『彼』を知る彼女は

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「なあ、ゆう!ほんとに行かないのか?」

「……誰が行くか。早く行けって!」


「全く……すまんが、後のことを頼むぞ」

「ごめんね、お土産は買ってくるから」


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変な汗とともに目が覚めた。

相変わらずの夢だ。

父と母の、最期の言葉。

この体は、元の俺は、俺に何を伝えたいのか。

今の俺に同情でもしてもらいたいのだろうか。

あほらしい。

気がつけば昼。

おかしいことに、まだ意識がぼんやりしてる。いつもこのくらいの時間になれば、目覚めているのに。

けたたましくノックがなった。


「ゆうくん、おはよー!今日からね、少しくらいの運動なら、もうしても大丈夫なんだって。あとの問題は記憶だけだからって、お医者さんが」


「へいへい。……じゃあ、あそこ行くかな」


あそこ?というか挨拶は?おはよー!と、あかねは何やら訴えていたが、俺は無視して外へでる支度をした。



「ほんとに軽い運動かなーこれ」

「知識としてはあったが、やっぱ楽しそうだな」


来た場所は、バッティングセンター。

建物にも年季が入っており、人の入りも少ないことがわかる。

だが、そんなことはどうでも良い。


「どっ……せい!」


カキンとヒット。めちゃくちゃ飛んだわけではなかったが、やはり中々爽快感があった。店が新しかろうが古かろうが関係ない。


「よーし!私も!」


5球目に差しかかったところで、あかねが右隣のバッティングスペースに入ってきて、右打席に入っていた。



「医者には俺のお目付け役って言われてなかったか?」

「そうだっけ?でも私も楽しみたいし!」


あかねのこういうところは良い。

記憶を無くし、人格も前とは違うらしい俺を、対等な人として扱い、同情しない。

俺の目にそう見えてるだけで、実際こいつがどう思ってるかは知らないが。

それでも、俺にとってはそう見えてるだけで十分だった。


「りゃあああ!」


気合の入った声と、豪快に空振った音が聞こえた。

スイング音はなかなか。だが隣から金属音は聞こえない。


「気合はいいんだけどな……さて、俺もっと」


次は左打席で打ってみることにする。

あかねとは背中越しの体制だ。

時間が経つにつれ、カキンッとかすりだす音が後ろから徐々に聞こえだした。


顔は見えないが、あかねが楽しげなのが背中ごしにもわかった。

それにクスッと笑いが出た。

昨日のことも、昔のことも、あかねは口に出さない。

だからこそ俺も自然体でいられる。


「なあ、あかね。俺にここまでしてくれるお前ってーー」


ハッとして口を閉じた。

俺の、なんなんだ?恋人か?幼馴染か?親友か?

前の俺の話しだ。別に聞いても今の俺には関係ない。そう思っていたはずなのに。

聞いたら、何かが終わってしまう気がした。


「くそー!空振ったー!え、何?ゆうくん、なんか言った?」


「いや、その、記憶がなくなる前の俺って、どんなやつだったのかなって思って」


言ってから、しまったと思った。

話題を適当に変えるにしても、もっといい話題があっただろう。


「ほら、俺の見舞いに来た『元』友人?俺と前の俺が、全く違うって言ってたもんだからーー」


「いいよ、記憶喪失する前だね」


取り繕おうとした言葉は、優しく肯定された。あかねはバットを振りながら、『ゆうくん』の話をしてくれた。

前は自分のことを『僕』と呼んだり、友達に対しての人当たりもよく、誰かを傷つけることなんて一度もなさそうな、優しい人格の人だったそうだ。相手のことを考える性格だと。

人格者というやつなのだろう。


「俺とは、別人格ってやつだな」


でも、それでもいい。

そもそも、人格者なんて俺自身胡散臭くて好きにはなれない。

俺は自分勝手に生きる。


がこんがこんと、バッティングマシーンの動く音が鳴る音が響く。

あぁ、そうだ。あかねもいた。

周りなんてどうでもいいと思ってたが、認めてくれる人がいた。

コイツがいてくれるからーー


「前のゆうくんも、今のゆうくんも、変わらないと、私は思うけどな」


「……は?」


来た球を、無様に空振ってしまった。

何を言っているかがわからなかった。


「大事な相手のことを1番に考える、優しいゆうくんのまま」


あかねのほうに目をやったが、背中しか見えない。その表情は、わからない。


「いや、前の俺と今の俺とは全然違うだろ。お見舞いに来た奴らも、別人みたいだって言ってた!」

「それは、ゆうくんのことを知らないからだよ。ほんとの優しいとこ」


それは、『前のゆう』だろ。

心のどこかで期待してた。あかねは『今の俺』を見てくれてるのだと。『前の俺』と

心のなかで区切りをつけたのだと。

でも、それは違った。


「どこが似てんだよ」

「んー、似てる似てないとかそういうことじゃなくてね。私もうまく言葉に出来ないけどさ」


あかねにきた最後の球が前に飛んだ。

ヒット級のあたりだった。



「同じなの。やっぱり、あなたはゆうくんなんだよ」



あかねは振り返りざまにそう言った。

どこか困ったような笑顔だった。

彼女は『前の俺』と『今の俺』を、同一人物だとそう言った。


「ーーだったら!お前はどっちがーー」


好きなんだ。

そう言おうとしたとき、視界が歪んだ。

それと同時に、意識を持っていかれそうな頭痛にもおそわれた。


「ゆうくん!?」


大丈夫だと、手でジェスチャーした。

数分したら痛みや視界の歪みもなくなったが、念には念を。病院に帰ることになった。

帰り道は、なんでもない会話だった。

ほんとに聞きたいことは聞けなかった。



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