第3話 遊具争奪戦




 キーンコーンカーンコーン——……。


 チャイムが鳴った。ぼくたちは急いで教科書をつくえむと、教室を飛び出す。


「あ、待ってよ~。脾臓ひぞうくーん」


 後ろからたんのうくんの声が聞こえる。


「ごめん! 先に行ってるから、ゆっくりきて!」


 ぼくの足は肝臓かんぞうくんたち大型臓器おおがたぞうきに比べたら短くて細い。必死に走らないとスピードが出ないなんだから仕方がない。

 息を切らしながら昇降口しょうこうぐちにたどり着く。上履うわばきを脱いでから、外靴そとぐつえる。それから校庭に飛び出した。


 ——今日こそは! ブランコに乗るんだから!


 そんな期待にむね(どこだかわからないけどね)をドキドキさせながら走っていく。だけど——がっかりした。


「今度は、わたしね~」


「次はぼくだよ」


 ブランコの目の前には、白い小さな物がずらーっとならんでいたからだ。


 ——負けた。今日も、負けた……。


脾臓ひぞうくん! はあ、はあ。——やっぱり、ダメ?」


 おくれてやってきたたんのうくんは顔色を緑にしてがっかりした表情をかべていた。ぼくも同じ気持ちだ。

 ここのところ、業間ぎょうかんの時間にブランコをしにやって来ると、となりの1年2組のほねたちがブランコを占領せんりょうしているのだ。ほねたちは全員で約206個いるんだ。すごい数でしょう? 小さい子から大きい子までいるみたいで、クラスの中は大混雑だいこんざつしているんだって。どうして「約」ってつくかと言うと、どうやら人間によってほねの数は少し増えたり減ったりするみたいで、なんだか見たことない子が混ざっているかと思うと、減っていたりもするみたい。


 ほねってなんだか複雑ふくざつだな~。いやいや。ちょっと待って。そんなのんきなことを考えている場合じゃないんだよ。これこれ。問題はこれ。

 ここ最近、ほねたちの間でブランコが流行っているみたいで、こうして休み時間になるとずらりとならぶ。個数が多いから、本当にいつになってもブランコの順番は回ってこないんだ。本当にこまっちゃう。

 ぼくの後ろにならんでいるたんのうくん。その後ろにやってきた甲状腺こうじょうせんちゃんと膵臓すいぞうちゃんも顔色を黒くしていた。


「え~。またほねたちなの? これじゃあ、業間ぎょうかん終わっちゃうじゃないの」


「ほんとだ」


 二人の声が聞こえたのか、ぼくの目の前の肋骨ろっこつくんがり向いた。


「なんか文句ある? ぼくたちだって、ちゃんとならんでいるんだからね」


「でもね。肋骨ろっこつくん……」


 ぼくの言葉に肋骨ろっこつくんはおこり出す。


「あのねえ。ぼくは右第二肋骨ろっこつって言うの。ちゃんと名前があるんだから」


「え? え?」


 右第二肋骨ろっこつくんの目の前にいる同じ形をしている肋骨ろっこつり返った。


「私は左第二肋骨ろっこつよ」


「ぼくは右第十二肋骨ろっこつ


 次々に自己紹介じこしょうかいされても、なにがなんだかわからない。ぼくはオロオロしてしまった。


「ね、ねえ。君たちは全部で何個いるの?」


「ぼくたちは左右十二本ずつ。全部で二十四本いるんだから。みんな少しずつ形がちがうんだし」


「そうそう。第七肋骨ろっこつまでは胸骨きょうこつってほねにぴたっとくっつけるけど、第八から第十二肋骨ろっこつまでは浮いていて自由に動けるんだからな~。いいだろ~」


 右第十二肋骨ろっこつくんは「えっへん」とえらそうにからだを曲げた。


「一人じゃなにも出来ねーくせによ」


 ふと列の後ろから肝臓かんぞうくんが声を上げた。肝臓かんぞうくん、顔に似合わないのに、ブランコ乗りたくてならんでいたみたい。いつもは文句もんくを言うくせに、順番は守るらしい。


「な、なにを~!」


「そうだぞ! 図体ばっかりでかいだけじゃないか! ぼくたちのおかげでお前たち内臓ないぞうは守られているんだからな~!」


 肋骨ろっこつたちと肝臓かんぞうくんのにらみ合いに、他の子たちも集まってきた。


「どうしたの? なに?」


肝臓かんぞうのヤツがぼくたちのことを、『一人じゃなにもできないくせに』って言うんだ」


「えー。ひどい! なによ、わたしたちはみんなで協力をしてからだを支えているのよ。わたしたちがいなかったらフニャフニャしたタコみたいになるだけじゃないの」


「そうだよ、そうだよ。ぼくたちがこまかく分かれているのは、人間たちが細かい動きができるようにするためなんだからな。一つ一つが大きかったらロボットみたいになっちゃうじゃないか」


「へえ~。そうなのかよ」


 肝臓かんぞうくんは自分は悪いと思っていないようで、えらそうな態度を取った。ぼくたち内臓ないぞう組はさすがに肝臓かんぞうくんを止めようとしたが、ほねたちから見たら、肝臓かんぞうくんもぼくたちも内臓ないぞうには変わりない。結局は仲間だと思われたらしい。

 右第十二肋骨ろっこつくんは、ぼくをじっと見つめて大きな声で言った。


「勝負だ! 内臓ないぞう組! ぼくたちほねのありがたさを思い知らせてやる!」


「え? え? ぼ、ぼく?」


「お前も、お前も、お前も、お前も!」


 右第十二肋骨ろっこつくんは、ぼく、たんのうくん、甲状腺こうじょうせんちゃん、膵臓すいぞうちゃん、肝臓かんぞうくんの順に指さした。


「勝負って……」


 ぼくの後ろで小さくしぼんでいるたんのうくんが、小さくたずねた。すると、第十二肋骨ろっこつくんが大きな声で言った。


「放課後、校庭に集合だぞ! どっちがすごいか勝負をするんだ」


「けっ。そんなのおれが勝つに決まってんだろ」


 ——肝臓かんぞうくん、「おれ」って言った? ぼくたち、きみの仲間なのー!?


 そこでチャイムが鳴り出した。先生が大きな声でぼくたちをんでいる。


「授業だぞー! さっさと戻りなさい!」


 ぼくたちはシブシブと校舎に向かって歩き出した。ほねたちと肝臓かんぞうくんはにらみ合い、ドンドンとからだをぶつけ合いながら歩いている。

 これは大変なことになったみたいだ——。


 1年1組内臓ないぞうチーム 対 1年2組ほねチーム。


 給食、食べられるかな? 緊張きんちょうしてきた。おなか(どこだかよくわからないけどね)がキリキリとしてくる。晴れていた空も、灰色はいいろの雲が重くなってくる。なんだかぼくのゆううつな気持ちみたい。


 ——どうなるんだろう? 


 ぼくは重い足取りで教室に入った。



 つづく

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