「飽きない細胞」の移植手術

ちびまるフォイ

飽きないって素晴らしい?

病院にやってきた男は不安そうに話した。


「先生、俺はなにをやっても飽きないんです」


「飽きない? というと?」


「何をしても初めてのときのようにドキドキするんです。

 これは病気ですよね? 治療してください」


「はははは。飽きないなんて、いいことじゃないですか。

 治療するなんてもったいない。毎日新鮮にこの世界を楽しむべきですよ」


「そ、そうですかねぇ」


男は医者に説得されて病院を去っていった。


男はその夜も初めてのときのようにドキドキしながら眠りについた。

今日もちゃんと眠れるのかと新鮮な緊張感を味わった。


翌朝もちゃんと起きられた。

もう何度も食べているはずの同じ朝食もまるで飽きない。


いつか自分が飽きるんじゃないかとずっと同じメニューを続けているが、

男は飽きるどころか毎日同じでも美味しく食べられた。


「飽きるって……なんなんだろう」


もう何度も読んだ同じ本を読んでも飽きない。

すりきれるほど遊んだゲームをやり直しても飽きない。


毎日、あらゆる体験が新鮮に感じてしまう。


そんな日々を繰り返しているうちに男はまた病院へと訪れた。


「先生、やっぱりこれは病気です治してください!」


「病気だと思えば病気になりますよ。その体質を幸運だと思わないんですか?」


「先生はこの病気じゃないからわからないんですよ。

 飽きないってことは慣れないと同じこと。毎日ドキドキしながら過ごすなんて心臓に悪すぎます!」


「……わかりましたよ、治しましょう」


「ほ、ほんとうですか!?」


「ええ。ただし治療してから"やっぱり前のがよかった"と文句言わないでくださいね」


「もちろんです!!」


医者は男から「飽きない細胞」を摘出した。

手術が終わると男はしばらくぼーっとしていた。


「先生、本当に手術は終わったんですか?」


「はい。無事に終わりましたよ。手術は成功です。

 これであなたは飽きることができる人間になりましたよ」


「はぁ……でも実感ないです」


「そりゃそうでしょう。普通の人は自分が飽きたとすぐ実感できませんから」


「そういうもんなんですか」


「数日も過ごせば日常生活で飽きるものが出てきますよ」


男は医者に見送られて病院を後にした。

ひとつ大きな仕事を終わらせられたと医者は安心した。


しかし、その数日に男はまた病院へやってきた。


「先生、本当に手術は成功したんですか?」


「もちろんですよ。前にもそう言ったでしょう」


「ですが、前ほどドキドキしないものの飽きるのがわからないんです」


「安心してください、手術は間違いなく成功しています。

 この手で飽きない細胞を取り出したんですから」


「でもまだ日常に飽きることがなくって……」


「それは単にまだ飽きるほどの回数をこなしてないからですって!」


医者は男を説得して病院から帰らせることができた。

その翌日にまた男はやってきた。


「本当に治ったんですよ!? 本当の本当に治ったんですよね!?」


「だからあなたは治ってるんですって!」


その日もなんとか説得したが、また男はやってきた。


「やっぱり治っている実感がありません! 本当は治ってないんでしょう!?」


「治ったっていってるでしょう!!」


「じゃあなんて俺は実感が無いんですか!?」


「そんなこと知らないよ!! 毎日飽きずにこの病院に来ることのほうが病気だよ!!」


「俺だってこの病院へ道のりすらうんざりしてるよ!

 だからたまに道を変えたりして頑張ってるのに病気とはなんだ!!」


「だったらあんたはもう治ってる!!」


「いいや治ってない!!俺に飽きて、さっさと帰らせたいから治ったことにするつもりだな!」


「もういい!! 手術してやる!!」


「手術? ほうら、やっぱりだ! 俺が治ってないからもう一度手術する必要があるんだ!」


「誰がお前に手術するかーー!」




医者は「飽きない細胞」の移植手術を施した。


「その後、お加減いかがですか?」


「先生、俺は治っているんでしょうか?」


その後に男が何度病院に訪れても、

まるで初めてのように丁寧に応対するようになったという。

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