第2話 給食の時間



 ぼく、脾臓ひぞう。人体学校が始まって一週間が過ぎた。ぼくたち一年生も給食が始まるんだ。

 今日は初めての給食で、みんなうれしそうにしていた。


「それでは、これから給食の時間になる。それぞれちがうものを食べることになる。となりの子とちがうものが配られても文句を言わないように。いいわね?」


 のう先生はそう言った。


 ——みんな食べるものがちがうんだ。ぼくは赤血球と血小板だけど……みんなは、どんなものを食べるんだろう?


 給食当番の子たちが配る箱を見つめて、なんだか、からだがドキドキした。その箱は大きいものあれば小さいものもある。箱の上にはぼくたちの名前が書いてあった。


 みんなに箱が行きわたると、先生は「それじゃあ、箱を開いて」と言った。ぼくの箱は回りと比べると中くらい。中にはお皿の上に赤血球と血小板がのせられていた。


「おいしそう」


 思わずヨダレが出そうになって、あわてて口元をぬぐった。

 となりの席のカラダノくんがぼくの給食をのぞきこんだ。ちなみに、くんは『ぼくの名前は一文字でしょう? きっと言いにくいと思うから、名字から続けてんでもらいたいな』と言っていたので、みんなは、かれのことを『カラダノ』くんとんでいた。


「わ~。なにそれ。おいしいの?」


「え、おいしいよ。これは赤血球と血小板で……」


「あ、そう」


 カラダノくんは「うえっ」って顔をしてから、自分の給食を見せてくれた。銀色の皿の上に小いさくきざまれている色とりどりのドロドロとしたものがのっている。


「な、なあに? それ」


「これはね。食物しょくもつって言うんだよ。ぼくは人間が食べた食物しょくもつをドロドロにする力があるんだ」


「へ、へえ……おいし、そうだね……」


 本当はおいしそうだなんて思えないけど、そう言っておいたほうがいいのだと思った。それからぼくは、後ろの席のたんのうくんを見た。


たんのうくんは何を食べるの?」


「ぼ……ぼくは……——」


「え?」


 たんのうくんは、ごにょごにょごにょと何か言った。たんのうくんは、ぼくよりもさらに自信がないみたいで、声が小さい。


「なあに?」


 ぼくもられて小さい声で聞き返すと、かれは「これ……」と小さいビンに入っている黄色いような、茶色いような液体を出した。


「それ、なあに? ウンチの色みたい」


肝臓かんぞうくんが作ってくれる胆汁たんじゅうっていうものだよ。脾臓ひぞうくんのいう通り、これがウンチの色になるんだ。ぼくはこれを貯めておく仕事だから……」


「へえ。胆汁たんじゅうって言うんだね」


「た、胆汁たんじゅうは、ウンチに色をつけるだけでなくて、カラダノくんから送られてきた食物の中のあぶらを細かくして、栄養を吸収きゅうしゅうしやすくする働きがあるんだよ」


「すごいね! それをキミが貯めておくんでしょう?」


「そ、そうなの……」


 たんのうくんとニコニコっとして話をしていると、のう先生のおこっている声が聞こえてきた。


「こらあ! 肝臓かんぞう!! お前、なに酒なんて飲んでんだよ!」


 ぼくたちはおどろいて肝臓かんぞうくんを見た。肝臓かんぞうくんは、自分で持ってきた水筒すいとうつくえに置いて、のう先生に文句を言っていた。


「別にいいじゃねえかよ。うちの父ちゃんたちは酒、飲んでるぜ?」


肝臓かんぞう。あのねえ、お前はまだ子供だ。子どもの肝臓かんぞうではお酒の悪い成分を分解する力ができ上がっていないんだ」


 先生はそういうと、みんなに向かって声を上げた。


「みんなもそうだぞ。キミたちはまだまだ子どもだ。大人の臓器ぞうきと同じ働きができるわけではないから。そこのところは気を付けていかないといけないんだぞ」


 ——まだまだぼくたちは子どもだっていうことか。


「酒は水の部分は吸収きゅうしゅうされてしまう。だから腎臓じんぞうにすぐ回るんだ」


 先生の言葉に、窓際まどぎわの席にいた腎臓じんぞうちゃんたち——腎臓じんぞうちゃんは双子ふたごだ——は顔を見合わせて「えへへ」と笑った。


「そうそう。お父さんもお母さんも。お酒が入ってくると仕事がいそがしくなるからイヤだって言っていたよ」


「そうそう」

 

 二人の話を聞きながらのう先生は肝臓かんぞうくんに言った。


「残った中身はそのまま肝臓かんぞうに回る。お前はそこで酒を『アセトアルデヒド』という物質に変える」


「そんなのは父ちゃんから聞いてるって」


「じゃあ、お前はそのアセトアルデヒドを体に悪さをしないものに変える力があるのか?」


 のう先生の質問に、肝臓かんぞうくんは、めずらしく口をもごもごとさせた。


「そ、それははあるよぉ」


「そうだ。できないんだろう? ——お前のお父さんやお母さんみたいに、アセトアルデヒドを人間に影響えいきょうのないものに変える力が、お前には、まだまだ足りない。だから子どもが酒を飲むと、悪いアセトアルデヒドがたくさん残ってしまって、からだの中が大変なことになるんだぞ」


 ——え! お酒ってそんなにこわいの?


 ぼくはおどろいて、たんのうくんを見た。たんのうくんも心配そうに、まゆ毛をハの字にしてぼくを見た。


「アセトアルデヒドという物質は、からだに残ると心臓しんぞうがドキドキしたり……」


 そこで自分の名前が出た! とばかりに一番後ろの席の心臓しんぞうちゃんが「わたし?」と顔をあげた。心臓しんぞうちゃんは、からだが大きいから席が一番後ろなんだって。


「気持ちが悪くなってきそうになったり……ひどくなると意識いしきうしなって、血圧けつあつが下がったり、呼吸こきゅうが止まってしまったりするんだ」


 教室中がざわざわとなった。


「お酒って、そんなにこわいの?」


「子どもには絶対ダメよね?」


「もし、入ってきたらどうすればいいの?」


 大さわぎになってきた教室だけど、のう先生が手をパンパンと打ち鳴らした。


「——と、いうことがあるからね。肝臓かんぞう。お酒はお前にはまだ早いということだよ。わかったね?」


「ちぇ!」


 肝臓かんぞうくんは、ほっぺをふくらませてから、おもしろくない顔をした。

 そして目の前の席の膀胱ぼうこうくんのイスを蹴飛けとばした。膀胱ぼうこうくんは水分がないと、とっても小さい。


「ひやっ!」


 と膀胱ぼうこうくんは悲鳴ひめいをあげて、ますます小さくなった。


「ともかくだ。みんなはこれから大人になる。キミたちに必要なものをしっかりと食べて、ちゃんと大きくなれるようにしなくてはいけない時期だ。給食はただの楽しみではなく、自分たちを作る大切な時間だと思って大事にすること。

 今日食べたものがすぐに栄養になるわけでもないんだ。一か月後、半年後……みんなの臓器ぞうきを元気にしてくれるみなもとが給食だ。元気でりっぱな臓器ぞうきになるために、しっかり食べること。いいわね?」


「はい、先生」


 ぼくも大きくうなずいた。


 ——ぼくは立派りっぱ脾臓ひぞうになるんだ。そして、人間を助ける!


 他のみんなも同じ気持ちなのかも知れない。自分の目の前の箱に入っている給食をだまって食べ始めた。

 それにしても学校の給食はおいしい。お母さんの用意してくれる赤血球よりもおいしいんだ。


 ——そうだ! ぼくの好きな教科は給食にしよう! 決めたもんね。




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