33作品目

Rinora

01話.[そういう言葉が]

つとむー、早くしろー」

「待ってよ」


 自分が寝坊したくせにちゃっかり高い運動能力を使って先に行く双子の弟。

 佐藤和久かずひさ――和は弟のくせに僕より大きく、そして優秀だった。


「遅えよ」

「君が寝坊したんだからね?」

「いいから行くぞっ」


 弟のくせに兄である僕よりもモテるのが複雑なところだ。

 ただまあ、顔は似ているんだから僕にもチャンスがあってもいいと思うんだけどね。

 いや、僕は複数の女の子から好かれたいわけじゃない。


「おはよー、今日もふたりで一緒にいるんだね」

「お、よう!」


 そう、僕はこの子に、高橋香織かおりちゃんに好きになってもらいたいのだ。

 残念ながら全く男としては意識してくれていないけども。


「こいつが寝坊してさ、いやー困った困った」

「って、どうせ寝坊したのは和でしょー」

「ま、そうとも言うんだけどなっ」


 まあこの通り、ほとんど弟が独占するからほぼ不可能に近いわけだ。

 仮に僕が積極的に動けたとしても最凶最強の友達のままでよくない? で済ませられるだろうから動かない、動けない。

 弟ぐらいの勇気と行動力があればなにか違ったのだろうが、残念ながら双子なのにあまり似ていなかった。


「おはよっ」

「うん、おはよう」


 一応でもこっちにも話しかけてくれるところが好きだ。

 彼女は可愛いし優しい、探してもなかなか見つからないレベルだ。

 そんな子とほぼ幼馴染的な関係でいられているいまが最初で最後のチャンスではないだろうかと考えている。


「努はすごいね、和となんかずっといたら疲れちゃうでしょ?」

「おいおい、自由に言ってくれるな」

「あははっ、和には遠慮なんかいらないでしょ、ねえ?」

「そうだね」

「おい努っ」


 彼女は楽しそうにくすくすと笑っていた。

 気持ち悪い話だが、この笑みを独占したいって考えるときがある。

 言ったら最後、嫌われるだけだから言わないけどね。

 学校に着いてもふたりは楽しそうだった。

 他の女の子や男の子達も加わって、そこそこの集団となる。


「和久君と高橋さんは相変わらず人気だね」

「ん? あ、そうだね」


 1度も話したことがない男の子から話しかけられて困惑はしたものの、しっかり返事だけはしておく。

 弟のことを名前呼びにしているのは僕も一応佐藤だからだろう。

 にしても香織ちゃんのことを名前呼びにしていなくて良かったなあ、していたら火を吹いていたよ。


「努君は行かなくていいの?」

「あそこには行けないよ、レベルが違いすぎるからね」


 僕は自分の席でゆっくりしている方が性に合っている。

 本を読むのも好きだ、だからって賑やかなのが嫌いというわけではない。

 ……香織ちゃんを取られるのだとしてもそれが和であってほしいという気持ちと、1番身近なライバルだから和にだけは取られたくないという気持ちがあって忙しかった。


「レベル?」

「ああ、こっちの話だよ、あの楽しそうな雰囲気を壊したくないだけだよ」


 怖いから教室から出ていることにした。

 ふぅ、なんなんだ彼は、和か香織ちゃんに興味があるのか?

 それならそれで構わないけど、……香織ちゃんのことを好きになってもらいたくないなあ。


「努」

「あれ、抜けてきて良かったの?」

「おう、香織達は香織達で盛り上がり始めたからな」


 一緒にいるとあまり自分が兄って感じがしない。

 そもそも双子で、生まれた日も同じなのに何故僕が兄なのだろうか。

 少しして成長してから判断しても遅くないと思うけど。

 ちなみに、幼稚園時代から彼は能力が高かった。

 その点僕は悪かったから、双子なのにも関わらず人が集まらないという悲しい存在だった。

 香織ちゃんと関わるようになったのは小学3年生のとき。

 いやこれが怖いことがあって、幼稚園の頃から和の方は関わっていたって後から知ったんだ。

 どう考えても和がその気になったら勝てないということはわかっているのが現状だった。


「それよりなんで来ないんだよ」

「みんな君か香織ちゃんを求めているからね」

「そんなこと分からないだろうが」

「わかるんだよ、だって僕は兄だからね」

「兄らしくないけどな、俺の方がスペック高いし」


 だからだよ、悔しさとかもあまりない。

 もうこうなったら彼がいますぐに遠い場所へあの子を連れて行ってくれればいいのに。

 そうすれば無駄な期待を抱かずに済む、ただ友達として来てくれているだけなのに勘違いしなくて済む。

 このままだと痛い人間の出来上がりだ。

 だからって口にはできないけど。


「おーい、佐藤兄妹ー」

「こっちに来ていいのか?」

「うん、みんなはそれぞれ楽しそうだったから」


 よし、それならそろそろ僕は戻ろうか。

 彼女が来たからではなく、もう授業が始まるからでしかない。

 ……さっきはあんなことを考えたけど、和と彼女が楽しそうにしているところを見るとなんか引っかかるんだ。

 それでその度に悔しくないだとか考えているものの、直視する度に出てくるという難しい問題でもあった。

 先程の怖い男の子も話しかけてくる様子もないから安心して授業を受けられそうだった。




「なかなか落ちないな……」


 先程からごしごしと床をブラシで擦っているのにこいつは強敵だった。

 罰ゲームとかではなくてみんなそれぞれの場所を掃除することになっているのだが、何故か僕はひとりでトイレの床を擦っていた。

 一応まだ掃除の時間のはずなのにどうしてだろう?

 まあ、掃除は好きだから構わないと言えば構わないが……。

 不安になってトイレから出て時計を確認したら明らかに時間をオーバーしてしまっていた。

 先程と違って廊下などを掃除している子はどこにもいない、つまり大遅刻。


「す、すみませんっ」


 教室に突撃したら普通に笑われて縮こまる。

 もう今日は席に張り付いていたい気分だった。

 いやでもさ、帰るときにさ、言ってくれてもいいよねって言いたくもなるだろう。

 幸い、日頃の態度がある程度良かったからなのか怒られることもなく、解散となった。


「あははっ、なんか努らしいねっ」

「……もう消えます」


 それでもどんまいと言われて生暖かい目で見られるよりマシだろうか。


「真面目にやっていたんでしょ? いいことじゃん」

「ありがとう……、部活、頑張ってね」

「ありがとっ」


 彼女はバスケ部、和は野球部に所属している。

 僕は強制ではないのをいいことにどこにも所属していなかった。


「努、今日はハンバーグが食べたいからよろしく」

「えっ、冷凍でもいい?」

「おう、それでいいからさ」

「わかった、じゃあ作って待ってるね」


 冷凍で大きいやつが近くのスーパーに売っているから買いに行くことにする。

 残念ながら両親はいなかった――あ、亡くなっているというわけではなくて別々に暮らしているのだ。

 ふたりとも忙しいということだけはわかっている。

 やらないと死ぬから家事などは僕がやることになっていて、和は部活などを頑張るみたいな感じだった。

 両親が「どうせ部活もやっていないし兄なんだから家事をしなさい」と言ってきたからやっているが、たまに文句を言いたくなるね。

 兎にも角にも買い物を済ませて帰路に就く。

 明日や明後日分も買ったから凄く重い、力仕事は和に任せた方が効率がいいのに。

 だってお世辞にも軽いとは言えない香織ちゃんを簡単に持ち上げられるぐらいだし、あっ、筋肉質で重たいだけだけど!

 そもそもの話、双子の兄弟なのに、兄なのになんで17センチも違うのか。

 僕が156センチで和が173センチ、ちなみに香織ちゃんが163センチ――おかしい。


「ただいまー」


 冷蔵庫にほとんど突っ込んで少し休憩。

 弟が帰ってくるのは20時過ぎだから急いでも仕方がない。


「んあ……」


 だからってなにも動いていないと馬鹿みたいに寝てしまうから気をつけた方がいい。

 携帯を確認してみたら午後19時15分、そろそろ準備を始めてもいい時間だ。

 待って、合わせてあげる兄って優しすぎるな、今度なにかしてもらおう。


「あれっ、香織ちゃんからメッセージがきてるっ!?」


 しかも18時半に……休憩時間だったのだろうか。

 内容は、げ、今朝のことについてみたいだ。

 僕が逃げたみたいに見えたらしい。

 すぐに見られることはないがそんなつもりはないと返事をしておく。


「あ、準備しないとっ」


 それから1時間15分が経過した頃、弟が帰ってきた。


「お風呂溜めてあるよ、ご飯を食べたいならもうできてるし」

「なら飯かな、どうせなら温かい方がいいから」

「うん、じゃあ食べよっか」


 なんか親になった気分だ、僕がやってあげないと掃除とか全くしないから大袈裟でもない。


「これ美味いよな」

「ちょっと高いんだけどね、5つ入ってて2回食べられるから気に入っているかな」

「でけえし満足感もある、部活が終わった後だと特に美味く感じるよ」

「あ、お弁当はどうだった? なるべく和が食べられない物は入れてないけど」

「んー、もっと肉が欲しいなっ、彩りとかいらん!」


 茶色系で攻めるのはこちらとしても楽だから良かった。

 わざわざ作って~なんてできないからほぼレンジでチンして完了だけど。

 最近の冷凍食品のいいところは自然解凍でいい物あるというところ。


「ごちそうさま、美味かったぜ」

「うん、ありがとう。お風呂入っちゃってね」

「おう、先に入らせてもらうわ」


 こっちは洗い物を終わらせてから再度携帯の確認をする。

 ……マナーモードのままだったせいで毎回毎回返事が遅れるという学ばない人間が僕だ。


「え、いまから行くっ!? もう、普通に危ないのに」


 5分前に送られてきているからもう着く時間か。

 インターホンが鳴って扉を開けてみたらジャージ姿の香織ちゃんが立っていた。


「危ない――」

「努、1階に着替えってあったっけ?」

「ん? ちょっ!?」


 思いきり直線上にふたりはいるわけで。

 彼はあまりにもフリーダムすぎた。

 家だからいいっちゃいいんだけど、お客さんが来ていないとき限定だろう。


「香織か、こんな時間に来るのは危ないだろ」

「危ないのは君の格好だよっ」


 恥ずかしがれよ、パンツぐらい履こう!

 なにも言わないから気になって彼女の方を見てみたら真っ赤な顔で固まっているだけだった。


「努」

「リビングにパンツもシャツとかもあるからっ」

「おう、着てくるわ」


 とりあえず固まったままの彼女を触れないようにしつつリビングまで連れて行くことにした。

 かなり疲れた。

 だが、服を着てしまえば普通の人間だから後は任せておけばいいだろう。


「お風呂ー」


 1日で1番幸せな時間だ。

 ぼうっとしているのが普通の時間。

 もちろんきちんと洗うことはするが、そこから先は気にせずにいつまで入っても無問題。


「努、香織が呼んでる」

「え、いま入ったばかりだから無理かなー」

「そうか」


 別に意図的に避けているわけではなくて時間がもう結構遅いからこうしているだけだ。

 21時近くにお風呂に入るのが常のことなんだから気にしなくていい。

 とはいえ、さすがに21時15分ぐらいには出ることにした。

 そこまで長風呂派というわけでもないから。


「遅いよ」

「え、まだいたの?」

「いたらだめなの?」

「いや、僕ら男しかいないんだからさ、普通は夜に来たりなんかしないと思うけど……」


 僕らならなにもしないと考えているのかもしれないが、どうなるのかなんてそのときにならないとわからないだけだからね。

 女の子なんだからもっと考えて行動するべきだ、しかもお腹だって空くだろう。


「いまさらそんなこと気にしないよ、他の子の家だったら行くのはやめるけどさ」

「ま、帰るつもりがないならゆっくりしていきなよ、和が送ってくれるから問題もないし」


 こっちは明日のお弁当をある程度準備しておかなければならない。

 意外と時間があるようなないようなあるようなって感じの毎日だ。

 家事をしたくないときもあるけど、両親が頑張ってくれているからこそ楽しく生きられているわけだから難しいな。


「いつも努がやっているんだよね?」

「そうだね、やらないと食べられないからね」


 購買は学生向けに安価仕様になっているけど、それでも毎日いくらか使っていたら結構痛い。

 ま、冷凍食品も同じように痛いが、数回分は作れるからまだいいのではないだろうか。

 それにいまは文句を言っていたが、家事以外に特にやることがないから助かっている。

 学生なんだから勉強をやれよという話なんだけどね。


「たまには和にやらせたらいいじゃん」

「部活を頑張っているからね。それに両親がどうも弟贔屓っていうか、うん、自分でやった方が余計なことを言われずに済んで楽なんだよ。何気に自由にしてくれているところを見るのも好きなんだよ、寧ろ積極的に掃除とかしていたら気持ち悪いから」

「気持ち悪いってなんだよ、俺だって掃除ぐらいはするぞ」

「はいはい、そっちでゆっくりしててください」


 とはいえ、彼女がこちらにいたらそりゃ来るか。

 お弁当作りはまた後でやることにして洗濯物を畳むことにした。

 何気にふたつあるソファの内、ひとつを占領し寝転んでいる弟と、もうひとつのソファに謙虚に座っている彼女を見ていると涙が出てくる。

 仮に自宅でも、仮に親しい相手でも、もう少しぐらいはお客さんがいるときぐらいしっかりしよう。


「そういうところを見ていると努がお兄ちゃんって感じが凄く伝わってくるよ」

「はい、普段は駄目駄目ですみません」

「違くて、普段はどうしても控えめって感じがするからさっ」


 基準が和だったらどうしても無理になる、一応双子なんだけどな。


「それとふたりとも、どうして僕のクラスの方で盛り上がるの?」

「友達がそっちの方に多いんだ」

「私も同じかな」


 残念ながら別のクラスなんだよなあと。

 弟と一緒になれないのは兄弟の宿命みたいなものだからいいとしても、彼女と一緒のクラスになれないのは納得がいかない。

 これはきっと先生達の私情によって離されているに違いないんだ、まあ……1番はお前だろという話だが。

 しかも中学2年生から高校2年生現在までずっと一緒のクラスじゃない。

 逆に弟は小学生時代からずっと彼女と一緒ということになる。

 運命の相手かな? ふざけんな。


「それにあれだ、努が寂しいかと思ってな」

「心配してくれてありがとうございますっと、よし」


 干したり取り込んだり、ご飯を作ったり洗い物をしたり、お風呂掃除をしたり掃き掃除をしたりとやることが多い。

 だからって学校の方を疎かにすることはできないから前日の内にある程度終わらせておかないと間に合わなくなる。

 ささっと部屋に戻ったりしないところは和のいいところかもしれない、話をしていられるだけでやらされている感が半減するからだ。


「それじゃあ後はよろしくね」

「は?」

「え、だって香織ちゃんは帰らなければならないんだから送りが必要でしょ? 僕は少し課題をしたいから部屋に戻るよ」

「はぁ……」


 それぐらいはしてくれてもいいよねっ。

 そこまで不安ではないものの、常日頃から慌てなくて済むように勉強をしておかなければならないのだ。

 それこそやればなんでも簡単にできてしまう優秀な弟とは違うんだからさ。


「送るわ」

「うん、お願いね」


 ふたりは家から出ていった。

 こっちはお弁当作りを再開し、終わったら部屋に戻って自習開始。


「ただいま」

「え、なんでわざわざ部屋に言いに来るの?」

「なんだよ、あくまで勉強をやっていたんだろ? やらしいことでもしていたのか?」

「いや、普段こんなことしないからさ」


 基本的に寝る時間まではリビングでゆっくりしているだけだから。

 疲れているところ動かすのは悪いけど、彼女の目的が明らかに和だから仕方がない。

 ……トラウマになっていないだろうか、まあ、初めてというわけではないのだが。


「努、明日の夜飯俺の分はいいぞ、香織と部活帰りに食ってくるから」

「そうなの? じゃ、ひとりで食べてるよ」


 ほらね、勘違いして送ったりなんかしなくて良かった。

 明日が終わればとりあえず2日は休むことができるのもいい。

 土曜日になったら思いきり昼寝をしよう。

 日曜日は買い物に行かなければならないが、土曜は完全に休めるから。


「あと、香織が怒っていたぞ」

「まじ?」

「おう、愛想がないって」


 好きな子が相手だからなかなか上手くいかないんだ。

 いつも通りでいることが難しい、弟ならそういうときでも上手くやるだろうが。

 女の子慣れしていないというのもあった、何故か僕の方には誰も来てくれないからね。


「やだなー、これで嫌われたりしたら」

「努には香織しかいてくれないしな」


 はぁ、だからこそ緊張するのだ。

 さっきの対応は冷たいように感じたかもしれないが、平静を装うだけで精一杯だった。

 ひとつ言えるのは僕の全裸を見られるようなことがなくて良かったということ。

 和だからこそなんとかなったところがある、彼女もよく悲鳴を上げなかったものだ。


「どうせいるなら和も勉強をしようよ」

「おいおい、俺の方ができるんだぜ?」

「だから教えてよ」

「嫌だよ、教えなくても勉強は努もできるだろ」


 可愛げがない弟だぜっ。

 取られたくないな、この近すぎる場所にいるライバルに。

 とはいえ、いまのままじゃまず間違いなく僕は負ける。

 なんなら知らない男の子に取られる可能性すらあった。

 好きだということを言っていないのはまだ救いかな。

 仮に言っていたとしても和はざまあみろとか平気で言いながらも彼女の彼氏になりそうだけどと、内でそう呟いた。


「なあ、まじで香織ぐらいしかいないんだからちゃんと対応しておけよ」

「うん、頑張るよ」


 いまはそんな先のことを考えていても仕方がないか。

 勉強をしよう、休むのは土曜日にゆっくりすればいい。

 和だって部活夕方頃までは帰ってこないから凄くいいね。

 お弁当はやっぱり作ってあげなければならないけど、美味しいって言ってくれたら例えレンチンお弁当でも嬉しいから。

 僕が頑張るためにはそういう言葉が必要だった。

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