33作品目

04話.[歩いていたから]

「うーん……」

「わからないところがあったの？」

　早速とばかりにテスト勉強を始めた僕達。

「……怒らない？」

「怒らないよ、わからないところがあったら言ってくれればいいから」

「全部っ」

　全部ときたかぁ。

　でも、僕にわかる範囲で教えると言ったのは自分だ。

「いいよ、ひとつずつやっていこう」

「ありがとう……」

　この時間は彼に教えることだけに専念することにした。

　その方がよっぽど落ち着ける、昨日のことを考えなくて済む。

「あれ、もうテスト勉強をしているの？」

「あ、高橋さん」

「こんにちは」

「こんにちはっ」

　……まあ、いちいち抱きしめられたことなんて言わないか。

　今朝、あくまで普通に接してきたときは驚いた。

　聞かなければなにもわからないまま彼女と普通に接したことだろう。

　実は裏でそういうことをしていたと気づかず、仲良くなろうとしていたかもしれない。

　聞いた自分が馬鹿だと考えたが、聞いておいて良かったって考えている自分もいる。

「ちょっとトイレに行ってくるよ」

　いま一緒にいるとまた面倒くさい言い争いになる。

　仲直りしたくもないくせに友達でいたいとか言い始める。

　全ては和に嫌われたくなかっただけなのに、これまでの僕は勘違いしてしまっていた。

　恥ずかしい、情けない、なにをやっていたのかという疑問。

「あ、努、香織を知らないか？」

「僕らの教室で優君と話してるよ」

「そうか、さんきゅ」

　もう放課後なのにこんなにゆっくりしていていいのだろうか。

　どちらも強い部活というわけではないが、みんな真面目にやっているのに。

「駄目だぁ……」

　忘れてしまえあんなこと。

　和のために来たと考えた方が自然だ。

　僕は弟と違ってなにも優れたところがないんだから当たり前だ。

　それより優君に教えなければならないからと戻った。

「努君ごめんっ」

「え、なにが？」

　ふたりはもういなかった、さすがにあれ以上はゆっくりできなかったのだろう。

「明後日からテスト週間だし、そのときになったら香織さんや和久君と一緒にやるから」

「あ、そうなんだ。うん、その方がいいよ」

「ごめんね？」

「いいって」

　珍しい、和が一緒にやろうとするなんて。

　家では凄く頑張るタイプだから余計に。

　ぐぅ、……こうなった以上、誘うのは無理か。

　あれか、彼を利用しようとしてしまったのが問題だったのかもしれない。

　彼が帰った後も少しだけ教室に残っていた。

　ある程度のところではっとなり慌てて下校。

「ただいま」

「遅いぞ、帰宅組なのになにやってるんだ」

「ごめんっ、いまからご飯を作るから――って、誰か来ているの？」

「おう、香織がな」

　夜にあんまり来るなって言ったくせに誘うのか。

　まあいいや、ご飯を作ってさっさとお風呂に入ろう。

「できたから食べてて」

「努は？」

「お風呂に入ってくる」

「あいよ、あ、香織の分ってあるのか？」

「うん、机の上に置いてあるよ」

　本当は自分の分だけど。

　着替えを取りに行って出たタイミングで丁度、彼女も出てきた。

「あ、おかえり」

「うん」

　なんか和のお嫁さんがいるみたいだな。

　だったらご飯とかも作ってほしいものだ。

　僕が作る物よりも和だって満足するだろう。

「はぁ」

　いや、確かに自分からあのふたりに教わるのがいいって言ったよ。

　けどさ、僕とやると言ってくれたのは優君だったのに……。

「努、長時間入りすぎだ」

「快適すぎてやばくてさ」

　もう２２時か、浴室は自分の世界に旅立てるから早く出るなんて無理だ。

　あとは単純に顔を合わせたくなかったのもあった。

「俺らは部屋に行ってるからな」

「待って、帰ってないの？」

「なんか親と喧嘩したみたいでさ、泊まるんだって」

　……自衛のために客間で寝よう。

　さすがに１階には話し声も聞こえてこないから。

　栓を抜いて掃除をしていく。

　洗濯機も回して、急ぐ必要もないから干すのはまた明日。

　食器を洗って、客間にこもる。

「ここで寝るの？」

「うん、家事のことを考えたこっちの方がいいかなって、階段を下りたり上ったりするのは意外と面倒くさいんだよ」

　またこう、出たタイミングで来るんだよなあと。

「そういえばさ、努の分がなかったんだけど……どうしたの？」

「帰宅時間が遅かったでしょ？　食べてきたんだよ、久しぶりで美味しかったなあ」

　できることならなにもかも放棄してそうしたい。

　家事をできるって言っていたし、彼女がしてくれればいいのではないだろうか。

「明日さ、和のお弁当を作ってあげてくれないかな」

「えっ、私がっ？」

「ほら、女の子に作ってもらえる方が嬉しいと思うから」

　あとは起こすのも任せておく。

　彼女が弟と仲いいのは昔からそうなんだから気にしなくていい。

「それじゃおやすみ」

「ちょちょ、なんで急に？」

「なんでって、そんなの香織ちゃんが和と仲がいいからだよ。お互いにかから始まる名前だし相性もいいしね」

　なんでってやめたくなったからに決まっているじゃないか。

　はぁ、両親が帰ってきてくれれば部屋に引きこもることができるのに。

　母さんは能力が高いからきっと和だって満足するだろうしね。

「ね、また避けてない？」

「避けてなんかないよ、こうして話している時点でわかるでしょ」

「いやだってさっきだって――」

「香織、なにをやっているんだよ――って、努はここで寝るのか？」

　君らの声がうるさいから仕方がない。

　僕にとって毒にしかならないからこうさせてもらっているのだ。

「うん。明日からは香織ちゃんに色々やってもらってよ、お弁当作りとかそういうのも全部さ」

「面倒くさくなったのか？　頼りっぱなしだったからなあ」

「違うよ、和だって香織ちゃんがしてくれた方が嬉しいでしょ？」

「俺は努が作ってくれた飯とか嬉しかったけどな、普通に美味いし」

「全部元の食材がいいだけだよ、どうせこの感じだと毎日泊まったりしそうだからやってもらったらいいよ」

　あくまでふたりが去るのを待ってから引き戸を閉じた。

　電気を消して寝転がり、布団の中に顔も入れる。

　はぁ、情けない、それだけが全てだった。

「つ、努、どれを使っていいの？」

「全部自由に使ってくれればいいよ」

　彼女はそう言っても動こうとはしなかった。

　あと、和のことを起こしていないのか全く下りてこない。

　でも、わざわざ言ったりはしなかった、意地悪がしたいとかではない。

　結果、

「やべえっ、寝坊したっ」

　７時４０分頃、弟が慌てて下りてきた。

　ちなみに僕は８時半までに登校すれば問題はない。

　朝練があるふたりは７時には学校に着いていなければならないわけだが。

「あれ、香織はっ？」

「結局、なにも作らないまま朝練に行ったよ」

「……今日は諦めるか」

「言っておくけど、朝ご飯もお弁当もないよ」

　自分はもう先程食べたし、お弁当も作ったけど。

　昨日の夜は食べられなかったのだから仕方がない。

「は？」

「だって僕は香織ちゃんに全部任せたからね、和を起こすのも彼女の役目だから起こしに行かなかったんだよ」

「……いきなりは無理だろ、香織は家事とか全くやったことないんだぜ？」

「それじゃあこれから覚えていけばいいね、幸い、ネットを見ればすぐにわかるんだし」

「待ってくれよ、なんで急になんだ？」

　すっかり冷めてしまったお茶を飲んでから弟を見る。

　あまりにもじっと見すぎて「な、なんだよ？」と弟らしくないところを見せてくれた。

「和が香織ちゃんを連れて来なければいままで通り作ってあげるよ」

「言っておくけどな、あれは香織が来たいって言ってきているんだぞ？」

「そうなんだ。でも、和はそれを受け入れているということだよね？」

「まあ……そういうことになるな」

　弟もまた男の子ってことなのだろう。

　そりゃ、可愛い女の子が泊まりたいとか言ってきたらいいよってなるよな。

　そこを責めるのは男を全否定することになる。

　つまり自分を否定することになるからできない。

　昔の僕はそれこそそうやって行動していたから、ブーメランになってしまうから。

「じゃ、泊まらせてもいいからこっちに来ないようにしてくれないかな」

「また喧嘩したのか？」

「してないよ」

　ただ利用されていたというだけだ。

　それなのに好きになって馬鹿みたいだな、実際に馬鹿だけど。

「……教えてやれば良かっただろ？　いつもの努なら教えるだろ」

「人に教えられるほどできないからね」

「努……」

「というわけで、あの子が来なかったらまた作ってあげるよ」

　明日からテスト週間の始まりか。

　優君とふたりは一緒にやるみたいだからさっさと帰って家でやろう。

　ご飯の時間が２時間から３時間ぐらい早くなるが、その方が早くから部屋に引き込もれるからいいかもしれない。

「腹減った……」

「……白米ならあるよ」

　そういう呟き攻撃はこちらに突き刺さる。

　それにいましている行為は両親からすればアウトなものだから。

「あー、努が作ってくれた味噌汁が飲みたいなー」

「って、いまから行って朝練に参加する気はないんだね」

「ないな」

　くそぉ、香織ちゃんも朝ご飯もどっちも確保なんて贅沢な弟め。

　……いまはあの子もいないから仕方がなく作ることにした。

「ありがとなっ」

「……今日だけだから」

「いや作ってくれよ、香織じゃ無理だから」

　確かにあれはどれを使っていいのかわからなくて結局動けなかった、というだけではなさそうだった。

　しなければならないことが一気に増えてキャパオーバーになってしまったのだろう。

　教えなかったのは……意地悪したことに該当してしまうのかな、申し訳ないことをした。

　全く捨てられてない、なにを根拠に僕のことを兄にしたのかがわからなくなる。

「それに仲直りさせるつもりだからな、今日からは来ねえよ」

「いや、寧ろあの子が泊まってくれた方が嬉しいよ、自分の分だけ作ればいいんだし」

「だから無理だって。それとも……俺のことが嫌いになったのか？」

　家でいちゃいちゃする和は嫌いだ。

　でも、家ではなにもしてくれなくても別にいい。

　僕と違って部活をやっているし、友達だって多いからそれで疲れることもあるだろうし。

　のんびりできているということは、つまり家が落ち着く場所となっているということだから。

　少しでもそれに貢献できているのなら全く構わなかった。

「違う、和は香織ちゃんのことが気になっているんでしょ？」

「は？　気になってねえけど」

「和はそうかもね。でも、香織ちゃんはまず間違いなく和のことを気にしているから」

　もし気がないのに泊まりに来ていたら怖い、軽い女の子ということになってしまう。

　……普通は異性の家に気軽に泊まったりしないと思うけど。

　小学生時代ならともかく高校生だよ？　誰かに見られていたら入り浸っているとか言われかねないというのに。

「そんなことはない、あとこの前嘘をついたんだよな俺」

「嘘？」

「泣いた、抱きしめた、喧嘩した、全部嘘なんだ」

　本人に聞いてみないと判断できないことだ。

　それこそそれも嘘でした、なんて展開になりかねない。

「そうだ、明日からテスト勉強を一緒にやろうぜ」

「珍しいね、普段和は人前ではやらないのに」　

「勉強をすることは恥ずかしくないって分かったんだよ」

　やだな、どうせ優君も含めて３人でやるだろうから。

　多数になると必ず相手をされなくなる。

　だから空気を読んで抜けようとすれば相手が来てしまうという微妙な感じになって。

「学校に行こう」

「そうだな、制服に着替えてくる」

「うん、洗い物をしてるから」

　香織ちゃん以外の人となら１対１の方がいい。

　あの子とはいまふたりきりになりたくはない。

　でも、そうしないと本当かどうかを確かめる術もないと。

「待たせたな」

「ううん、行こう」

　学校に着いたらもう８時１５分だった。

　いつもなら７時５０分には着いているから珍しい感じだ。

「あっ」

　香織ちゃんと遭遇。

　かなり申し訳無さそうな顔をしているのはあれだ、和に作れなかったからだろう。

　お弁当は結局作っていないから今日はお昼抜きなるわけだからね。

「ご、ごめん、お弁当……作れなかった」

「気にするなよ」

　彼女が教室に入って和もそれを追おうとした。

「んっ」

「は？」

「お弁当っ、……部活があるんだから食べないと駄目でしょ」

　こんなことになるなら作った方がましだった。

　本当に馬鹿だなあ、お昼ご飯抜きは結局自分だということになるのだから。

「いや、そうしたら努のがないだろ？」

「いいからっ、残したら家に入れないから、それじゃっ」

　はぁ、困った弟だ。

　あと、教室はどこか寂しい場所だ。

　友達がいないというのも影響している。

　優君も今日は来ないし、お昼ご飯はなしだし、なかなかに虚しい１日を過ごすことになりそうだった。

　お昼休みになったらみんなが食べているところを見るのは毒なので外に出ることにした。

「冷えるな」

　上着を着ていてもあまり効果もないことがわかる。

　分厚いようでそうではない、そのくせ、動きづらくなるという面倒くささ。

　あ、そういえば香織ちゃんもお昼ご飯抜きか。

　というかっ、お金を持っているんだから和には購買に行かせておけば良かったものをっ。

　ぐっ、馬鹿だな僕は。

「努ー」

　なんでこの場所はこんなに簡単に知られてしまうのだろうか。

　前も言ったが、表で目立つというわけでもないのに。

「どうしたの？」

「お金がなくてさ、みんなが食べているところを見ると羨ましくなっちゃうから」

「実は僕も同じなんだよね」

　これから悪い風に考えるのはやめよう。

　全部その通りになる、いい方向に考えたときはなんにもかすりすらしないのに。

　人生って難しいな、もっと苦労している人はいるから甘いだけなのかもしれないけど。

「え、努は作っていたよね？」

「あー、和にあげちゃったんだよ、部活をやるんだしお昼抜きは厳しいだろうからって」

　どうせなら聞いてしまおう。

　実はしていたと言われる方が自然だからそれを今度は願っている。

　今度こそ余計に気にしたりすることなく普通に接すると誓おう。

　喧嘩みたいになるのは面倒くさいから仕方がない。

「抱きしめられてないよ？　あっ、嘘をついているわけじゃないからねっ？　さすがにそういうことはさせないよ」

「なら泊まるのはやめた方がいいよ」

「うん、その点については和や努に甘えてしまったなって、だから反省しているよ」

　完全に弟のところにしか行かないのであればそれでも良かったんだ。

　ただ、中途半端にこっちにも来るのが我慢ならなかった。

　興味もないくせにって、和に嫌われたくないからしているくせにって、マイナス思考をしてしまう自分がいたから。

「明日さ、僕も一緒にやってもいいかな？」

「あ、テスト勉強？　いいよ、寧ろ私から誘うつもりだったんだけど」

「教えてもらおうと思ってね」

「でも、努はできるよね？」

「ふたりほどはできないからね」

　平均、７０点だからそんなに低いわけではないが、だからって頑張らなくていいわけではないから。

　学力ですら負けている自分にとっては恥ずかしさなんかなかった。

　一緒に集まるのなら教えてもらわないと損だ。

「……避けられているのかと思ったから安心したよ」

「実際、避けてたね、和とばっかり仲良くするからいる必要がないって考えて」

「あっ、やっぱりそうだったよねっ？　もう、私はちゃんと努のところにも行ってるでしょっ」

　……来てくれるだけじゃなくて対和のときみたいに仲良くしてほしいのだ。

「それだけじゃ足りないんだ」

「どうすればいいの？」

「僕はもっと香織ちゃんと仲良くしたいから」

　なにもしないまま無理やり諦めようとするから捨てられないのではないだろうか。

　それならば積極的に行動をしてからならいい気がする。

　もちろん、上手くいかなかったらダメージはより大きくなることだろう。

　それでも、真剣に戦い合ったうえで相手を選ばれたらまだ納得できると思うのだ。

　これすらも願望かもしれないけどね。

「私と努は十分仲がいいと思うけど」

「違う、僕と香織ちゃんは和がいるからなんとかなっているようなものなんだよ」

　自分で言っておきながらうっとなっているのが馬鹿な僕。

　いやでも付き合えなくてもいいからたまには積極的に行動したい。

　誰かと付き合い始めても、そういえばこんな奴いたなぐらいには考えてもらえるような存在になりたい。

「テストが終わったらどこかに行こうよ、香織ちゃんは甘い物が好きだからなにか食べに行ってもいいし」

「あ、お小遣いがなくて……」

「無理なら無理でいいし、行ってくれるなら僕が出すよ、全く使っていないからね」

　何気に和は１万円も貰えているから羨ましい、こっちも５０００円も貰えているから十分ありがたいけど。

「え、ふたりきりで？」

「それが嫌なら和がいてもいい、優君を連れて行ってもいい、遊びに行くこと自体が嫌なら断ってくれればいい」

　本人がそれを望まないならこちらが折れるしかない。

「ごめん、ふたりきりでは無理かな」

「だから和とか優君とかがいればいいでしょ？」

「ごめん、努と行きたくない」

　泣いてもいいかな。

　とりあえず、そうなんだと言って終わらせておいた。

　彼女はそれからはなにも言わずに戻っていった。

　頑張ろうとするのはこれで終わりだ、早かったなあ。

　せめてテストが終わってからでもいいのでは？

　一緒にやろうなんて言ってしまったのが失敗だった。

　それでも逃げたらださいから静かにやっておけばいいか。

　わからないところがあったら和に聞けばいい。

「どこに行ってたんだよ」

「ちょっとお散歩にね」

　なんだかんだで和が来てくれることに感謝しておけばいいのかな。

　贅沢すぎたのかもしれない、謙虚にいろと言われているのかも。

「香織を知らないか？　どこにもいないんだよ」

「わからないな、外を歩いていたから」

「そうか」

　どこに行ったのかいまはどうでも良かった。

　こういうところがモテない理由だとはわかっているが、完全に振られた後に心配なんてできないに決まっているじゃないか。

　それにお昼ご飯を食べられなくてお腹も空いているし、いま一緒にいると八つ当たりをしてしまいそうだった。