02話.[そんなことない]

「昨日はごめん」


 彼女達の方に移動して謝った。

 朝練があるから朝に会える可能性はほとんどない。

 昨日のはたまたまふたりとも休みだったというだけだ。


「やだ」

「ごめん、和に用があったと思ったから他のことを優先させてもらったんだよ」

「許さない、私が行った途端に他のをことをやらなくてもいいよね?」

「いや、やらないと遅くなっちゃうからさ」


 両親はいないし、和もやる気はないからどうしても僕がやるしかないのだ。

 できることなら22時には寝たい、そのためには早め早めで動いておく必要が出てくる。


「それに今日は和と外で食べてくるんでしょ? 別にいいよね」

「え? なんで急にその話になるの? まだこっちが解決していないのに」

「え、謝ったんだから……許してくれないの?」

「はぁ……」


 なにがいいのかなんてわからない。

 それでも不機嫌にさせないようにって休み時間を使ってこっちに来たのに。

 許してくれなさそうなので撤退することにした。

 上手くいかないなあ、家事を僕がやらなければならないことぐらい彼女もわかっているはずなのに。


「おはよー」

「えっ、う、うん、おはよ」


 昨日の子だ。

 同じクラスかどうかはわかっていない。

 普通に黒色の髪に男の子っぽい髪型だから目立たなくて余計にというか。

 ちなみに香織ちゃんは黒髪でショートヘアだ、部活の決まりで長く伸ばせないらしい。

 僕は適当に切って伸びては切ってだから無頓着なのがモテない理由かもしれないと気づいた。


「君は同じクラスなの?」

「ううん」

「あ、そうなんだ」


 そんな子がここでなにをしているのだろうか。

 和達みたいに友達がここにいるということなら自由にしてくれればいいが。

 というか、クラスメイトの顔もきちんと把握してないとか僕もあれだ。


「君は和――あ、和久か高橋さんと友達なの?」

「友達とは言えないかな、ただ、興味はあるかも」

「へえ、それなら行ってきたらどうかな、ここにいるよりは有意義な時間が過ごせるよ」

「努君は行かないの?」

「いま行ってきたんだよ」


 残念ながら楽しくはできなかったけど。

 そんなに悪いことをしたつもりはないんだけどな。

 いつもだって和と彼女だけで盛り上がって入れないことだってあるのに。

 昨日だってリビングには和がいたんだから話していれば良かったと思う。

 それにしてもこの子はあれだな、かなり童顔だ。

 男の子なんだけど男って感じはしないというか、声も高いし。

 全体的にふわふわとしている感じかな。

 ……僕がこの子みたいだったら少しは来てくれていたかもなあ。


「なにかついてる?」

「あ、じっと見てごめん、向こうに行ってきたらいいよ」

「うーん、もう授業も始まるから今度にするよ、また後でね」

「え? あ……」


 よく分からない子だ、でも、それは香織ちゃんも同じこと。

 ただどうするよ、香織ちゃんは頑固なところがあるから多分すぐに直ったりはしない。

 これを機に諦める? どうせ和や他の子に取られて終わるだろうからそれが1番かな。

 先生が入ってきて授業が始まる。

 SHR後の休み時間に行けば良かったのか? なんで2時間目の休み時間にしたのか謎だ。

 いけない、考え事なんか後でゆっくりしよう、いまは授業に集中だ。

 それからは集中して受けてお昼休みになった。

 自作のお弁当を持って外に向かう。


「うわ、だいぶ冷えるようになってきたなあ」


 ついこの前までは少し暑いぐらいだったのに、面白いな。

 10月に入った途端にこれだから、11月や12月になったらどうなるんだろう。


「いただきます」


 前日にある程度の準備を済ますのならおかずを少し残して入れるのもいいか。

 結構作らないとふたり分は確保できないから、僕のを減らして和に食べてもらおうかな。

 一応、それなりにお金を振り込んではくれているけど、あまり使わないようにしてある。

 ただ、運動していてもっと食べたい和のことを考えればもう少し食費に使ってもいいかもしれない。


「努君、こんなところで食べていたんだ」

「うん、こうして外で食べるのが好きなんだ」


 こう言ってはなんだけど、彼はペットみたいだった。

 そもそもよくわかったなここが、別に表で目立つところというわけではないのに。


「高橋さんと喧嘩しちゃったの?」

「うーん、喧嘩って言うのかなあ」

「仲直りしたい?」

「それは……うん、仲直りしたいね」

「頑張って、仲直りしたいって気持ちがあれば相手には届くから」


 そうかなあ、彼は彼女の理解度が低いように思える。

 とはいえ、その点に関しては自分もあまり変わらないということもあって。


「あ、名前を教えてほしいんだけど」

「秘密っ」

「あ、そう……」


 普通に接することができないぐらいなら捨ててしまおうと決めていた。

 すぐにできるかどうかはわからない、ただ、あまりにも僕にとって理想すぎるのだ。

 そういうのを想像しているときは気持ちいいけどね、すぐに現実に引き戻されるからしない方がいい。

 仲直りは絶対にしてみせるつもりだ、今年中にではなくてもいいから絶対に。


「んー、でも、ずっと君って呼ばれるのもあれだからなー」

「名字は?」

「名字も秘密っ、よし、努君が名前をつけてよ」


 名前をつける!?

 ……ネーミングセンスがないから悲惨なことになるぞ。

 それでもじっと見てきている彼の前でなにもしないわけにはいかない。

 犬っぽいからポチ? 太郎? 次郎?


「優でいいや、君は優しそうだから優で」

「そっかっ、じゃあこれからはそう呼んでねっ、じゃあね!」


 って、行ってしまったよ。

 ああいうタイプよりは香織ちゃんみたいな子の方がいいかもしれない。

 喜怒哀楽、しっかり全て表に出してくれる方がいい。


「あ、お弁当食べなきゃ」


 明日が休みで本当に良かったと思えるそんな日となった。




「しまった……」


 夜。

 いらないと言われていたのに当たり前のように和の分まで作ってしまって頭を抱えていた。


「いやっ、お弁当にそれこそ入れればいいのか!」


 良かった、土曜日に部活動がある日で。

 今日は自分の分を減らさなくていいのもいい。

 ささっと食べて、いつものように洗い物、終わったら入浴といった風にお決まりのパターンに持ち込む。

 マナーモードを解除してはいるものの、連絡がくるようなことはない。


「はぁ……」


 洗濯物も明日まとめて畳めばいいだろう。

 お風呂掃除はそもそも和が入らないとできないし。


「あ、もしもし?」

「努? 私だけど」


 なんか彼女を寝取られている気分になった。

 きっと男の人の声が聞こえる状況で電話をかけられた彼氏さんってこういう気持ちなんだろうなと、馬鹿みたいな想像をした。

 1度もそんないい雰囲気になったことすらないから妄想にすぎないが。


「今日は和に家に泊まってもらうからよろしくね」


 なんでそれをこの子が言う必要があるのか、適当に返事をしてこっちから切った。


「くそくそくそっ、仲良くやれよこのやろうっ」


 ま、まあ、もう捨てるんだから関係ないし。

 そも、僕らは喧嘩中なんだからどうしようもない。

 双子の弟に取られるってここまで複雑なんだなってよくわかったよ。

 

「あ゛ー……」


 翌朝、気分は最悪だった。

 ゆっくりできていいとか考えていた自分だったが、大失敗だ。

 というか、1度も帰ってこないって部活はどうするの? 着替えとかはこっちなのに。

 まさか持ってこいとか言わないよな? と考えてしまったのがフラグとなったのか、彼女の家まで着替えを持っていくことになったという……。


「悪いな」

「別に」


 普通、異性を家に泊めるか!?

 弟のことが好きならなんらおかしなことではないかもしれないが。

 関わっている時間だって長いし違和感のあるような行為ではない。

 ……もしかしたら僕が知らないだけで付き合っているのでは?


「あ、努っ」

「なに?」

「これ、持って帰ってくれ」


 はぁ……、兄はただのパシリかよ。

 こっちと喧嘩になっても面倒くさいから持って帰ることにした。

 後ろを振り返ったら仲良さそうに歩いていくふたりの後ろ姿が、フ◯◯ク。


「あー、努君だー」


 よく会うなこの子とは。

 いつもであれば誘って遊ぶってことをするのだが生憎といまは誰ともいたくない。


「ごめん、また月曜日にね」

「元気ないの?」

「うん、ちょっとね」


 あまり酷くないとは言っても死体撃ちみたいなものだった。


「それなら付いてきてっ、美味しい物が食べられるお店に案内してあげるっ」

「え、ああ、お金を持っていなくてね」

「それなら大丈夫っ、行こー!」


 で、何故か朝から焼きそばを食べさせてもらっていた。

 帰ったら払いますと言っても聞いてはもらえず。

 でも、これは凄く美味しい。

 濃すぎず薄すぎず、僕好みの味だ。


「ごちそうさまでした」

「美味しかったでしょっ?」

「うん、凄く美味しかった、後で優君に払えばいいよね?」

「大丈夫っ、でも、食べ終えた後にいつまでもいると怒られるから行こー」


 今度、和を連れて行ってあげたら喜ぶかもしれない。

 焼きそばは好きだからきっと喜ぶことだろう。

 できれば香織ちゃんとも行きたいけど……朝なんて話しかけてくることすらしなかったし、見ることすらしなかったからなあ。


「あ、ちょっと学校を見に行かない?」

「え、制服じゃないんだけど」

「大丈夫、外からなら和久君も見られるよ」


 いや、別にそこまでして弟を見たいわけではないんですが。

 けど、美味しい焼きそばを食べさせてもらえたので付き合うことに。


「お、やってるねー」

「そうだね」


 遠くからだとわかりづらい。


「あっ、ごめんっ、近かったよね」


 チェックするために前へ前へと移動していたら彼に接近してしまった。

 僕にそのつもりはないが人によっては不快になる距離だ、気をつけなければ。


「んーっ、わからない! 和久君はどこにいるんだろう……」

「お昼に来た方が確実かもね、お昼休憩があるから」

「いや、このまま突撃だー!」

「え、うわぁ!?」


 彼はあっという間に学校敷地内に足を踏み入れてしまった、僕の腕を掴みながら。

 先生にでも見つかったらまず間違いなく僕も怒られる、それだけは避けたいんですが!?


「おーい、なにやってるんだー?」

「す、すみませんっ、制服も着ていないでここに来てしまってっ!」

「はははっ、誰と勘違いしているんだよ、俺だよ俺」

「って、和! もー、もうちょっとわかりやすくいてよ」


 いま本当に心臓がひゅんっとなった、寿命が1週間ぐらい縮んだぐらい。


「無茶言うなよ――ん? そいつは誰だ?」

「僕も実はあんまりわかっていないんだよね、とりあえず優って名付けてはあるけど」

「大丈夫なのかよ……」


 カオスな世界というわけでもないから実は敵だったみたいなことにはならないだろう。


「和久君っ」

「お、おう、和久だな」


 お、珍しく圧倒されている気がする。

 ふふふ、弟が押されているところを見て喜ぶなんて兄失格だけど気持ちがいいなあ。


「部活頑張ってねっ」

「さんきゅ。そろそろ戻るわ、制服着てないと怒られるから早く帰った方がいいぞ」

「うん、帰るよ。部活、頑張ってね」

「おう、夕方頃に帰るから」


 優は少し勢いだけで行動するところがあるから気をつけて見ておかないと。

 ただまあ、僕にもそれぐらいの積極さがあればもう少し違った結果になったのかもしれないがと内で呟いたら残念な気持ちになった。


「あ、ごめん、もうこれで帰らないと」

「そっか、今日はありがとね」

「うんっ、また月曜日に会おうねっ」


 元気だなー。

 まあ、一緒にいられたおかげか最悪な気分でもなくなったから予定通り休むことにしよう。

 香織ちゃんとのことは忘れよう。

 向こうにその気がなければ意味のない話だから。




「そ、そこをどいてくれないと外に行けないんだけど」


 僕よりも身長が大きいうえに運動部所属、とてもじゃないが逃げ切れるわけがない。

 別に外で食べなければならないなんて決まりはないから大人しく教室で食べることにした。

 基本的にみんなここで食べるんだから悪目立ちはしない。


「あ、ちょ……っと」


 箸箱を取られてしまって物理的に食べられなくなってしまったぞっ。

 なんなんだ今日は、急に来たと思ったらこんなこと……。


「なんであれから来ないの?」


 なんであれからって、許してくれなかったのは君だからだ。

 そんなことを馬鹿正直に言ったら絶対に不機嫌になるから結構忙しくてと普通な言い訳をさせてもらう。


「努くー――」

「いま邪魔しないで」

「は、はい……」


 ああ、わかりやすくしゅんとしてしまっている!

 このままだと可哀相だ、廊下で話すことにしよう。


「ごめんっ、だから……許してくれないかな?」

「女の子からモテなさすぎて男の子を狙い出したかと思った」


 所詮こんなイメージだよ、捨てようとして正解だな。

 ぎこちなくなることの方が問題だから諦めることはそんなに悲しいことじゃない。

 大袈裟かもしれないけど彼女は僕にとって高嶺の花だったというだけだ。


「そんなのじゃないよ」

「仕方がないから許してあげるよ」

「ありがとう」


 握手を求めてきたから握っておく、が、その際にぎゅっと握られて痛かった。


「まだ怒ってるの?」

「当たり前だよ」

「家事をしなきゃいけないんだよ、香織ちゃんはしなくてもいいかもしれないけどさ」


 彼女の両親はきちんといてくれるし、お母さんが17時ぐらいに帰ってくるから家事もしてくれる。

 本人は最低限の勉強と、大好きなバスケをやっておけばいいぐらいには余裕があるわけだ。

 そんな子にはわからないよ、家事の手伝いだってあんまりしないって話だしね。


「わ、私だってするよっ」

「そうなんだ、じゃあ大変さもわかってくれているはずだよね?」

「努のばかっ」


 はぁ、煽るようなことをしてしまった僕が確かに馬鹿だ。


「おいおい、まだ仲直りしていなかったのかよ」

「和……」


 何気に優君と話しながら出てきた、コミュニケーション能力が高いのは普通に羨ましい。


「しょうもないことで喧嘩なんかすんな、努が謝っているなら許してやれ」

「むぅ、どうせ和にはわからないよ私の気持ちなんて」

「分からねえよ。ただ、任せっきりにしている俺が言うのもなんだが努は頑張ってんだ、だから余計なことで負担をかけないようにしてるんだよ。それなのに香織がそんな態度でずっといたら意味ないだろうが」


 やばい、普通に泣きそう。

 一応、頑張ってきたことが無駄ではないことがわかって凄く嬉しかった。

 まさか和がこんな風に考えていてくれたなんてね。


「努君泣いちゃってる……」

「いやあ、なんか嬉しくてさ」


 お昼ご飯をまだ食べられていないことはやばいけど。

 でも、彼女はまだまだ納得がいかないといったような顔だった。

 和が変に味方をしたからこそかもしれない、利用して卑怯とか言われたらたまらないぞ……。


「ちょっと来てっ」

「ああっ、まだお弁当を食べてないのにー!」

「いいからっ」


 無理だ、こうなってしまえば逃げるのは無理。

 追ってこようとした優君を止めて被害は少なくする。

 しゅんとしているところを見るのは嫌だからこれは仕方がないことだ。


「和を利用するなんて卑怯じゃん!」


 はぁ、マイナスなことを考えると実際にそうなるのは勘弁してほしい。


「なにをそんなに怒っているの? 気に入らないなら来なければいいよね?」

「ばかっ」

「実際、和や香織ちゃんに比べれば学力も低いしね」


 お弁当が食べたい。

 夜ご飯はちゃんと温かいのが食べたい。

 もちろん、このまま食べられなくても捨てたりなんかしないけどね。


「……その態度を続けるなら友達をやめるから、和とだけ仲良くするから」

「元々、和とばかり一緒にいるんだからいいんじゃない」

「は? え、い、いいの?」

「どうしても許せないみたいだからいいよ、謝ることはできたから満足しているし」


 優君があのまま来てくれるのなら寂しい思いもしなくて済む。

 彼女がそう言うなら仕方がないな。

 そもそもの話、部活動に所属しているのもあってあんまりいられなかったし。


「じゃ、そういうことでいいから戻るね」


 お腹が空いたから早く食べないと。

 彼女も今度は特になにもしてくることはなく解放してくれた。


「あ、香織は?」

「もうすぐ来るよ」


 ああ、ご飯を食べられるって幸せだな。

 優君が心配そうな顔でこっちを見てきていることだけが気になるけど。


「大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ、心配してくれてありがとう」

「高橋さんも大丈夫かな?」

「あー、心配なら行ってあげてくれないかな」

「行ってくるっ」


 彼は弟を連れて教室から出ていった。

 これまで律儀にここで待っていたのはふたりとも可愛いと思う。

 僕はと言うと、勢いであんなことを言ったけど良かったのだろうかと考えている。

 でも、いたくないのに無理して残ってもらうのは悪いしねという考えもあって。


「ごちそうさまでした」


 違うか、初めてあの子のことを面倒くさいと思ってしまったのだ。

 捨てたのも強く影響しているはず。


「努君っ」

「え? ぶっ――」


 袋にしまった後だから良かったけどまさかふっ飛ばされるとは……。

 周りの子の席も巻き込んじゃったし申し訳ないぞ。


「なにやってるんだよお前っ」

「うるさいっ、この件は努が悪いんだからっ」

「とりあえず戻ってろっ」


 幸い、僕の周りの子達は別のところで集まっていたからぶつかって怪我をさせてしまう、みたいなことにはならなかった。

 僕に特に怪我はないから問題もない、もちろん席はすぐに直そうと動いたけど。


「大丈夫か?」

「うん、ごめん」

「とりあえず直すぞ」


 直してから普通に立ってみたけどどこも痛いところはなかった。

 良かったことはちゃんと紐を縛っておいたことだ。

 だから吹き飛ばなくて済んだ。

 食材によっては汁とかも出ているから飛び散っていたら大変だからね。


「ありがとう」

「礼なんかいらねえよ、俺が止められなかったのが悪いしな」

「そんなことないよ」


 いまは優君と話しているからなんとかなりそうだけど……。

 僕がなにかを言ったところで逆効果にしかならないから話しかけることはしないでおいた。

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