、積極的。
相手が弟であるならば返事は当然、
「い、いいよ」
そう、これ。
もう悔しさとかはない、それどころかおぉってなるだけ。
「ちょっと飲み物を買ってくるよ」
「あ、僕も行く」
「うん、じゃあ行こうか」
これはこの前とは違う。
ある意味逃げているのは一緒だが、なんかむず痒い雰囲気だったからだ。
不器用というか真っ直ぐというか、もうちょっと早く動いてあげれば良かったと思う。
もしかしたらモテる人間とはある程度余裕のある人間なのかもしれない。
「睦さんはなにを飲む?」
「お茶かな、あと呼び捨てでいいよ」
「わかった」
こっちは水とかお茶とかをわざわざ買うのはもったいないと考える人間なので紅茶を買うことにした。
ただ、これすら本当はもったいないのだ。
スーパーに行けば半額で買えるのにぃっ、ってなる。
多分、買い物によく行く人なら似たような思考になるはず。
もしかしたら値段より楽さを追求してコンビニとか自動販売機などで済ませる人も多いのかもしれないが。
「はい」
「ありがとっ、お金は帰ってから払うからっ」
「うん、あ、ちょっと空き教室に寄っていかない?」
「なんで?」
なんとなくゆっくりしていきたかったからだ。
窓際の席に座って外を見ていた。
冬の澄んだ空が好きだ。
別に春夏秋の青色の空も好きだけど。
がららと椅子が引かれる音が聞こえてきて、そっちを見たら彼女がいて。
「綺麗だよね」
「でも、雨も嫌いじゃないよ?」
「うん、それぞれの天候にそれぞれの魅力があるからね」
ただ、冬に雨は降ってほしくなかった。
洗濯物が乾かないし、なにより寒いから。
でも、彼女の言うように雨は嫌いではない。
休日なんかにあの音を聴いていると心地が良くて眠たくなる。
「睦」
「どうしたの?」
なにを言うつもりだったんだろう。
いまいつものように押せ押せモードできてくれればいいものを、彼女は意地悪だ。
この前みたいな拒絶をされても嫌だから口にするのはやめておいた。
待つしかない、相手にその気がなければ結局ぶつけられたところで無意味なことだし。
「なんでもない、戻ろう」
第一、女の子だとわかった瞬間に狙おうとするのは違うだろう。
好いてもらえるようなことはできていない、それこそ兄的な立ち位置で。
家事をしてくれればあとはいらないみたいな感じで、所詮は今回も利用されているだけでしかないというのに。
僕もまた彼女を利用しているのだから責めるつもりもなかった。
それに、誰かのために動けるというだけでそれで良かったのだ。
「もしかして、あのふたりに影響されちゃったの?」
「この前、香織ちゃんに同じように誘って僕とは出かけたくないって言われたからさ、どこまでいっても和久には勝てないんだなって考えたところはあるよ。家事ができても、必ず相手のためになれているわけではないから」
家事ができるから仲良くしてよ、そんなことを言ったところでなんにも影響はしない。
大体、彼女は和のことが好きだって言っていたのにどうして好きになってしまったのか。
和の気持ちは聞いたことないが、もし好意を隠しているだけなのだとしたら双子だからだろうなのかもしれない。
というか、双子なのが完全に裏目に出ている感じだよなあというのが最近の感想。
あと、僕が兄なのが駄目だった、その時点でなにもかも終わっているようなものだ。
「教室に戻ろう、あんまり遅いとあのふたりも邪推――はしないかもしれないけど文句を言ってくるかもしれないから」
多分、ふたりの世界を構築しているだけだと思う。
それこそ僕らが勝手にあの場を離れたことで感謝すらしているかもしれない。
はぁ、やっぱり目の前で違いを見せつけられるのは堪えるな……。
「まだ気持ちは残っているの?」
「引っかかることはあるよ、相手が双子の弟となれば余計にね」
「それなら告白してみようよっ」
「はは、睦は意地悪だね、わざとダメージを受けてこいって言いたいんだ?」
「違うよ、だっていまのままじゃ苦しいだろうから……」
結局、彼女の中にもなにもないのだろう。
優しいと言えばそうだが、残酷な存在であるのも確かだった。
よし、こうなったらぶつかって散ってやろうと決める。
「あ、遅いよふたりとも」
「香織ちゃん」
「なに? 長時間だったからてっきり私達の分も買ってきてくれたのかと思ったけど」
「好きだ、ずっと前から」
ここは廊下だ、周りに他の生徒は誰もいない。
教室内は依然として賑やかなまま、ただ、教室と教室の間のこの場所は静かだった。
「ごめん、昔も言ったと思うけど私は和くんが好きだから」
「うん、聞いてくれてありがとう」
ばれていたかもしれないが和にも言ってなかった気持ちをぶつけて、そしていま終わった。
うん、ダメージよりもすっきりした感じがすごかった。
教室に戻ってお弁当箱を片付ける。
「って、俺にないのかよ?」
「これあげるよ」
「紅茶かー……」
「文句を言うならあげない」
「いや、ありがとなっ」
すっきりしたような感じがしたのに殴りたくなってしまったものの、我慢。
兄なら弟に頑張れぐらい言うべきだ、とはいえ、唐突に頑張れと言っても「お、おう?」となるのがオチで。
「和久、部活頑張ってね」
「お、おう、なんで急になんだ?」
「兄だからだよ、それじゃあ自分の教室に戻ってください」
嘘だ、すっきりなんてやっぱりしないよ。
側に彼女がいることは分かっているが、気にせずに突っ伏し始めた。
お昼休みはまだ時間がある。
5時間目までには多少はましになるだろうと信じて続けたのだった。
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