『彼』に託す
夜中、あと30分で12時というところで目が冴えた。
あの後のことは、あまり覚えていない。
そこから当たり障りない話しをして、そのまま別れた気がする。
ただ、婚約者はいい人だった。同じ職場の人だそうだ。前の俺と知り合っていたのにも関わらず、今の俺の知らないことも丁寧に話してくれた。
あかねが仕事を休みながら毎日ここに来れていたのは、この人の協力もあってのことだったらしい。
「嫌なやつだったら、憎むことも出来たのかもなぁ」
お前も、そう思うだろ?と、軽く笑う。
全てを思い出した。
俺が高校1年の終わりの春休み、両親が旅行先で死んだ。
葬式の時、周りが俺達をどうするかを話してるとき、あかねが声を張り上げたのだ。
「私が働く!ゆうくんを養うから!!」と。
当時、高校3年生だったあかねは決まっていた大学を諦め、就職して俺を養った。大学にも進学するよう言われた。
「なんでそこまでするんだよ」と聞いた。当時新しく出来た姉に、どう接していいかわからず、生意気だった俺に対して、彼女は笑って言った。
「同情されるの、ムカつくでしょ?」と。
その姿に、俺は惚れたのだ。
勿論、その気持ちを押し殺した。
反抗期を終えて、あかねのことを第一に考え、絶対に迷惑にならないように、イイヤツになろうと決めたのだ。
あかねを呼ぶ時も『あかね』『お姉ちゃん』。
自分のことは『俺』から『僕』へ。
俺の中のいい子のイメージは、なんとも貧困だったことに笑ってしまう。
今の俺なら、『姉貴』とでも呼ぶのだろうな。
意識がグラつき、薄れはじめる。
でも、殴られるような感覚ではない。
そもそもあれはーー
「俺が真実を知って、傷つかないようにするためだろ?」
あの感覚が来るときは、いつもその事実に近づくときだった。
それを知って傷つかないように、意識を飛ばそうとしたのだ。
あかねは俺を、前の俺と同じだと言ったが、それはきっと間違いだ。
「……余計なお世話だ。クソッタレ」
俺は、そんなに優しくない。
そろそろ12時になる。
意識もかなり薄い。
次に目を覚ます時は、『俺』はもう、残っていないだろう。でも、まだ伝えたいことがある。
俺は、目についたホワイトボードに、文字を書く。手の震えをもう片方の手で押さえながら。
書き終わると同時に、身体の力が抜け落ちていった。
あぁ……
『おはよう!ゆうくん!』
せめて1度くらいは、おはようと返してやるんだったな。
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