2章-37
夜の王都、家では暗がりの中、4人が机を囲んで難しい顔をしていたが、最初に俺に気付いたのは、ちょうど正面にいたリリアだった。
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がり、机を乗り越えて俺にダイブしてくる。
ぐふぅっ
な、なかなかの威力だ、リリアミサイル。
遅れて三人がこちらを振り向く。
「ヨウ様!」「ヨウさん!」
「ただいま」
呑気に挨拶してる場合じゃないけど、みんなの元に帰れたんだから、言ってもいいはずだ。
「一体二日もの間、あの貴族の所で何があったのですか!?それに魔法で帰ってくるなど…」
「ごめん、色々あってね。とにかく今は時間がない。掻い摘まんで説明するからよく聞いて」
世界樹ポーションの製法を求めて軟禁されたこと、キーアイル卿の野望、聖樹教会の思惑など、これまでに起こったあらましを皆に伝えた。
「あの貴族め、その首刎ねてやる!」
「仇討ちは妻の務め。魔法さえ封じられなければあのような輩など瞬殺です!」
「落ち着いて!俺生きてるから仇討ちはおかしい!そして首刎ねたらそれこそ犯罪者だから!」
物騒な二人を宥める時間も惜しいが、放っておくと本当に飛び出して行きそうなので、奥の手を使おう。
二人をそれぞれ片方の腕で抱きすくめ、近付いた二つの耳に囁く。
「心配してくれてありがとう。これから忙しくなる、二人の力を貸して欲しい」
「は、はい!もちろんです!内助の功、とくとご覧下さいませ!」
「お任せください!ヨウ様の前に立ちはだかるもの全てを屠りましょう!」
恥ずかしいが効果は覿面。
俺、フィーネ、ユレーナは、耳まで真っ赤だ。
よし、これで話を聞く態勢になったな。
一度みんなの顔を見て、深呼吸してから決意を口にする。
「今すぐこの街、いや、この国を出る」
4人とも真剣な眼差しで俺を見つめて、次の言葉を待っている。
正直びびっているが、リリアの握った拳の震えを見て、勇気を奮い立たせる。
「行き先は西方諸国、最終的にはカバリアへ向かう。この国へは、恐らく戻ることはない…ユレーナ、すまない」
ユレーナに頭を下げる。
本当に申し訳ない。
アグーラさんにイレーナさん、あんなにお世話になったのに。
ユレーナの実家だ、家族だ。
それを俺は切り離そうとしている。
でも分かって欲しい、これ以上迷惑を掛けられない、本当に危なくなるかもしれないから。
「ヨウ様が謝ることはありません。前にも言いましたが、ヨウ様の隣が私の居るべき場所です。実家に累が及ばないようにとのご配慮、感謝いたします」
深々と礼をするユレーナ。
俺は言葉が出なかった。
「シル姉様の所には?」
「…帰らない。場所的に、次の世界樹へ進む為には結局キールを経由しなくちゃいけなくなる。帰るのは次の拠点ができた時だ」
フィーネは少し寂しそうに俯いたが、すぐに顔を上げ俺を見た。
「ヨウさん、私は何をすればいいの?」
「フィーネはリリアと一緒に、必要な物を持ち出す準備を。かさばる物は置いていって構わない、準備出来次第出発して」
「はい!」コクコク
すぐに動き出すフィーネとリリア。
普段から家事で一緒に居ることが多いから、チームワークは文句なしだ。
「ユレーナ。モクロと一緒に食料の買い出しを頼む。水はいらない、保存食だけあればいい」
「はい!」「おう!」
「ごめんフィーネ、外套は人数分ある?」
「いえ、子供たちの物がありません!」
「ユレーナ、子供用の外套2つ追加だ。この家は見張られているから、できるだけ目立たないようにしたい」
「承知しました!」
「それぞれ出来るだけ遠回りをして西門を抜けたあたりで合流しよう。追っ手をまければ御の字だ」
「ヨウさんはどうされますの?残るとか言わないで下さいね?」
「俺は今屋敷に囚われている事になってるから、皆が出ていった後、こっそり裏の窓から脱出するよ」
「一人など危険です!ユレーナ、あなた護衛ならば…」
「いや、大丈夫。向こうはこっちの人数を把握しているから、皆が外に出ればこの家自体はノーマークになるはずだ。みんな頭に入ったね?時間がない、作戦開始だ!」
ユレーナとモクロは、袋をかき集めて家から飛び出し、フィーネとリリアは既に荷造りの真っ最中だ。
俺は一人、二階の寝室のベッドに腰掛け、これまでの事、これからの事を考える。
「ヨウさん」
どれほど思案に耽っていたのだろう、フィーネが入ってきた事に全然気付かなかった。
「準備出来たかい?」
努めて明るく言ってみたが、フィーネは泣きそうな顔で俺を見つめ、不意に駆け出し勢い良く抱き締められた。
どうすればいいか分からず、俺の手は宙に浮いたままだったが、やがてフィーネの背中に手置いて優しくたたく。
「ヨウさん、何か嫌な予感がするのです。お父様やお母様が殺された時のような…」
「大丈夫、戦争に行くわけでもなし。ちょっと街から出るだけだよ。リリアの事、頼むよフィーネ」
「はい…」
「明かりは全部消して鍵は掛けずに、机の上に置いておいて。気持ちの整理がついたら出発するんだ」
「はい…」
名残惜しそうに俺の体から離れていくフィーネを優しく見守る。
今生の別れという訳でもないので、俺はそんなに気にしなかったが、肉親を殺されているフィーネにとっては胸が締め付けられる思いなのだろう。
下の階からドアの閉まる音がする。
どれくらい時間を空ければいいのか分からないので、暗がりの中、植物ノートを取り出して目を凝らしながら読む。
何も考えず、ただノートのページをパラパラとめくり、気分を落ち着ける。
暗がりでの読書は殊のほか目にきた、ショボショボする…
そろそろいいかと思い、忍び足で階下へ降りると、最初にここに来た時のように生活味のない空間があった。
家具はあっても暖かみがない。
みんなの存在がないだけでこんなに殺風景に見えるものか…
みんながまた落ち着ける場所を作ろうと決意を新たに、裏手に当たる窓に手をかけたその時。
ガチャ
玄関のドアが開く音がした。
誰か忘れ物でもしたのかと思い、姿を確認しようと目をやると、身覚えのない背格好の男が立っている。
ずっと暗がりにいて目が慣れているから間違いない、知らない奴だ。
男は後ろ手でドアを閉めると、携帯用の小さいライトで部屋を照らした。
大方、無人になったと思ってポーションの製法を探りに来たんだろう。
しばらく息を潜めて観察していたが、このままではいずれ見つかるし、行動に移すべきか。
「捜し物は見つかったか?」
「うわぁぁぁっ!」
声を掛けると、お化け屋敷で出すような叫び声を上げて、男は腰を抜かした。
案外ヘタレかもしれない。
暗がりからヒタヒタと歩いてくる俺を見て、半べそをかき、腰の抜けた状態で後ずさる。
そういう事なら平和的に解決できるかもしれない。
「出ていけ、この家から、出ていけー」
お化けっぽく言ってみた、悪ノリである。
しかしこれが良くなかったのか、男は恐慌状態から回復し、ヨロヨロと立ち上がった。
「じじい!お前は屋敷に居るはずのじじいだな!隠れていればいいものをノコノコ姿を出しやがって、俺が殺してやる!」
あれ?予想外の展開になったぞ?
違うの!やっぱさっきの無しで!
「待て待て!なぜ殺されなければいけないのじゃ!」
「俺が知るか!そういう命令なんだ、覚悟しろ!」
ひぇぇぇ!話が通じない!これが問答無用というやつか!
男はナイフを構えて近付いてくる。
ええい、仕方ない!
「コーマ」
眠らせてその隙に…と思ったが、男が眠らない。
代わりに男の腕に着けられた装飾具が、淡く光っている。
ヒュゥー
男が呑気に口笛を鳴らし、ニヤニヤと話しかけてきた。
「今魔法を使いやがったのか、おっかねぇじじいだ。しかし残念だったな、この魔導具がレジストしてくれたみたいだぜぇ?持っててよかった魔導具ちゃん!」
男は装飾具にキスを何度もしている、気持ち悪い奴だ。
…まずい事になった、魔法が効かないなんて聞いてないぞ、大ピンチじゃないか!
にしてもおかしい、ポーションの製法を探りに来るのに魔導具を持たせるか?
いや、明らかに俺を狙ってきている気がする。
「狙いはなんじゃ?ポーションの製法か?」
「さぁなぁ?一応物取りって設定だから、話したいんだったら聞いてやるよ。ま、殺すけどな!」
「ワシなんかを気にするとは余程シウ殿も暇と見えるの」
「じじいが知った風な口聞くんじゃねぇよ!」
なるほど、教会の手の者か…
それ程までにポーションの製法を欲しがるか、教会はどこまで欲深いのか。
しかし相手の素性を知ったところで今の状況が変わるわけではない、依然ピンチだ。
ここでこの男をなんとかしないと、確実にみんなの所に行くだろう。
俺が倒さなきゃ、俺が!
「ウインドカッター」
風の刃が男に迫り、髪を数本切り飛ばして、奥の壁に傷跡を残す。
だめだ、平和な暮らしになれた俺が人を傷付けるなんて難易度高過ぎる!
「あぶねー!何してくれてんだじじい!死ねやぁ!」
ぎゃーー!ほんとに襲ってきた!
椅子を倒し、机を倒し、逃げようとするが、男は巧みに躱し俺に迫ってくる。
踵が壁に当たる。
やばい、もう後がない。
こんな状況でもまだ踏ん切りがつかず魔法を躊躇してしまう自分が情けない。
「行き止まりだ、じじい。死ね!」
男がナイフを突き出してくる。
ごめんシル!俺、ここまでみたいだ…
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