05話.[そうなった際に]
結局、香織ちゃんが参加することは1度もなかった。
和と優君は約束通り一緒にやってくれたのもあって、それがより目立った形になる。
「努君っ、なんとか赤点にならないで済んだよっ」
「はは、良かったね」
気になるのは和とすらいないということか。
あれからは単身でこちらに来ることも増えていて、正直違和感しかない。
僕とは違って喧嘩してもふたりはすぐに仲直りをするだろうし……。
ちなみにテストは平均76点という微妙な感じで終わった。
「うーん、努君達は最近香織さんといないけどいいの?」
「それは仕方がないことだよ、向こうにその気がないんだからね」
先週から和も部活再開だからご飯の時間がまた遅くなっている。
20時を過ぎてからじゃないと食べられないのはそこそこ辛い。
だって出来たての料理が目の前にあるのに我慢しなければならないから。
あとは寝る時間がどうしても遅くなるというのも欠点だった。
寝る時間と言うより、寝るまでの時間が確保できなくて複雑かな。
「ちょっと気になるから行ってくるっ」
「うん、それじゃあね」
スーパーに寄らないといけないからもう帰らないと。
弟が帰ってくるまでの間、つまり16時半から19時までの間は自由にしていても問題にはならない。
だからって洗濯を先にしたりとか、入浴を先に済ませたりとかしても掃除はできないからあまり変わらないのだ。
夜ご飯作りも出来たてを食べてほしいから19時45分ぐらいから始めるし――あと1時間、帰宅時間が早ければいいのにと考えてしまう。
文句を言っても仕方がないからとりあえずは買い物を済ませて歩いていたときだった。
「あれ」
いつもであれば部活動に行っている時間。
それなのにうつむきながら歩いている香織ちゃんを発見した。
男の人とぶつかって怒られて――じゃなくてっ。
「す、すみませんっ、この子は僕の友達でしてっ」
「気をつけろって言っておけっ」
良かった、見た目で無理やり連れて行くような人じゃなくて。
「……努?」
「どうしたの? 今日は部活がある日でしょ?」
近くに丁度ベンチがあったから座らせる。
和が好きなパックジュースを複数買っていたのでひとつあげることにした。
「美味しい」
「良かった」
どうして和ともいなくなってしまったのか。
いまここで聞くとまず間違いなく駄目な方に繋がるから我慢しよう。
「ごめん、一緒にやらないで」
「問題はなかったの?」
「うん、赤点じゃなかった、平均は60点ぐらいだから微妙だけど」
いつも通りではない彼女に勝っても嬉しさはなかった。
僕が遠慮をしていれば和や優君とぐらいはいたのだろうか。
「……なにか言ってた?」
「いや、参加は強制じゃないからってだけ」
「はは、和くんらしいね」
最初に気にするのも和か。
わかっていたつもりだけど、こうして聞くと嫌になってくる。
自分には関係ないって逃げたくなる。
でも、このまま放っておけるわけがないって考える自分もいて、だけど、相変わらず馬鹿だなって思った。
「努は帰って食材とかを冷蔵庫に入れないと」
「香織ちゃんはどうするの?」
「私はもうちょっと時間をつぶしてから帰るよ」
ここで残るとか言っても前みたいにいたくないとか言われるだけだ。
一応、和にはこのことを連絡してからこの場を離れることにした。
1番物理的に近い距離にいるのになにもできないって複雑だな。
これならまだなんにも知らないで裏でなにかが起こっているだけの状況の方がましだった。
「馬鹿野郎っ」
帰ってきた弟に全てを聞いた。
骨折したということを聞いた。
走っていたバイクとぶつかったようだ、目撃者の人が言うにはバイクの人の方が問題だったらしい。
「なんで無理やりでも連れ帰んなかったんだよっ」
「待ってよ、途中で出会ってもいないのに止められるわけが――」
「香織から全部聞いたんだよっ」
とにかく、程度と言うとあれだけど骨が折れるぐらいで済んで良かったと思う。
それでもあのとき僕にできたのは帰ることだけだった。
「僕じゃ無理だよ、和じゃないんだから」
「はぁ……、もう努を責めてもどうにもならないことだからやめておくわ」
「というか、なんで知っているの?」
「俺の携帯に香織から電話がかかってきててな」
腕とかは動くからおかしくないか。
電話できるぐらい元気なら問題もないだろう。
「ご飯出来てるよ」
「いらねえ、つか弁当とかももういらねえわ」
「そうしたらお腹空くんじゃ?」
「……お前が作ったやつを食べたくねえんだ」
「そっか」
テストも終わったことだからのんびりとしようか。
食事をどう済ますのかはわからないが、まあ勝手にやるだろう。
自分のことだけに専念することができるのをずっと願っていたのだから問題もない。
「じゃ、洗濯物とかも自分で洗ってね」
中途半端は気持ちが悪いだろうからこうするのが普通だ。
今回のこれは理不尽、納得のいかないことでしかないから。
本人がああ言っているのに止められるわけがないだろうがって文句も言いたくなる。
「なら母さん達に言ってお前には洗濯機とか使わせないようにするわ、食材だって使わせねえ」
可愛げがねえ。
そんなの予測して行動できるわけがないのに。
「じゃあ自分がいてあげれば良かったじゃん」
「部活があるんだからできるわけないだろ」
「いや、明らかにおかしかったんだから気にかけておくことぐらいできたよね? でも、結局なにもしなかったくせにいざそうなったらこっちを責めるんだ」
いままでで1番理不尽な目に遭っている気がする。
やっぱりあれか、甘やかしてきたから駄目だったのか。
両親がだだ甘だからな、こんな感じになってもおかしくはないな。
律儀に従っていたことが馬鹿らしい。
通帳とかも全て渡して客間にこもった。
「なるべく汗をかかないようにすればいいか」
手洗いでもなんとかなる量に調節して、ご飯はお小遣いを使って買うことにする。
絶対にそこも没収になる可能性があるから8万円の内7万円は弟に渡しておけばいいだろう。
1万円あればなんとかなる、夜ご飯だけ外でなにかを買って食べれば死ぬことはない。
「出ていけ」
が、もっと酷い状況になってしまったようだった。
お金を渡す時間もなかったから幸い、8万円は所持しているままだけど。
現在は19時を少し過ぎた頃だ。
10月だから毛布でも買って公園で寝ようと決めた。
そんなにしなかった、その割には暖かい物が買えた。
寂れた公園のベンチに座っている間も、それを肩からかけているだけで暖かった。
「こっちには連絡なしか」
この携帯もいつまで使えるのかは分からない。
和がその気になれば両親――特に母がその気になるのと一緒、解約だって違約金が発生しようと気にしないで実行されることだろう。
そもそもの話充電の問題もある、いまは86パーセントだという感じだった。
「暖かい」
転んで足にもかけたらもっと良くなった。
学校の方は和か両親か知らないが話してくれるはずだ。
下手に探される方が問題になるからね、風邪だとかそうやって言い訳をするはず。
「努君?」
「優君か」
本当にこういうときだけはよく会う。
見られたくなかったなんて言うつもりはないが、本当にこの子はなんなのだろうか。
結局、名字も名前も学年もクラスも知らない男の子――かどうかもわかりづらい子。
「なにをやっているの?」
「家を追い出されちゃってね、ここぐらいしか寝られる場所がないんだよ」
「追い出されちゃったの!? あっ、それなら僕の家に来るっ?」
「いや、これが凄く暖かくて快適でね、心配してくれてありがとう」
ナイス過去の僕。
お小遣いを貯めておいて良かったっていまなら心から言える。
本当は貯めようとしていなかったのに欲しい物がなくて勝手に貯まっていったという感じだったけど。
「学校はどうするの?」
「鍵とかを持ってこられてないから休むしかないかなあ」
「ご飯は?」
「お小遣いがあるから1日1食に絞って食べるよ」
というか、こんな時間になにをしているんだろうか。
ふわふわふらふらしていて不安になる、引き止めておいた方がいいか?
「それより早く帰りなよ、明日も学校なんだから」
明日行ったら土日がくる。
秋でも普通に冷えるから汗をかかなくていいのはいまの僕には嬉しい。
「努君が僕の家に行くって言うまで帰らないっ、むふーっ」
「もうお金もあんまりないんだよ、だから返せないからさ」
「香織さんの役には全然立てなかったから今度こそは誰かのために役に立てるようになりたいんだよっ」
そういえばこの子は骨折してしまったことを知っているのだろうか。
そうしたら明らかに悲しそうな顔になりそうだから知らない方がいいかもしれない。
「ほら行こっ」
「いや――」
って、どこからこんな力が!?
携帯とか現金、毛布を落とさないように気をつけるだけで精一杯だった。
「入ってっ」
「お、お邪魔します」
うーん、誰かと暮らしているという感じがまるでしない。
突っ立っていたら「ひとり暮らしなんだっ」と答えてくれた。
贅沢だ、なんらかの事情があるのかもしれないが。
「和久君と仲直りできるまでずっとここにいていいよっ」
「あ、じゃあお金を払うよ、6万円ぐらいでいいかな?」
恐らくこの問題は長期化する。
そうなった際になにもしないままだと気になるからこれでいいと思う。
「も、貰えないよっ」
「え、泊めてもらうんだからそれぐらいはね」
「あ、そ、そうだっ、家事をやっていたんだよねっ? 家事をやってくれればそれでいいよっ」
「じゃ、それと6万円ってことで、いつ帰れるかわからないからさ」
屋内で寝られるというだけで幸せだ。
服を何着か買ってくる必要がある。
そういう意味でも1.5万円ぐらいはお金が手元にあってほしかった。
いやいやと納得しようとしない彼に押し付けるように渡して転ばせてもらった。
「学校に行かないとだめだから僕が取ってきてあげるっ、着替えもねっ」
「うーん、和が許可するかなあ」
「するよっ、いまから行ってくるからっ」
「待って待って待ってっ、ひとりで行かせるのは不安だから近くまで僕も行くよっ」
「大丈夫っ、努君は休憩しててっ――あっ、ご飯を作ってくれると……ありがたいかなー?」
ああ、この前の香織ちゃんみたいな気持ちになった。
使っていいのかという不安、冷蔵庫に触れることすら気になってしまう。
でも、6万円は払ったんだから気にするなと自分に言い聞かせて調理を始めた。
「ふぅ、できた」
かなり緊張したけど無事にご飯は完成。
ただ、優君が帰ってこなくて心配になったところで「ただいまー」と帰ってきてくれた。
「ふぅ、重かったぁ……」
「ありがとう」
「どういたしましてっ、わぁ! いい匂いがするっ」
彼に食べてもらっている間、荷物のチェックをさせてもらった。
おぉ、着替えもちゃんとある。
歯ブラシ、歯磨き粉、コップ、こういうのもあるのがいい。
あとは制服と鞄と靴、うん、これなら学校へは問題なく行けそうだ。
「温かいご飯なんて久しぶりに食べたっ」
「そうなの? それならこれから家に帰れるまで毎日作るよ」
「ありがとっ」
見た感じ、お風呂場に続く以外の扉はない。
こう言うのは微妙だが、一軒家に住んでいた自分としては狭いな。
床で寝ているのかな? それしかないか。
「あ、お風呂に入りたいよね? こっちに来て」
お風呂場も足を伸ばせるほどの余裕はなかった。
でも、幸せだ、少なくともここにいる間は誰にも怒られない。
「な、長いよ~」
……のせいでゆっくりしすぎてしまったようだ。
歯も磨かせてもらってリビングというかメインの場所に戻る。
「ごめん、敷布団とかないんだよ」
「大丈夫、床を貸してくれれば買ったこれがあるから」
「そっかっ、それじゃあお風呂に入ってくるね」
初めて出会ったときよりかは仲良くできているだろうか。
そんな子の家にお世話になっているのがかなり不思議だった。
眠い……、悪いけど先に寝させてもらおう。
学校までも自宅からよりは距離があるから早くに起きないといけないから。
「……起きなきゃ」
近くに置いておいた携帯を確認すると午前4時45分だった。
これぐらいから起きて色々なことを探っていかなければならない。
「ん……」
「え」
布団を横にどかしたら優君がそこに……。
これ1枚しかここにはないから最初からこうして寝たことになる。
「あ……おはよ」
「お、おはよう、布団ってなかったの?」
「努君のやつが暖かそうだったから入らせてもらったんだっ」
「そ、そう」
ま、家で寝られたんだから文句は言うまい。
とりあえず7時ぐらいまで彼には寝ていてもらうことにした。
なんか小さいからいまから起きていると授業中とかに寝てしまいそうだし。
「早く起きすぎたか」
色々やってもまだ6時だった。
一軒家じゃないから何時に洗濯機を使えばいいのかわからない。
こうなると土曜日のお昼とかにまとめて洗うことになるのかな。
少量でも自宅ではすぐに洗っていたからなかなかに慣れないけど。
そうしていた理由はあれだ、和のシャツは毎日洗わないと汗だくですぐ臭うからね。
「はは、可愛い寝顔」
座ってなんとなく見ていたのだが、なんか犯罪臭くなってきてすぐにやめた。
結局、6時45分に彼を起こして朝ご飯を食べてもらうことに。
「んー……」
「口に合わなかった?」
「ううん……」
ああ、これはどう見ても眠たいんだ、変に早く起きたせいで。
「危ないっ」
「あっ!?」
え、転びそうになってからそんな大声を出すのか。
「……は、離して」
「う、うん」
なんかいけないことをしてしまったみたいじゃないか!
まあ腕だけは後ろから抱きしめるみたいな感じになってしまったから問題かもしれないけど。
「わ、わかった?」
「え?」
「ううんっ、なんでもないっ」
あ、そういえば初めて出会ったときから髪が少し伸びている気がする。
余計に幼く見えるというか、男の子には見えなくなってくるというか。
「が、学校に行こうっ」
「まだ早いよ、8時半が開始なんだし」
「あっ、歯を磨いてくるっ」
「うん」
こっちはもう磨いたしそもそも朝ご飯を食べていないからこれ以上はいらない。
なんか申し訳ないからお昼ご飯は購買で買って食べようと思う。
「うぅ……」
「ごめん、さっきの気持ち悪かったよね」
「そ、そんなことないよ、ただ……」
ただ、なんだ?
明らかに先程からおかしい、これはいきなり不味ったかもしれない。
「あれ、そういえばいつもお昼ご飯はどうしているの?」
「購買に行って買うときもあるけど、ほとんど食べないかな」
「え、食べなきゃ駄目だよ」
「じゃあ……、お弁当を作ってほしい」
「うん、いいよ」
少しずつ他人の家の冷蔵庫に触れたり、調理器具を使ったりするのも慣れてきた。
和ならお肉が好きだけど、優君はなにが好きなんだろうか。
とりあえず茶色系で責めておけば問題もないだろうか。
というかそもそも、食材がほっっとんどないのが困る。
今日、あの6万円を全てではないにしても使用して買い物に行こうか。
あ、お弁当の方は幸い卵とウインナーがあったので白米と卵焼きとウインナーという内容となった。
「すごいね、なんでもできて」
「なんでもはできないよ、寧ろ優君の方が泊めようとしてくれてすごいよ」
「……だってもう寒いし、知っておきながら見て見ぬ振りはできないよ」
「ありがとう、優君がいてくれて良かった」
知っておきながら見て見ぬ振りはできない、か。
僕はそれをして和に追い出されたことになるが、ま、そこについては知らないからあくまで普通でいてくれているんだと思う。
だから知ったときはどうなるのかわからない、追い出したりするところは想像できないけど。
「名前、教える」
「いいの?」
まずは名字でもいいと思うと言ったが、彼は首を振るだけだった。
「……
「お、女の子みたいな名前だね」
漢字も教えてもらって余計にそう思ったがそれ以上余計なことは言わず。
「男だからっ、不安なら見るっ!?」
「い、いい、あくまでそう感じただけだからっ」
別に異常があるわけでもないんだから気にしなくていい。
睦君とこれから呼べばいいのか。
……睦ちゃんの方が似合いそうだなというのが正直な感想だった。
「あ、いつも何時に洗濯機を回していたの?」
「ある程度まとめてお休みの日の10時ぐらいにかな、濡れちゃったタオルとかは手洗いをして干してるよ」
「そっか、あ、今日の放課後は買い物に行ってくるから先に帰っててね」
これはお小遣いを貯めておいて本当に良かったと思える点だ。
彼のお金を受け取って買い物に行くとけちけちしなければならなくなるからこの方が自由で本当にいい。
「僕も行くよ、努君にしてもらうばかりなのは申し訳ないから」
「いいよ、お金は昨日のあれから使うしさ」
「じゃ、じゃあ、鍵を持ってて。ふたつあるからっ、ほらっ」
「ありがとう、うん、預からせてもらうね」
よし、これで問題は和や香織ちゃんだけになるのか。
なにも起こりませんようにと願いつつ、睦君と一緒に学校へ向かったのだった。
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