2章-35
「え?今日からというのは?こちらに泊まるだけではないのですか?」
「何を呑気な。平民を客として泊める貴族など居るはずが無いであろう。そなたは死ぬまでこの部屋で暮らすのだ」
うん、ちょっと言ってる意味が分からないです。
え?監禁されたって事?なんで??
「すまぬが状況が分からぬ。先程キーアイル卿も言っておられたが、説明してもらえるかの?
」
「やれやれ、物わかりの悪い…そなたの知るポーションの製法が、他に知れるのは都合が悪いという事だ」
そんなこと言ったって、世界樹の葉を使ったレシピなんて誰でも思いつ…かないのか…
だから何百年もマナを消費し続けるだけだったんだ。
ここ百年は魔法禁止のお陰で消費されるマナは減ったけど、一度枯れ始めた世界樹自体の復活には成功していない。
数の少なくなった世界樹の葉を使うなんて、想像も出来ないのだろう。
「製法を知ってどうする?渡したポーションで世界樹の維持には事欠かんはずじゃ」
「世界樹は聖樹教会が管理すべき宝。その再生の術を聖樹教会が知り、管理するのは当然の権利、そなたの胸一つに留めておくものではない」
権利の独占…それで製法を追い求めるのか。
まさか聖樹教会が絡んでくるとは思わなかった。
そう言えばディンクさんが、キーアイル卿が教会に傾倒してるって言ってたっけ。
とりあえず今の状況は把握できた。
「そのような理由では製法を教えることはできん」
「いいのかな?そなたが断れば、家の者が困ることになるかも知れんぞ?まぁ先は長い、ゆっくり考えろ」
言うだけ言って執事は踵を返し、部屋から去り扉を閉める。
ガチャリ
重厚な音が部屋に響き渡り、鍵を掛けられたのだと気付いた。
急いで扉に駆け寄るが、ノブが無い。
完全に監禁するための部屋ということだ。
もしかするとフィーネもここに囚われていたのかもしれない。
そんなことよりさっきの執事、ダンデか、家の者が困るとか言ってたな…
ユレーナが居るから大丈夫だとは思うけど、俺が帰らなかったら、逆に何をしでかすか分からないぞ。
いや、もしユレーナが居ない時を狙われたら?
子供達やフィーネに戦闘力はない、もし彼女たちに何かあったら俺は…
しかし製法を教えたところで、奴等が無事に返してくれるとは限らない。
くそっ、一体どうすれば…
堂々巡りの頭を整理する事ができずに、ぐるぐると部屋を歩き回っている内に時間が経ったのか、再びダンデが現れた。
「少しは落ち着いたかな?食事を持ってきたので食べなさい。今死なれても困るのでね」
「腹なぞ減らん。それよりキーアイル卿と話をさせてくれんかの」
製法を話す気がないと悟ったのか、ダンデは口を開かず、食事を机に置いてすぐに部屋を出て行った。
とりあえず考え付いたのは、キーアイル卿と話しをするという事。
まだ卿の考え、というか本心を聞いていない。
もしかすると、誤解があったり勘違いをしたりして、引くに引けない状況になっているのかもしれない。
ぐぅ。
さっきは強がったけど、お腹は空くんだよね…
持ってこられた食事を見ると、パンとスープのようだ。
食べてみるが、パンはカチカチ、スープは具なし、しかも冷えてしまって不味い。
これが続くと思うと気が滅入るな…
さて、これからどうするか。
やはりキーアイル卿と話してみる以外、今のところ他の考えが浮かばない。
こんな時ユレーナが居てくれたら、なにかヒントになるような事を言ってくれそうなんだけど。
いたずらに時間だけが過ぎていき、またダンデが部屋に入ってきた。
「食事は食べられたようだな、結構。少しは話す気になったかな?」
「とにかくキーアイル卿と話をさせてくれ。まずはそれからじゃ」
空になった器を持ち、またしても何も話さずに部屋を出て行くダンデ。
分かってやっているのか、無視されるのは精神的にキツいものがある。
窓もないので今が昼なのか夜なのかも分からない。
屋敷に着いたのがお昼前だったはずだから、おそらく今は夕方から夜くらいだとは思うけど…
灯りは魔導具と思われるランプだけだが、結構明るいせいで、体内時計はすぐに狂いそうだ。
気が付くと、眠っていたのかベッドを涎で汚してしまっていた。
こんな時でもしっかり寝る俺ってどうなんだろう…
起きてから思ったが、監禁っていうか軟禁だね、この状況。
ちゃんと食事もあるし、寝かせてもくれる。
拷問とかそういうの想像してただけに、すごく扱いが良く感じてしまう。
しばらくぼーっとしていると、ダンデが部屋にきた。
「食事だ」
「キーアイル卿と話をせん限り、ワシから言う事は何もないぞ」
こちらを一瞥し、食事だけを置いて出て行く。
うーん、進展がないな。
部屋を出ようにもドアノブがないから開けられない。
する事もないのでベッドでゴロゴロしていると、また眠ってしまったようだ。
「起きろ」
「ふぐぉ?」
いきなり声を掛けられ飛び起きたら、そこにはキーアイル卿が立っていた。
「こ、これはキーアイル卿!」
「話しをしたいと言うから来てみれば、いいご身分だな」
「このような部屋に閉じこめておいてよく言うわい。キーアイル卿にお尋ねしたい、世界樹ポーションの製法を知ってどうする?」
「知れたことを。世界樹の管理に決まっておろう」
「そんな事は聞いておらん。どうせろくでもないことを考えておるんじゃろう」
「ろくでもないとは酷い言い草だ、訂正せよ」
「なぜ訂正せねばならん。聖樹信仰はどうなったのじゃ?聖樹様は全部お見通しじゃぞ?」
「くっはっはっ!貴様が聖樹を語るか!よかろう、聞かせてやるわ。この世界でキーアイル家だけが製法を独占する。この国の王どころか、各国がワシに跪き、教えを乞うだろう。わかるか?ワシがこの世界の真の支配者となるのだ!」
「各国の世界樹は枯れかけておるとはいえ、まだ枯れてはおらんし、聖樹教国はまだ青々と茂る世界樹もあると聞く。製法だけで世界が跪くはずがなかろう?」
「ふんっ、ワシは魔法が使えるのだ!教会の使う紛い物の魔法ではなく、真の魔法がな!もはや教会なぞ過去の遺物!世界樹はワシの為だけにマナを垂れ流せばよいのだ!」
ダンデの目がすっと細くなりキーアイル卿を睨んだかに見えた。
この二人、目指すところが違うんじゃないか?キーアイル卿の本心は、教会とは別の所にあるみたいだし。
もうちょっと煽ってみるか。
「真の魔法じゃと!?しかし魔法は世界法律で禁止されておる!」
「そんなものすぐに破棄することになる!軍事行動を起こすのにわざわざ法律を守ってやる義理もない」
「そんな、戦争を起こす気か?」
「…ちっ、話しすぎたか。この老いぼれめ、くたばる前に製法を吐けよ。ダンデ!食事の回数を減らせ!」
「はっ!」
肩を怒らせたままキーアイル卿が部屋を後にする。
頭を下げていたダンデは、こちらに向き直り冷たい目で言い放つ。
「そなたも魔法を使うのだろう?聖樹様の近くでマナが光っておったぞ」
しまった…見られていたのか!
言い逃れ出来そうにないが、認めるわけにもいかない。
「無言は肯定と受け取るぞ?まぁいい、シウ様の言う通り魔法を使う平民がいたとはな」
「シウ?」
「おや、お忘れか?年は取りたくないものだ。会っただろう、聖女シウ様に。この街のシスターだ、今はもう居ないだろうがな」
ダンデの言葉に記憶を手繰り寄せる。
シスター、シスター…聖樹教会のシスター…
あ!あの時の!
「シウ様は魅了と幻惑の魔導具を身に付けておられたのに、そなたは何とも無かったのだろう?魔法以外考えられないと、シウ様の命令で監視させてもらった」
あのシスターも一枚噛んでたのか…というか話しを聞く限り黒幕っぽいな。
聖女とか言ってるし。
「魔法が使えたらどうだと言うのじゃ?ド派手に破壊してやろうかの?」
「この屋敷は旧時代からある建物でな、この部屋にはマナ封じの結界が張られている。いくら聖樹様のマナと言えどもこの中までは届かぬから魔法は使えん」
「結界!?」
「残念だったな、最後の手段も封じられたぞ?製法を言えば楽になるのだ、よく考えろ」
そう言い残してドアは再び固く閉じられた。
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