06話.[出てこなかった]
「努」
今朝からずっと話しかけてきているものの、無視を続けていた。
人を家から追い出しておきながらどういうつもりだ、とぶつけることもせず。
「努君はお昼ご飯食べないの?」
「うん」
優君――睦君は僕が作ったシンプルなお弁当を食べながら聞いてきた。
わざわざここで食べてくれるところは可愛げがあって好きだ。
面倒くさい弟といなくて済んでいい、もちろん束縛なんてするつもりはないから自由に行動してくれればいい。
ただ、昨日の夜からなにも食べていないからさすがにお腹が空いてきた。
でも、今日自分のお金で買い物に行って得た食材を使用してじゃないと食べることはできないのだ。
「努、優くんのところにお世話になっているんだね」
「うん、追い出されちゃったからね」
松葉杖、か。
僕は1度も骨を折ったことがないからどれほどの苦労かはわからない。
彼女はバスケが好きだからやりたい欲でいっぱいなのかも。
「それ、努が作ってあげたの?」
「うん、お世話になっているからこれぐらいはね」
「いいな」
ご飯粒がついていたので取っておいた。
なんかそれこそ初めて弟ができた感じがした。
「あんまり移動しない方がいいよ」
「私は昨日のことで責めるつもりはないからね、寧ろ努は男の人から助けてくれたんだから」
「助けたって言ってもあれだよ、あの人がすぐに意識を変えてくれたからなんとかなっただけだからね」
怖い人だったらどうでもいい、関係ないで逃げていたかもしれない。
それにあの人が悪いわけではないのだ、だからって彼女を責めるつもりもないけど。
「ごちそうさまでしたっ、美味しかったっ」
「うん」
頭を撫でたくなる。
謝りつつ実際にそうするという悪い行為をしていた。
「和久君のところに行ってくるっ」
「行ってらっしゃい」
あくまで彼は僕が困っていたから助けてくれただけだ。
相手が和だろうと香織ちゃんだろうと他の誰であろうと、困っていたら助ける。
だからあまり踏み込んではならない、そのために色々なことを最小限にしていた。
「和くんに言って家に戻った方がいいよ、優くんに迷惑をかけちゃうから」
「一応、6万円を渡してあるんだけどね」
「ろ、6万円!?」
これまで貯めておいたお小遣いだと説明したら「すごい」と感心されてしまった。
あくまで欲しい物がなかったからこうなっているだけだ、褒められるようなことではない。
「なんで昔の呼び方に戻したの?」
「この呼び方が1番だと思って」
待て、余計なことを聞くなよ、何度馬鹿なことをするつもりだ。
「座っておいた方がいい、片方にだけ負荷をかけるとそっちも悪くなるから」
「心配してくれるんだ?」
「こうでも言っておかないとまた和に怒られるからね」
お腹空いた……。
ある程度買って帰ることを考えている以上、体力は確保しておきたい。
彼女や和と話すのは無駄遣いに繋がるから戻ってほしかった。
睦君が気になるということならそれこそ自分のクラスに戻ればいいわけだしね。
「努君っ」
「……どうしたのー?」
「和久君が話したいだってっ」
「断っておいて、話すことなんかないよ」
とはいえ、1週間とかに伸びると彼に迷惑をかける。
だが、家に帰ったら洗濯機は使えないわ、食材は使えないわでより過酷になるわけで。
「む……優君」
「うん?」
どうやらふたりには言っていないみたいだから優君呼びに戻した。
156センチの僕でも彼を見下ろすことができるってすごい話だと思う。
じゃなくて、
「まだ泊まってもいいかな?」
言いたいことはこれ。
口先だけの言葉に騙されて家に帰ってしまったら罠にはめられたようなもの。
そもそもの話、弟の話したいことがそのことに関してかすらわからない。
「いいよっ」
「ありがとう」
本当にこの子がいてくれて良かった。
お風呂に入れるのが大きい、床でとはいえ雨風凌げる屋内で寝られるのが大きい。
「努、ちゃんと話した方がいいよ」
「と言われてもね」
「和くんも冷静じゃなかっただけだから、ね?」
確かに彼女のことを考えて冷静ではなかったのかもしれない。
でも、彼女が最初から部活に行ってくれていればあんなことにならずに済んだのだ。
彼女だって骨を折るようなことにならなくて良かった、だから説得力がないというかなんというか。
「別にいいでしょ、香織ちゃんにとっては和だけがいれば問題ないんだから。寧ろ同情で近づかなくて済んで楽になったんだからさ」
今度は和も彼女のことを責めているわけではない。
つまり嫌われる可能性はないわけで、こんなことを言うメリットはないのだ。
ただまあ、睦君に現在進行系で迷惑をかけているわけだからいつかは片付けないといけないんだけど。
「努君のばか!」
「えぇ」
「同情なんかじゃないでしょっ、君とお友達だから来てくれてるんだよっ」
いや、彼はわかっていないだけだ。
和に近づくために利用されているだけでしかない。
以前までなら和と僕は仲が良かったから切り捨てることができなかっただけ。
「謝ってっ」
「いや、謝らないよ」
「謝らなかったら家に入れないからっ」
「じゃ、荷物を持って出ていくよ」
馬鹿だな、同じことの繰り返しばかり。
それなら買い物に行く必要だってない、さっさと荷物を取りに行って出ていこう。
お金だってまだまだいっぱいある、荷物を彼が持ってきてくれたから気にならない。
タオルも持ってきてくれたみたいだから水風呂でも浴びればいい。
「と、通さないよっ」
放課後、彼の家に入ろうとしてもできなかった。
「荷物を取ってきてよ」
「嫌だっ」
「謝らなかったら家に入れないんでしょ? それともお金とか盗みたいからそんなことをするの?」
彼は数十秒の間、固まっていたが、その後にここまで持ってきてくれた。
お金もちゃんとある、恩を仇で返すようなことをして申し訳ないが……。
見つかっても面倒くさいからいい場所を探すことにした。
そうしたらあんまり遠くない橋の下に丁度スペースがあってそこを利用することに。
水がここまでくる心配はないし、寝返りを打っても川に落ちるなんてことにはならなくていいだろう。
問題があるとすれば公園と違って水を飲めないこと、水を浴びれないこと。
あとはお腹が空いているということか。
布団とか鞄、バッグを置いて買い物には行けないのも面倒くさい。
「……こんなところで寝るの?」
「うわぁ!? せっかく場所を変えたのに君が来たら意味ないじゃんか!」
「香織さんに謝ればいいからさっ」
「もういいよ、どうせすぐに友達をやめるとか家に入れないとか言い出すんだからさ」
ま、元々他人の家で長期間暮らすなんて不可能だったのだ。
そのきっかけをくれた彼には感謝しかないな。
それでなんとなく携帯をチェックしたときだった。
「げっ……」
「ど、どうしたの?」
母から『帰ってきなさい』というメッセージが。
つまりこれはもう、終わりと言っても過言ではない。
「睦君」
「な、なに?」
「これまでありがとう、1日だけだったけど泊めてくれて嬉しかったよ」
「えっ!?」
荷物を持って家へと歩き出す。
命令に逆らえばその後の人生を犠牲にするのと同じだ。
どうせ和のために家事をしろとかそういうことなんだろうけど。
「待ってっ、え、し、死んじゃったりしないよね?」
「ほとんど同じようなものかな」
「やだよっ」
僕だって嫌だよっ。
父はともかく、母には会いたくなかった。
でも、仕方がないんだ、言うことを聞くしかない。
「それじゃ、気をつけてね」
「努君……」
「大丈夫、多分明日も学校に行くから」
インターホンを鳴らしたらガチャリと地獄へ続く扉が開いた。
中に入って玄関のところから鬼を見つめる。
「努、来なさい」
「はい……」
恐らく和には内緒で来ているに違いない。
本当に嫌になるねこの人達には、家事とか頑張っていたのは僕なのに。
「どういうことなの?」
「黙秘します」
「答えなさい」
「どうせお母さんは和の味方しかしないから言っても無駄だよ、僕の言葉なんか絶対に信じないくせに」
母に背を向けるようにして座った。
弟贔屓なのは変わらない、そりゃ優秀なんだからそっちを優先したいと考えるのはなにもおかしくはないが。
意地でも話してやらないぞと決めて和が帰ってくるまで背を向け続けていた。
「ただいま――あ、いたのか」
「ん」
「って、母さんもいたのか」
なんか改めてリビングを見ると汚くなっている気がする。
掃除なんて微塵もしていないんだろうな、朝だって起きるのぎりぎりだしね。
「和久、説明しなさい」
「おう……」
どうせなにかを言ったところで届かないならと掃除をしておくことにした。
気になっているのはお風呂場と台所、あとは冷蔵庫の中身だろうか。
下手をしたら期限が切れてしまっている物、ぎりぎりの物もあるかもしれない。
「努、来なさい」
「いいだろ別にっ、いつもみたいに和を優先しておけばいいじゃないかっ」
誰かがやらなきゃすぐに汚くなるんだよ。
そんなに弟を優先したいなら家から仕事に通えばいい。
どっちも大好きなんだからできるだろ、家事とかはやらせておきながらこれなんて最悪だっ。
どうせ家に入れたのならもっと必要な物を持っていくことにする。
とはいえ、家の物は使えないだろうから僕の部屋から最低限の物を持っていくだけだ。
「どこに行くの?」
「ふたりに追い出されたんだから出ていくんだよ」
雨じゃない日は公園を利用し、雨の日は橋の下を利用しようと決めた。
お腹が空いているのもあっていらいらする、追い出しておきながら白々しい人間ばかりだ。
「努、待て――」
初めて弟を全力でぶん殴った。
手加減なんてしていない、和が怪我をしようとどうでも良かった。
香織ちゃんのもそうだ、僕にはなにも関係ないことなんだ。
「殴らなくてもいいだろうが……」
「うるさい」
どうせ睦君に家を知られているんだから気にしなくていい。
公園で寝ていることがばれようとなにも問題はない。
「悪かったよ……」
「思ってもいないのに言わなくていいから」
ふぅ、ベンチに転んだら少し落ち着けた。
殴るのは結構自分にもダメージがくるらしい。
「それ、どうやって買ったんだ?」
「貯めていたお小遣いから買ったんだよ、というかどっか行け」
昨日と違ってバッグを枕にすることができるのはいいかな。
寒いしお腹も空くけど、毛布があるだけで全く違う。
お小遣いを貯めておいて良かったって何度でもそう思う。
「努、和久」
消えてほしいと初めて真剣にそう願った。
ただ、母からすれば消えてほしいのは僕だろうから難しいが。
「雨ね」
「酷くなるぞこれは」
「帰りましょう」
意地でも帰ってやるかってあの橋の下に急いで移動した。
お金が濡れると困る、毛布が濡れるのも嫌だったから。
幸い、小雨程度だったからある程度毛布やバッグなどが水滴を弾いてくれた。
「今日は俺もここで寝るかな」
「なんでだよ」
「似合ってねえぞそれー」
絶対に毛布を貸さないからなっ、きしゃーっと内では興奮気味に。
「優の家に泊まらせてもらっているんじゃなかったのか?」
「香織ちゃんのときと同じだよ、香織ちゃんに謝らなければ家に入れさせないって言われたから荷物を持って出ていくよって言ったんだよ」
「6万渡したとか聞いたけど」
「それも回収してきたよ。あそこに泊まらないなら意味ないからね、それに家に帰る気なんかないし」
石壁に背を預けて足を伸ばす。
固いけど仕方がない、雨に濡れずに済むだけで凄く楽だ。
「なあ、悪かったよ」
「和久は早く家に帰りなよ、明日も朝練があるんだからさ」
「……やっぱり努がいないと駄目なんだ、なにをどうしたらいいのかがさっぱり分からねえ」
……いや、まだ駄目だ。
いま戻ったら情けなさすぎるし、結局また喧嘩になって家を飛び出る羽目になるだけだ。
「これまでずっと努に甘えてきてしまったからよ」
「お母さんがしてくれるよ、家から仕事に行ってって頼めばいい。僕なんかより頭がいいからよっぽど上手いし、なにより効率的だから」
きっかけを作ってくれたのは弟、それに賛成したのが母。
どっちも味方なんかじゃない、外で変なことをされたら困るから身近なところに置いておきたいだけだ。
「寝る、もう遅えしな」
「家に帰って寝なよ、和久は僕と違ってお母さんが味方をしてくれるんだからいいじゃん」
「静かにしてくれ、寝られないだろ」
むかつく。
まあいい、さっさと寝てしまおう。
明日はちゃんと購買でお昼ご飯を買おうと決めた。
「んー……」
午前6時半に起床。
仕方がないからいびきがうるさい和を起こす。
「ぐは!? も、もうちょっと優しく起こせよっ」
「もう6時半だよ、家に帰って朝練に行きなよ」
「腹減ったな……」
僕もお腹が減った、喉も乾いているようだ。
幸い、雨は止んでくれているみたいだから良かったけど。
でも、毛布とかはどうしようか。
「努、ちゃんと学校に来いよ?」
「うん、それは行くしかないからね」
頭が痛い、お腹が痛い。
食べなさすぎることから出ている症状だ。
仕方がないからバッグは家の敷地内に放置していくことにした。
「なにをやっているの」
「仕事はっ?」
「いまから行くわよ」
これならまだ和とふたりきりだけの生活の方がいい。
ある程度従っておけば追い出されるようなことにもならない。
「努」
「だからなに――」
……こういうのが嫌いだ。
どうせもいいくせに抱きしめてきたりしてきてさ。
「ごめんなさい、あなたにばかり負担をかけてしまって」
「は、離してよっ」
「これ」
もっと嫌いなのは弱い、そして酷く矛盾している自分のこと。
鍵を当たり前のように受け取ってしまったこと。
それでもプライドがあるからバッグにしまって学校へと歩き始めた。
大丈夫、雨が降っても屋根の下に置いてあるから問題はない。
こんなに早くに行っても意味はないが、だらだらしていると行く気が削がれるから仕方がなかった。
「お、おはよう」
「おはよ」
お風呂に入っていないから近づいてほしくない。
あとは単純に彼には来てほしくなかった。
「……昨日はお家で寝たの?」
「いや、結局橋の下で寝たよ、何気に和久もね」
「え……」
僕もえって言いたくなる。
本当に無意味なことをしているから。
あれで風邪引いたら馬鹿らしいし、家に帰れるのにそれをしなかったら和は馬鹿だ。
けど、殴れたから少しすっきりしていた、あれがあったからあくまで普通に接することができたのだ。
「昨日はごめんっ、だから戻ってきてっ」
「うーん」
睦君も気になるんだよなあ。
ひとりにしておくと家事とかも全くやらなさそうで。
ただ、あんなのでも和は僕の弟だからしっかり見ておいてあげなければならないという考えもある。
「よし、それなら家事ぐらいならするよ、泊まりはしないけど」
「泊まってよっ、ひとりは寂しいっ」
「あ、それなら和久を貰ってよっ」
「大切な弟を他人にあげようとするなーっ」
大切、……結局大切であることには変わらないか。
そんな弟を全力でぶん殴った兄がここにいるわけだが大丈夫か?
8時を越えて10分ぐらいが経過した頃、和がこちらにやって来た。
「ごめん」
「いや、俺も悪かったからな」
「これからは優君の家の家事もするから家のは後回しになるかもしれない」
「って、これ以上増やすつもりかよ」
仕方ないことだ、布団すらちゃんとかけないから心配になるのだ。
「泊まってくれるよねっ、ねっ!?」
「近いよ。家事はするけど泊まりません、だってお金を払わなければいけなくなるし」
「いらないからっ、そうだっ、今日の放課後にお買い物に行こうよ! 敷布団を買おうかなって考えててさっ」
「うん、買えばいいんじゃない? 布団がないのは問題だからね」
「君の分もだよっ」
いやだからこれ以上お金を使いたくないのだ。
買い物にぐらいなら付き合ってあげるつもりでいるけど。
その際はもちろん、彼のお金で食材を買ってご飯を作るつもりでいた。
放課後までうるさい彼をなんとか押さえつつゆっくりとして。
「努君っ、お買い物に行こうっ」
「お金は持っているの?」
「うんっ、5000円だけどっ」
食材を買う分には問題ないけどそれで敷布団は無理だ。
金銭感覚のなさは少し困りどころかもしれない。
「ふっふっふーっ」
「楽しそうだね」
「うんっ、だって努君とお出かけができているようなものだからっ」
そう言ってもらえるのはありがたいが……。
結局、調理するのは自分だから自分好みの食材を買っていく。
お会計を済ませたら彼の家へと向かって歩き出す。
「上がってっ」
「お邪魔します」
うん、鍵をかけるところは偉い。
当たり前だと言われそうだけど、彼の場合は平気で忘れたりしそうだからだ。
使わない食材を冷蔵庫に入れて、早速調理を始めていく。
そこまで急ぐ必要はない、どうせ和は部活動があるんだから20時までは余裕があるし。
それでもあまり長居すると屋内にいられる喜びというのを追い求めそうだから気をつけなければならないのだ。
「できたよ、お弁当も作っておいたから」
自然解凍系って本当に便利。
あとは最近寒くなってきているのがこういうときは本当に良かった。
何故なら傷んだりする可能性が夏とかよりも低いからだ。
「それじゃ、帰る――」
「だめだよ」
床に押し倒されてしまった。
それどころか手のひらを僕の胸とお腹の中間地点辺りに置いて体重をかけてくる。
んー、軽いっ、香織ちゃんの威力を見習った方がいい。
「とりあえずどいて?」
「はい……」
どう言い訳をするかを必死に探した結果、
「学校のときも言ったけど和久のために家事をしなければならないからね」
これしか出てこなかった。
和のことも大切にしている彼のことだ、きっと「それなら仕方がないねっ」で許してくれるはずだ。
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