2章-34

次の日、モクロとリリアはフィーネを見てすごく驚いていた。

昨日までお婆さんだったのが、朝起きたら美人のお母さんみたいになっていたのだから。

リリアは特に喜んだ。

しばらくこのままでいいかなと勝手に考えたが、フィーネはちゃんと考えていたようで、リリアに言い聞かせる。


「リリア?この姿は今この時だけ、すぐに昔の姿を取り戻すの。私はあなたのお母さんにはなれないけれど、お姉さんになるわ」


リリアは半べそをかきながら、フィーネにぐりぐり顔をこすりつけていた。


朝のマナ送りは緊張した。

今までは相手が見た目お婆さんだったからあまり気にならなかっけど、一旦若返ってしまうと、その、胸が、あるわけで…


「ヨウさん、目を閉じてらして。私が」


そういって手を取り、自分の体へ誘導してくれるので、甘えさせてもらった。


ポヨン。


「あんっ」


ちょぉーー!なにやってんのー!

真っ赤になって手を引き戻すが、手には先程の感覚が残っている。


「あら、間違えちゃいましたわ。てへぺろ」


フィーネも使うのか!それ!


「今朝は無し!また夜にね!」


「ごめんなさい、ヨウさん!許して!ちゃんと朝もしないとせっかくマナが馴染んでいるのに…」


「もう…次やったらマナ送り自体やめるからね!」


「すみません…ところでヨウさん、私の胸どうでしたか?」


「どうって…や、柔らかかったよ…」


再び真っ赤になる俺、なに正直に答えているんだ。

言われたフィーネも赤くなっている。

端で見ている子供二人はポカーンとしているが、ユレーナだけは鬼の形相だ。


「ほら、フィーネ。やるよ」


気を取り直してフィーネと向き合い、今度は自分でフィーネの胸に手を置いてマナを送った。



それから数日後、マナ送りの途中に手が添えられ、フィーネからストップがかかった。

少し離れて容姿を確認すると、女子高生くらいだろうか、あどけなさと大人の雰囲気が入り混じった、とても魅力的な女性になっている。


「綺麗だよ、フィーネ」


何のてらいもなく出た言葉に、フィーネは顔を真っ赤にしたかと思ったら、手で顔を覆い二階へ走っていってしまった。

言葉選びを間違ったか…可愛いね、くらいで良かったのかもしれない。

対女性経験値が少な過ぎる俺には、難易度の高いミッションだったようだ。


「ともかく、これでもう不愉快な時間は無くなるという訳ですね」


「不愉快って…ユレーナにもマナ送りしたげよっか?多分ユレーナは何も感じないよ?」


「おお!!是非!さぁ今すぐやりましょう!!」


いそいそと服を脱ぎ出そうとしたので、重力魔法でぷちっとしておいた。



それからさらに数日後、世界樹ポーションが底をついてしまった。

今まで樽単位で使っていたので仕方ないが、もっと計算して使わなければいけなかったかも知れない。

俺の分も無くなったので、若返りも延期だ。


パッと上を見た限り緑の葉が生い茂り、樹皮剥がれも落ち着き、若木とはいかないが世界樹は元気を取り戻したように見える。

ユレーナもモクロもマナは格段に増えていて、もうすぐ街全体を覆うんじゃないかと言っている。


世界樹再生は成ったと言えるだろう。

感慨深く世界樹を眺めてから、最後の仕上げとばかりに、世界樹にマナを送り込んでゆく。



シルへの報告は夜にまとめて済ませた。

若返ったフィーネを見て、泣きながら喜んでくれて、フィーネも泣いていた。


「シル、世界樹一本目、再生させたよ」


俺の報告にシルは涙こそ流さなかったものの、頭に張り付き、ヨシヨシと撫でる。


「よく頑張ったね、ヨウ」


こんなに素直に褒められたら茶化すことも出来ない。

しかし、お構い無しの二人が間近に迫ってきていた。


「ヨウさん、約束通り今日は第一夫人を決めて下さるわよね?」


「さ、ヨウ様。私をご指名下さい」


あー、そういやそんな事言ってたっけね…シルに責任を取ってもらおうと頭の上に手をやるが、うまく躱されてしまった。


「いや、でも、あ!そう!俺はまだこんなだから、俺が若返った時に考えよう!ねっそれがいい!」


「まぁそれも一理ありますわね」


「確かに子作りには体力も必要だな」


セーフ!なんとかごまかせた!

なんか恐ろしい事言ってる人もいるけど、今は突っ込まないぞ。


「と、とりあえずまだ貴族への挨拶も残ってるし、落ち着いたらまた帰るよ、シル」


「うん。ありがとね、ヨウ。最後まで気を抜くんじゃないわよ」



そろそろキーアイル卿に顔を出しに行こう。

と言っても作法が分からないので、ディンクさんに相談しに行くと、すぐに手配してくれた。

返事もすぐに貰えたようで明日面会出来ることになった。

ディンクさんが驚いていたので異例なのだろう。

帰りに一階の酒場に寄ると、いつもいるメンバーが酒を飲んでいたので、マスターに言って酒を奢らせてもらった。

気を良くした男達は口も軽くなり、色々な事を話し出す。

その中には世界樹が元気になったから景気が良くなったとか、世界樹のおかげでかみさんの機嫌がいいとか、あまり関係無さそうな事まで世界樹のせいになっている。

王都の人にとっては身近なので、緑を取り戻した世界樹の姿に、どこか安心感を得ているのかもしれない。


次の日、初めて面会した時のように、三人揃ってキーアイル卿の屋敷を訪れた。

手土産は、鍋を浚ってかき集めた世界樹ポーション一瓶。


「キーアイル卿、本日はお忙しい中の目通り、感謝いたします。ヨウ殿をお連れいたしました」


「うむ、ご苦労だったな、ディンク君。さて、ヨウとやら、世界樹をあのような姿にしたのはその方で間違いないか?」


「はい。ご依頼通り世界樹ポーションを作製し、世界樹を再生させましてございます」


「ふむ、儂が依頼したのは、その世界樹ポーションとやらの作製だけだったのだがな」


あれ?なんか雲行きが怪しいぞ?

顔を見た時に思ったけど、世界樹が元気になったのにあまり嬉しくなさそうなんだけど…


「して、世界樹ポーションは今後どのくらいの量をいかほどで作るのじゃ?」


「世界樹ポーションは、残りこの一瓶限りとなりまして…しかし、これを原液としてレージュ液で伸ばせば、問題なく世界樹は維持できますので…」


机に世界樹ポーションを置き、必死に説明するが、卿の顔はみるみる真っ赤に染まり、激怒している事が伺える。

理解が追い付かない俺の頭は、今にも煙を上げそうだ。


「少し老輩と話をせねばならん。他の二人は今日は帰りたまえ」


すかさず執事が近くに寄り、軽く頭を下げながらも二人に退席を促す。

ディンクさんはポリポリと頭を掻きながらも立ち上がるが、ユレーナは動かない。


「ユレーナちゃん、行こう」


「私はヨウ様の護衛でもある。置いてなど行けるものか」


「そうは言っても今は剣も預けてるし、ヨウ殿だって子供じゃないんだから…」


「無手でも遅れを取る事はない」


何か危険を感じ取っているのか、動こうとしないユレーナを見て、卿がオレを睨んでくる。

この圧力は分かりやすいから俺でも分かる。


「ユレーナ、ワシなら大丈夫。今日は帰って休みなさい」


「しかし…」


「大丈夫、話をするだけじゃ」


納得した様子はないが、俺に刃向かうわけにもいかず、やむを得ず席を立つ。

二人が連れ立って部屋を出ていったが、卿はなかなか口を開かなかった。


二人が完全に帰るのを待っていたのか、しばらくして執事が戻ると漸く話す気になったようだ。


「さて、老輩よ。儂が依頼したのはポーションの作製だ。何故勝手に使用した?」


「そ、それは…ポーションの効能を調べなければなりませんので…」


「では効能を調べる内に、世界樹がああなったと?完成もしておらんポーションをこうして持ってきたのか?」


「いえ、ポーションは完成しました!土壌改良に使用した為、この一瓶が最後になりましたが…」


「最後の一瓶だと?もう作れんと申すか!?」


卿の顔がまたしても赤く染まり、怒り心頭という表情で詰め寄ってくる。

沸点の低い人だな、なんか逆に冷静になれるわ。


「はい、素材がもうありませんので…ですが先程も申し上げましたように、レージュ草という一般的な薬草で伸ばして、日に一度土に振りまけば問題なく世界樹は維持できるかと…」


卿は首を振り大袈裟に溜め息をつく。


「勝手に儂のポーションを使い込み、これが最後の一本で、後は自分で作れと?ふざけるのも大概にせよ!」


やべえ、めっちゃ怒ってるじゃん。

確かに言われてみると卿の言う通りで、俺に非があるように思えてきた。

どうすればいいのか分からない、答えが見つからない…


「製法は?製法を教えろ」


世界樹の枯れ葉をマナで再生したなんて、口が裂けても言える訳がない。

世界樹の葉っぱを使ったという事自体、普通に考えれば生えているのを毟ったとなるので、アウトだろう。

詰んだな。


「製法は明かすことができません。その一瓶が最後ですので、どうぞ大切にご使用いただけますよう…」


「言えぬ、か。ポーション作製はお主の家で行ったのであろう?さっきのAランクハンターと子供二人だったか、製法を知るのはそれだけか?」


あ、何か勘違いしてるな。

ポーションはアグーラさんの所で…ってそうか、家から帰還魔法で通ったから、端から見たら家で作ったことになるのか。

見張られてたって訳ね、ならそれに乗っかろう。


「左様でございます」


その返事を聞き、初めて卿の口元が緩む。

なんだかすごく嫌な顔だ、背筋がぞわぞわする。


「そうか。このポーションは我が国、いや、儂だけで独占せねばならん。これから長いつき合いになるな、ふはははっ!おい!」


執事がすぐに反応し俺の側に寄ると、腕を掴んで立たされ、そのまま扉に向かっていく。

何がなんだかさっぱりわからない。


「あ、あの?どこへ?」


「鈍いやつだ。ダンデ、部屋で説明してやれ」


「はっ」


礼をして答えた執事に連れられ、屋敷の階段を降りてゆく。

地下にある一室に入るよう促され、恐る恐る部屋に入るが、ベッドと椅子、机だけで、窓もないただの部屋だった。

今日は泊まっていけってことかな??


「今日からここで暮らしてもらう」

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