『彼』を知る者は
「おはよー!ゆうくん!」
「おう。今日は朝からか」
少しは気分が晴れるような声が病室のドアが開くと同時に聞こえてきた。
あかねだ。
「駄目だよー!朝の挨拶は『おはよう』って決まってるからね!」
「『おう』でも同じだろ。それにどんな意味があんだよ。」
「えーと、『良い目覚めでしたね』とか、『今日も1日よろしくね!』とか?」
残念ながら良い目覚めというものを経験したことはない。
「まあ、言う気分になった時に言う」
「言わないやつだそれ」
ちょっと拗ねたような顔に、少し笑ってしまった。
見た目が俺と同じくらいなのに、子どものようなリアクション。
でもその背伸びのしない感じが、一緒にいてて楽だった。自分自身も気楽でいられる。
その日はウィンドウショッピングに行くことになった。
まだ体力や筋力が完全に戻りきっていないこともあり、念の為杖を持っている。
やはり車椅子の頃よりも色々と都合がいい。
「ゆうくん!この服どうよ!」
「いいな。あと10分後に飯でも行こうぜ」
「この帽子は?」
「美味しそうだな」
「聞いてないよね!!!」
とは言っても、服に興味はないから仕方ない。その様子を見て、だったらゲームセンターだ!と、引っ張られた。
「おお……」
知識としてはあっても、記憶や思い出にはない。様々なゲームがそこにはあった。
幼いと言われてしまえばそれまでだが、その光景に心がウズウズする。
「よし、やるぞあかね」
「ゆうくんって静かに闘志燃やすよね」
「汚物を撃ちまくるやつからだ」
「うん、ゾンビゲームのことかな?」
そこからゾンビを撃つシューティングゲーム、カーレースゲームやメダルゲームを一緒にやった。
俺自身も少しはしゃいでいたが、
「ゆうくん、私はあの子をうちの子にしたい」
「クレーンゲームやりたいならそう言え」
なんだかんだであかねもノリノリらしい。
コインをいれ、狙ったのは、ハムスターをモデルにしたようなヌイグルミ。
狙い通りクレーンにひっかけ、ガコンと下に落とした。
「やるねー!ゆうくん!!」
ちなみにやったのは俺。
どうやらこの類のゲームは得意みたいだ。
「ヌイグルミいれる袋がいるだろ。店員さんにもらってくる」
「え、私行くよ!」
「いいって。いいリハビリだ。それより他の欲しいヌイグルミ決めとけ」
そう言って、少し歩き、店員さんを探す。若い店員さんを見かけ、声をかけた。
「……え、もしかして、ゆう?」
こちらを見て数秒だけ固まったその顔を見て、後悔した。
元の俺の、知り合いだ。
「人違いだ。悪かったな」
「いや!ゆうじゃん!ほんとに事故以来、口調とかなんか変わったんだなー。噂はほんとだったのか」
どんな噂かはどうでもいい。どうせ俺の人柄が変わっただのそんなレベルだ。
足早に立ち去ろうとしたが、杖をつきながらだとスピードも出ず、馴れ馴れしく肩を掴まれた。
この男に敵意や悪意はないのだろう。
それでも、不快感は拭えない。
「連れがいんだよ。行かせてくれ。あと、景品持ち帰る袋くれ」
「連れって……あぁ、あかねちゃん?水入らずだったか。悪いな」
「早く」
目を合わせない。話す言葉も最小限に。
それだけを意識して、手渡しの袋を奪うように取る。
そしてその場を立ち去ろうとしたその時、
「ほんとに前のお前とは変わったな」
聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「どういう意味だよ」
「そのままだよ。前のお前はそんなにトゲトゲしくなかったし、もっと笑顔で、人懐っこい感じで、話しかけやすかったぜ。俺は特別仲いいってわけじゃなかったけどさ」
何だこいつは。勝手なことを。
前の俺がどうあろうと、今の俺がどうあろうと、お前には関係ないだろ。
「記憶、早く戻ればいいのにな」
吐き気のする親切心だった。
前の俺に良い印象をもっていたから、そう戻ってほしいと、無意識の願い。
でも、俺から見れば、ただの身勝手。
怒りが沸き起こりかけた。直後、
「あ、これ景品の袋!?ありがとー!!!助かる!」
あかねが割り込むように間に入ってきた。
「おお、あかねちゃん久しぶり!」
「いやーデッカイヌイグルミゲットしちゃってさ!袋ないとこのまま生身で持って帰るハメになってたよー。たすかったー!」
目の前の男と2人でアハハと笑うあかねのその姿を見て、自分の感情的な行動で迷惑をかけるところだったことを自覚した。
そのままその男とは別れ、帰路につく。
「いやー楽しかったねー!今日も1日!ゆうくん、帰りなんか食べてこーよ!」
彼女は果たして、俺の様子を察して、割り込んでくれたのだろうか。
でも、ここで聞くのも野暮というものだろう。
「ゆうくん、何食べたい?」
「なんでもいい」
「じゃあ石だね」
「まて、ちゃんと考える」
いつも通りのふざけた会話。
周りなんてほっとけばいい。俺の人生はまだ始まったばかりなんだから。
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