2章-33
翌朝のマナ送りも、昨晩と変わらず、マナの塊には一瞬しかマナが通らなかった。
前には進めているんだ、焦らない焦らない。
今日から世界樹ポーションを実際に使っていくので、持ち帰った樽を一つ、ユレーナに迎えの馬車に積み込んでもらう。
このポーションは世界樹に直接掛けるべきか、土に撒くべきか、朝食の時も皆に意見を聞いたが結論は出なかった。
結局判断は俺に委ねられている。
効果はこれまでの魔法ポーションの遥か上を行くだろう。
何しろ傷を治す効果もなければ体力も回復しない、マナの補給に特化した世界樹専用のポーションなのだ。
行きの馬車の中では、魔法で上空から振り掛ける事も考えたが、流石に樽が空に浮かべば目立つ。
一人悶々としている内に世界樹に着いてしまった。
最終的に考えたのは、キールの街の薬草畑。
あそこは土を変えると劇的に植物の生育が良くなった。
世界樹自体が元気になっても、根から吸うことのできるマナが不足すれば、元の木阿弥だ。
よし、土に使おう。
すぐには効果は出ないだろうが、急がば回れ、まずは土壌改良をする!
そうと決まれば樽を世界樹の側に置き、柄杓で周辺の土に撒いていく。
ある程度撒けたら、場所を変えてまた撒く。
これをぐるっと世界樹一周おこなう、つもりだったが全然ポーションが足りなかった。
世界樹の大きさを改めて思い知り、上手くいかないものだと歯痒くなる。
落ちている枯れ葉もないので、やることが無くなってしまった。
今からアグーラさんの所に行ってもまだ作製中だろうし、待つといってもそれで使うのは翌日分のポーションだ。
約束の期限まではもう半月しか残っていない、だらだらと時間を無駄する余裕はない。
初心に帰り、世界樹に回復魔法を掛けてみる。
結果は同じ、何も変わらない。
よく考えてみれば怪我をしているわけじゃなし、回復魔法で世界樹が再生する訳ないよね。
…あれ?じゃあなんで初日は少し回復したんだ?
そこにヒントがある?
…
…
だめだ、しばらく考えるが樹皮剥がれが傷として考えられるから、回復魔法で効果が有るくらいか思い浮かばない。
「ユレーナ、前に回復魔法を世界樹に掛けた時に反応無かったの覚えてる?ずっとかけ続けたらちょっとだけ回復した時の」
「ああ、最初の日ですよね。ヨウ様に長く魔法を掛け続けさせるなど、なんと強欲な木なのでしょう」
「そうそう、その時。で、なにが強欲なの?」
「先の葉っぱにしろ、ヨウ様のマナを一身に受け続けるなど強欲以外のなにものでもありません。フィーネですら一瞬で終わるというのに」
それ強欲って言う?
そもそも、世界樹相手にやきもち焼いてどうするんだ。
フィーネが一瞬で終わるのは俺が未熟なせいでもあると思うんだけど、ユレーナは多分そこまでは考えてないな。
フィーネも早く世界樹みたいに長くマナを流し続けれるといいんだけど。
…
ん?俺いま何て言った?
世界樹みたいに長くマナを流す?いや、世界樹にはマナを流していない、回復魔法を掛け続けただけだ。
対して葉っぱやフィーネには回復魔法を掛けていない、怪我をしているわけじゃないから。
そうだ、世界樹は怪我をしているわけじゃない!フィーネと同じ状態だ!
葉っぱがそうだったんだから、世界樹自体がマナ不足なのは分かりきっていたはずなのに!
「ユレーナ、ありがとう!やっぱり困った時はユレーナと話すのが一番いい!」
またしてもその場の勢いでユレーナに抱きつき、飛び跳ねる。
鼻息の荒いお爺さんが眼前に迫っているというのに、ユレーナは嫌な顔一つせず、頬を染めて
俯いてしまった。
世界樹に向き直り、乾いた幹に手を添えて、フィーネの時と同じ様に幹の中を巡るマナを捉えようとするが、範囲が巨大過ぎるのか全く分からない。
雲を掴むような感覚で、何も手応えがない。
もしかしてもうマナは通っていないのか?でもまだ上の方に緑の葉がある…きっと大丈夫。
幹に沿って移動しながら必死にマナの通り道を探す。
幹周りをどれだけ進んだだろうか、遂に手応えがあった。
チョロチョロとホースを流れる少量の水のように、今にも流れが止まりそうな弱々しいマナの流れを見つけた。
まさか幹に穴を開けるわけにもいかないので、そこを目掛けて樹皮の上からマナを浸透させてゆく。
じわじわと俺のマナが世界樹に入り込む。
霧散しない?良かった、世界樹は俺を受け入れてくれている。
このまま、このまま…
そしてマナの通り道に達したと思った時、急激な不快感に襲われた。
マナを、吸われている…
しかも余程飢えていたのか、ゴクゴクと音が聞こえてきそうな程の勢いで俺のマナが世界樹に飲み込まれてゆく。
手を離そうとしても離れない、いや、世界樹が離してくれない。
根こそぎ持って行く気か!?
「ユレーナ!俺を引っ張って!世界樹に飲まれる!」
状況を察しての事ではなく、俺の言葉に素直に反応したのだろう、ユレーナの動きは素早かった。
俺の体に手を回して、世界樹を蹴り飛ばす反動で俺を世界樹から引き剥がした。
「ぐえっ」
倒れ込む時、ユレーナがクッションになってくれたとはいえ、老体にはなかなかの衝撃だ。
「ご無事ですか!?ヨウ様!」
「あ、ありがとう。ちょっと息が詰まったけど怪我はないよ。」
「一体何があったのですか?」
「この世界樹、余程喉が乾いていたみたいだよ。俺のマナを遠慮なく飲むもんだから全部持って行かれそうになったんだ」
「やはり強欲の塊ですね。切り倒しましょう」
「ちょ!なんで剣を抜くの!ダメに決まってるじゃない、世界樹だよ!?」
「しかし助けようとしたヨウ様を、命の危険に晒すなど言語道断です。この呪いの木め」
剣を収めたかと思ったら、げしっと一発蹴りをかますユレーナ。
なにやってんのぉぉぉ!
だから相手は世界樹なんだってば!
「ごめんね、世界樹さん。ユレーナも悪気は無いんだよ。ヒール」
意思があるのかどうかは知らないけど、蹴られたら嫌だろうと思い謝るついでに、怪我をしてたらいけないので、回復魔法も唱えておく。
マナを直接流さなければいいのだ、扱いが分かればかわいい植物である。
一騒動あったが、これで今後の方針はばっちりだ。
土壌改良は世界樹ポーションを周りの土に撒き、今現在不足しているマナを補う為に、俺が直接幹にマナを流す。
約束まであと十日ほど残っているが、このプランならば間に合うだろう。
アグーラさんの所で、明日の分の世界樹ポーションを貰った後、家で今日の出来事を話した。
「ヨウさんを飲み込もうとするなんて、その世界樹は燃やした方がよろしいのではないですか?」
ここにも世界樹の敵がいました…
「フィーネもそう思うか。私も切り倒した方がいいと提案したのだが、却下されてしまった」
「ヨウさんはお優しいから。では後で二人で燃やしに行きましょう」
「うむ、道は私にまかせろ」
「二人とも、それ実行したら絶交ね」
「「はい…すみません…」」
「さぁさぁ。フィーネ、マナ送りするよ、こっち来て。今日はいけそうな気がするんだ」
フィーネは頷き、しずしずと俺の方へ近寄る。
胸に手を置いてマナを捉えて辿っていき、塊にぶつかると、世界樹にしたようにじわじわと浸透させるように塊を包み込む。
「あん…」
フィーネが小さく嬌声をあげ、何かに耐えているようだ。
フィーネの魔晶石は、世界樹のように吸い取る事はなく、ただただ俺のマナを受け入れ、満たしてゆく。
まだ足りない、その感覚が伝わってくるのでマナを送り続けた。
しかし俺のマナも有限だ、次第に息が苦しくなって集中が途切れてしまった。
「はぁはぁはぁ、ごめん、フィーネ。今日はこれが限界だった…」
「謝らないで、ヨウさん。見て、ちゃんと若返ってるわ」
改めてフィーネを見ると、そこに老婆はおらず、妖艶な美魔女が立っていた。
俺が確認したのを見届けると、にっこり笑ったフィーネが俺に抱きついてきた。
勢いに押され後ずさってしまう。
「ヨウさん、ありがとう。私すごく幸せだったの。ヨウさんに包まれて、今までに感じたことのない感覚で蕩けちゃうところだったわ」
「う、うん。それなら良かった。コツは分かったから、明日からは少し調整しながらマナを送ろう。若返りすぎたらお世話が大変だ」
「うふふ、ほんと。じゃあ丁度いいと思ったところで私が止めますね」
なぜか離れないフィーネは、無言のユレーナに引き離されて唇を尖らせていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます