第5話 2組の作戦


 脊髄せきずいくんの声と共に飛び出した眼球がんきゅうくんと鎖骨さこつくん。それを横目にぼくは持ち場である昇降口しょうこうぐちの前に向かった。校庭のほうからは応援おうえんしている声がひびいていきた。


 いつの間にか、関係のない子たちまで観戦しているようだった。北側にある昇降口しょうこうぐちからは南側の校庭はよく見えない。一度持ち場に行ったものの、ぼくの出番は二周目だからもう少し余裕よゆうがあると思い、校庭が見える場所に移動することにした。


 校庭をスタートした眼球がんきゅうくんから、二番手の虫垂ちゅうすいちゃん、そして精巣せいそうくんにバトンがわたるところだった。


 ぼくたち内臓ないぞう組は順調なすべり出しだ。それに引きえ、ほね組は少し走っては次、少し走っては次とバトンをこまめにわたしているおかげで、ずいぶんとおくれているようだった。


 ——いける! これなら勝てる!


 そう思った瞬間。精巣せいそうくんが急に転んだ。


「あ! 精巣せいそうくん!」


 ぼくは心配になってさけんだ。精巣せいそうくんは、必死に起き上がる。なみだが出そうになっているようだけど、我慢がまんしてまた走り出した。

 かけっこをしていて転ぶというのはよくあることだ。精巣せいそうくんは次の甲状腺こうじょうせんちゃんにバトンをわたした。


 甲状腺こうじょうせんちゃんは、校庭から校舎のある高台にけあがる。チョウのように軽やかで走るのも早い。


 ぼくは思わず見とれてしまった。甲状腺こうじょうせんちゃんはかわいい。いつもぼくにもやさしくしてくれる。ぼくはかのじょが大好きだった。


「がんばれ! 甲状腺こうじょうせんちゃん」


脾臓ひぞうくん」


 かのじょは、ぼくの目の前を通り過ぎるときに手をって笑顔を見せてくれた。


 ——か、かわいい……。


 甲状腺こうじょうせんちゃんから次の副腎ふくじんくん、たんのうくんと続くのだが……。


 次の副腎ふくじんくんが転んだ。


 ——え! うそでしょう?


 そして、たんのうくんも……!?

 ぼくは「おかしい」と思った。なにかがあるんだ。バトンは子宮しきゅうちゃんにわたる。その間に、ぼくは副腎ふくじんくんとたんのうくんのところに走っていった。


「ダイジョウブ?」


「くそ、ほねのやつらにやられた!」


 副腎ふくじんくんはひざを押さえながらなみだこらえて言った。


「どういうことなの?」


「あいつら、あちこちにかくれていて、ぼくたちが走って来るとさっと足を引っかけてくるんだよ。転んでいるのはみんなあいつらのせいだ」


「え! ず、ズルじゃない」


「女の子にはやらないみたい」


「そこはいいけど……」


 ——なるほど。だから男の子は転ぶのに、甲状腺こうじょうせんちゃんたちはダイジョウブなのか。


「ってことは、ぼくのときもやられるってこと?」


「そういうことだね」


 たんのうくんは「うう」となみだながしながらそう言った。


 ——ズルなんて卑怯ひきょうだ!


 ここからは女の子チームが続く。骨たちはズルをしてこないだろうと思った。


「ぼくの前がはいくんでしょう? 伝えなくちゃ」


 ぼくはあわてて走った。校庭のほうでは、歓声かんせいが上がっている。もう少しで順番が回って来るのだろう。


はいくん!」


 ぼくがはいくんのところに行くと、そこには肝臓かんぞうくんの姿すがたも見えた。どうやら作戦の確認かくにんをしていたらしい。ぼくは二つにほね組のズルを話した。


「くそ。あいつら。ちょこまかしていると思ったら、そんなことしていたのか」


「ひどいねえ」


 のんびり屋のはいくん×2は顔を見合わせて「うんうん」とうなずいていた。


「どうするの? 肝臓かんぞうくん」


「おれはそんなズルはしねえ。正々堂々と勝負をしたいんだ」


「でも、そんなこと言ったって……」


「うるせえ。脾臓ひぞう。お前、足ひっかけられても転ぶんじゃねえぞ」


「——で、できるかな」


 なんだか心配になってきて声が小さくなるけど、バトンはどんどんと回って来る。一度、おくれを取ったぼくたち1組だけど、女子チームがなんとか持ちこたえてくれたらしい。バトンは同じくらいの速さではいくんたちのところにやってきた。ぼくはしかたなく、自分の持ち場にもどった。


 しかし、やっぱりというか、予想通りというか。はいくんにちょっかいを出すほねがいた。まわりからは見えない隙間すきまから細いほねがすばやく出てくるのだ。はいくんは一つが足を引っかけられると、もう一つが相棒あいぼうを引っ張り上げた。そのおかげでなんとか転びそうになりながらもぼくのところにバトンを回してくれた。


 ぼくはバトンをにぎりしめると、一気に走り出す。足をひっかけられるくらいゆっくり走らなければいいのだと思った。素早く、右足が地面についたかと思うと、左足を下ろす。地面をるように必死に走った。


 ——ちょう高速こうそく足踏あしぶばしりだ! 受けてみろ!


「なんだ、こいつ。ひっかからないぜ」


 そんなあせったような声が耳に入ってきたけど、どうでもいいことだ。ぼくは必死に走り切って腎臓じんぞうちゃん×2にバトンを手渡てわたした——。


 その瞬間しゅんかん。気がゆるんだのだろう。あっという間にほねに足を引っかけられて豪快ごうかいに顔から地面に着地した。




つづく。


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