冷めた世界、覚めない少女

@axel04

雨降る世界で

○月✕日△曜日、今日も雨。

一昨日も昨日も雨であり、明日も明後日も、ずっとこれからも、雨である。

そんな世界で、旅を少女は続けていた。あてもなく果てもなく、あったはずの理由さえなくなってしまった旅だが、少女には旅しか無かった。

少女は歩き続ける。この道の先には何かがあると、幼い夢を抱きながら。



○月✕日△曜日、やはり雨である。

ふと少女は、今はいつなのだろうと考えたが、詮無いことだと思った。長い旅をしてきた少女には、今が何日なのかも分からない。月曜だろうと水曜だろあと休みのようなものなのだから、曜日など意味もなく、何よりそれらが分からなくても何も問題がない。

だから、少女にとっては、ゆく日もくる日も、○月✕日△曜日なのだ。



○月✕日△曜日、今日も雨である。

歩き続けてた、少女は街に着いた。街の趣は、人も車も活発に動く眠らぬネオン街といったところだ。

少女は大通りを進む。どこにも電気なんて通っておらず、かつて街にあったであろう活気はどこにも見られない。車も人も無く、あるのはバッテリーが切れるまで呼び込みをするようプログラムされた店頭のロボット程度だった。

交通の便を良くするための広い車道ももはや用を成さず、小柄な少女が歩いているだけである。

静かだった。人々の喧騒も車のエンジン音もなく、街には雨音と足音しか響かない。たまに聞こえるロボットの呼び込み声も、少し歩けば雨に遮られ、静かな世界に戻る。

少女は寂しくなかった。この程度で寂しさを感じていたら、たった一人しかいないこの世界で、生きていくことはできないから。

灰色の空を恨めしげに見上げると、少女はふと、思った。

最後に星を見たのは、いつだろう。



○月✕日△曜日、雨。

少女は珍しいものを見つけた。スーパーマーケットの中に電気がついていたのだ。

もうひとつの世界を維持するために、微々たる電力が供給されていることは少女も知っていたが、室内の電気はロボットなどと違って利用されないものだった。

少女は普段見ることのない電光に誘われ、屋内へと入っていった。

電気が通っているため食料の保存状態も良く、ここに当分住み着いても良さそうだ、と少女は珍しく上機嫌になっていた。

スーパーマーケットは5階あり、それぞれの階には家具屋や本屋などがあったが、少女の目を引いたのは5階にあるというドームだった。

更なる物珍しさに惹かれ、少女は5階に上った。

そこには古びた立て看板があり、かすれ気味の文字で、“プラネタリウムへようこそ“と書かれていた。

プラネタリウムの意味が分からず呆然としていたが、少女は驚きのあまり声を上げてしまった。

なぜなら、立て看板の先の扉が開き、中から男性が、この世界で二度と会うことは無いと思っていた生きた人間が、現れたからだ。


「まさかまだこの世界に人が残っていたとはね」

「ごめんなさい、会うなり大声出してしまって」

「いや、仕方ないさ。僕もとても驚いているしね」

二人はドームの中に入って話し始めた。

「僕は明石。人がいなくなってからは、ずっとここに住んでる」

室内に電気がついていた理由はこの人が住んでいたからか、と少女は納得した。

「私は藤木葵って言います」

「藤木さんか。君はどうしてここに?」

「旅をしてたら、珍しく電気が灯ってるのを見たものですから」

「旅、か。僕も人のことは言えないけど、中々変わってるね」

「そう思います」

少女はこの人が何故この世界に残っているのかが気になったが、聞いていいものかと思った。そしてそんな心中を見透かすかのように、明石は言った。

「お互いさ、気になることは沢山あるだろうけど詮索は無しでいこうよ。こんな世界に残ろうとした理由なんて、聞いてたら空気が重くなるしさ」

「…そうですね」

「ところで、せっかくプラネタリウムに来たんだ。見ていくかい?」

「えっと、そのプラネタリウムっていうのは、何かを見せるものなんですか?」

「…そっか。うん、プラネタリウムは、星を見せるものさ。藤木さんは、星を見たことは?」

「小学校の頃だけですが」

「そうか」

明石は投影機のある中央の台座へと向かい、タブレットを操作する。

「どういうものなのかは実際に見てもらうのが早いけど、とりあえず昔こういう催しがあったことを見てほしいな」

そう言うと、空中にホログラフィック映像が流れ始めた。

今少女と明石がいるドームにたくさんある椅子は満席で、天井に映し出される星を人々が幸せそうに見つめている。そんな映像だった。

「これは、今から50年ほど前の映像だ。こんな風に人は、星や宇宙に思いを馳せるイベントを行っていたんだ」

少女は息を呑んで映像を見ていた。ドームに映し出される星座や惑星を見て、感嘆する人達の姿。そこには、今このドームの寂れた空気は無く、解説員の言葉も星を映す投影機すらも活き活きとしているようだった。

話は、星や宇宙から環境の話になっていた。映像の中の解説員は言った。

『環境問題のみならず、人口問題や食料問題など、私たち人類は未だ多くの問題を抱えています。しかし私は、それらの問題はいつか解決できるものだと信じています。私たち人類が力を合わせればきっと未来は明るいものとなるでしょう!』

笑顔で話す解説員とは対照的に、映像を見る二人の顔色は渋かった。

「皮肉だよね。確かに人はそれらの問題を解決したかもしれないけど、結果としてこの地球から人は消えてしまったんだから」

「…ええ」

その後解説員の話は終わり、プラネタリウムの上映も終了したところで映像は切れた。

「これがプラネタリウムさ。ここには解説員なんていないけど、星を映すことは可能だから、藤木さんが望むなら、すぐに見せるよ。どうする?」

「お願いします」

明石はすぐに準備をすませた。真っ暗となったドームの中、少女は椅子にもたれかかる。

「それじゃあ行くよ。3、2、1……!」

パァっと、世界に光が灯った。雨が降り始めてからは見ることのなかった、満天の星空に、否応なしに胸が高まるのを、少女は感じた。

少女は、目を瞑った。綺麗な星空の下で眠る幸せ。ずっと感じることの出来なかった幸せを少女は一身に感じながら、在りし日の世界に思いを馳せた。





それは、どこかの国が干ばつ対策のためにつくった人工降雨機だった。最初は正常に動いていたが、段々と制御が効かなくなり、最終的には暴走を始めた。過剰にはたらいた結果、全世界に雨が降り始め、世界はパニックに陥った。

元々様々な問題を後回しにしていた人類に、新たに喫緊の問題が生まれたことは、人類の終わりを予見させた。

しかし人類は諦めず生存の道を探し続け、生きるための道を作り出した。

それは、人類を電脳世界に移住するという考えだった。ロボットなど技術発展が目覚ましい状況だったこともあり、肉体をコールドスリープさせ、意識を電脳世界にアクセスさせるというシステムが時間もかからず作られた。

そしてこの道は、数多ある人類の問題を解決させるものでもあったため、人類の総意としてこの選択は全ての国で受け入れられた。

雨の振り続ける世界で生きることに辟易した一般人も、多少の抵抗感はあれど次々に電脳世界へと移っていった。

だが少女は、その選択を拒んだ。





8月18日火曜日、やっぱり雨。

今日はお母さんが眠る日だ。眠るということはもうひとつの世界に移るってことなんだけど、この世界に居続ける人からすれば、つまり私からすればずっと眠ることになるため、死と変わりない。

「葵はやっぱり行かないの?」

「…うん、まあ。気が向いたら行く、かな」

「じゃあ一生来ないわね。そんな言い方する人は絶対来ないわ」

「あはは、確かに」

私も母さんも笑ってはいるけど、空気は重い。当然だ、今生の別れなのだから。

「私はあなたの人生に口出しできて、も選択するのは葵。葵が決めたことだから、今更何も言う気もないわ」

「ありがとう、母さん」

「でも、聞かせてくれる?どうしてこんな雨しか降らない世界に残ろうと思ったの?」

疑問は道理だ。こんな世界にいてもメリットなんて皆無だ。多少怖くても、電脳世界とやらに移った方が懸命だろう。でも私は、それは嫌だった。

「…小学校の頃、移動教室でね、夜に山に行ったことがあったんだ。風とか地面の感触とか、何より星がすっごく綺麗で。ずっと記憶に残ってるんだ」

お母さんは、何も言わずに聞いてくれている。それだけで、なんだか涙が出てしまいそうになる。

「電脳世界って、それらがあったとしてもニセモノだって、そう思っちゃう。そんな世界の方が私はいや。だから、行かないの」

聞き終わると、お母さんは目に涙を湛えながら言った。

「葵らしいわね。そういう感性、これから一人で生きていても失わないでね」

私も涙が止まらなくなったが、何とか言葉を発する。

「うん。約束するよ。私、この世界で生まれた意味が絶対あるって、信じてるから。だから、それを見つけたら、母さんのところに行くよ。」

「ふふ、楽しみに待ってるわ。約束ね」

こうして母は眠りにつき、私は生まれた意味を見つけるために、一人旅に出た。

その世界はホンモノだと感じられるような劇的な何かを求めて、そしてそれが私がこの世界で生まれた意味だと。しかしそんなものはどこにもなく、いつしか旅の理由も忘れ、ただ歩くだけの流浪の人となっていた。

そうか、私は───。



「ん…」

「おや、起きたかい。どうかな、星の下で眠った気分は」

「…はい、良かったです。昔の夢も見れましたし」

少女は立ち上がり、外へと歩き始める。

「おや、もう行くのかい?ゆっくりしていってもいいんだよ」

「いえ、お気持ちは嬉しいですが…。約束を思い出したので」

「約束、かい?」

「ええ。ここの星が思い出させてくれたんです。おかげで破るところでした」

「そうか、それなら良かったよ」

「明石さん、ありがとうございました。この御恩とここで見た星は一生忘れません」

少女は深々と頭を下げる。

「いや、礼なら星に言って欲しいな。元気でね」

少女は重ねて頭を下げ、ドームから出た。






○月✕日△曜日、常に雨。

少女は深い眠りについた。

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