2章-36

一人になった部屋で、ベッドに腰掛け、もう一度状況を整理してみる。

さっきは情報が怒涛のように押し寄せたので、まだ頭が整理し切れていない。


キーアイル卿は、この世界の支配者となるべく、世界樹の再生をコントロールしたがっている。

ダンデ、というか聖樹教会は、世界樹の管理者として製法を欲しがっている。

なんか、最終的に目指してるところ、どっちも同じじゃない?

教会は、実害ないから放っておこうと思ってたけど、さっきの話聞く限り聖女は魔導具の力で信者増やしてるみたいだし、結構悪者?

まぁどっちにしたってどうこうできる規模の相手じゃない。

せめて製法だけは知られないようにしなくちゃ。


そして残る問題、この部屋からの脱出だ。

良くある脱出ゲームなんかじゃ、ベッドから針金を取ったり椅子からボルトを取ったりするんだろうけど、ぱっと見た感じはめ込み式の木材で、金属は使われていない。

ランプも中はロウソクではなく、電球のような物が光っているだけだった。

もっとゲームやっておくべきだったな、部屋を見渡しても探るべき場所が思い付かない。


一休みしていたらまた寝ていた、もう完全に体内時計狂ってる気がする。


さて、脱出の続きだ。

絨毯をめくろうと思ったが、端が見つからず断念。

椅子でドアを叩こうと思ったが、重くて断念。

机に乗って天井から、と思ったが、届かない。

あーもう!すぐ詰んだし!無理ゲーかよ!


諦めて不貞腐れていると、ダンデが入ってきた、食事の時間らしい。

今日もいつものパンとスープだ、いい加減飽きてきた、温かいスープが飲みたい…

ダンデが出ていった後、思い立ってバッグから魔法ノートを取り出す。


「確かこの辺に…あった!」


物体を温める魔法だ。

この魔法、生活魔法なのだがその用途は広く、戦闘にまで使えてしまう優れもので、昔はほぼすべての人が使えていたという逸話がある。


「レンチン!」


一瞬で目の前のパンとスープから湯気が出てきた。

早速はふはふ言いながら食事を平らげる。

あんなに不味かったスープも、熱々だと結構おいしかった。

わざわざ俺専用メニューなんて作らないだろうから、使用人と同じ食事なのかな?

そう考えると、ここの使用人良いもの食べてるな。


そんな益体もない事を考えていると、食後の微睡みに抗えず、ベッドに横になる。


気付けば食器は片付けられており、机の上には

何もない。

せめて水差しくらいは用意しておいて欲しいものだ。


時間はどの位経ったのだろうか?

あまり帰るのが遅いとユレーナが乗り込んで来そうな気がするから、出来るだけ早く帰ってあげたい。

貴族邸を襲撃なんて笑えない、反逆者の烙印を押されたら実家にまで累が及ぶだろうから。


でもなかなか名案が浮かばない。

リアル脱出ゲームがこんなに難易度の高いものだとは思わなかった。

普通のやり方じゃ無理なんだ、それこそ魔法でも無い限り。


ん?

あ、魔法…俺使えるじゃん。

いやダメダメ、さっき結界があって魔法は使えないって言われたわ。

うーん、魔法、いい案だと思ったんだけどなぁ…

ふと何気なくお腹を触っていて気付いた。

あれ?俺スープ温めなかった?


よし、ものは試し。


「ウインド」


ちゃんと手のひらから微風が吹き出す。

出た。

え?魔法使えちゃうよ?結界って嘘だったの?いやいや、でもあの感じは絶対な自信が見えた。

もう一度ダンデに言われた言葉を思い返す。

聖樹様のマナもここまで届かない…だったか。

マナが届かない、だから魔法が使えない、ということはこの部屋にマナは無いという事になる。

でも俺は魔法を使った。

…そうか!自分産マナか!

外からのマナが遮断されても俺、自分でマナ出せるじゃん!

なんで気付かなかったんだー!

恥ずかしさと悔しさで、頭を抱えて思わず部屋をゴロゴロと転げ回ってしまう。


一頻り興奮をさらけ出してようやく落ち着いた。

脱出は簡単だ、帰還魔法で帰ればいいんだから。

問題はタイミングだ。

逃げ出す以上、この王都には居られない。

王都脱出の時間を稼ぐ為にも、次の食事の後片付けをしてもらった直後が一番いいだろう。

気付かれるまでに王都を脱出出来ればこちらの勝ちだ。


やることが決まれば、この待つだけの時間がひどくゆっくりに思える。

しかし焦っても仕方がない、ここは落ち着いてトレーニングでもしておこう。


ダンデが食事を持って入ってきた。

床に座禅を組んでいた奇妙な俺を睨んで、舌打ちを一つ、すぐに帰って行った。


ゆっくりと立ち上がり、最後の食事に手を伸ばす。

せっかくなのでまたレンチンで温めて食べた。

一応これも貴族料理だ、もう食べる機会はないかも知れないから味わって食べよう。


お腹が膨れると、またトレーニングを行う。

落ち着いて、心を平らに…

次に食器を下げにきた後が勝負だ。


それからしばらく後、部屋に近付く足音が聞こえ、ダンデが姿を表す。

さっきと変わらずこちらを一睨みして食器を持って部屋を出て行った。

足音を注意深く聞き、部屋から離れていった事を確認する。

よし、作戦決行だ!


「リターン!」

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