2章-20
貴族に会いに行く約束の日、俺とユレーナは小綺麗な格好をして、ハンターギルドへ赴いた。
さすがに貴族に会うのに普段着という訳にもいかず、ちょっとお高い服屋で調達したのだ。
勿論服装は変わっても、ユレーナは動きやすい格好だし、ちゃんと聖剣を佩いている。
ギルドではすでにディンクさんが準備万端で待ち構えていた。
「いやぁ、ちゃんと綺麗な格好をされていて良かった。普段着だったらどうしようかと思いましたよ。ユレーナちゃんかわいいよ!」
「一度でいいからその口に剣を突き刺させて」
「一度だけで死んじゃうよ、ユレーナちゃん…まぁそんな照れた所もかわいいよ!」
この二人がいるとほんとに俺空気になれるわ。
「ディンク殿、今日は宜しく頼みます」
「ああヨウ殿、此方こそ宜しくお願いします。行く前に今日会う貴族についてお話ししたいので、少し奥の部屋で」
確かに、今日会うのが貴族って事しか教えてもらってないもんね、事前情報は多い方がいい。
素直に従って奥の部屋へついて行く。
「今日会うのは、ダール・フォン・キーアイル伯爵です。親しい人が呼ぶ名はダールですが、通常はキーアイル卿か、閣下と呼びます」
「呼び方まで決まっているのですか!?知りませんでした…」
「平民が貴族に会うなんて事、出入りの商人以外では無いですからね、当然でしょう。そのキーアイル卿ですが、土地を持たない宮廷貴族で何代にも亘って世界樹の管理を任されています」
「噂には聞いたことがありますが、そんな由緒正しい方が世界樹を管理されていたのですね…」
「由緒正しいかどうかは分かりませんがね。ただ今代の卿は、聖樹教会に傾倒しているという噂があり、寄付の為か、かなりお金にうるさいのです」
「宗教とお金、どこの世界でも変わらないか」
「は?」
「いやいや、なんでもありません。それで、世界樹には近付けそうですかな?」
「オレに話を合わせてくだされば大丈夫だと思います。ただ、ホントに失礼な態度は取らないよう、くれぐれも気をつけてくださいよ。貴族は気分屋ですからね」
やけに念を押すのが気になったが、貴族とはそんなものだと割り切ろう。
後は言葉遣いの練習と、話しの流れの打ち合わせをしてから出発する事になった。
貴族街へは歩いて入れないそうなので、ディンクさんは馬車を用意してくれていた。
以前徒歩で門番に追い払われたのは当然だったなと、今更ながらに思い知る。
初めて乗った馬車は、とにかくケツが痛い。
途中空気イスに挑戦したが僅か数秒で膝が悲鳴をあげたので、尻に犠牲になってもらう事にした。
内壁門はディンクさんが顔パスだった。
そりゃハンターギルドのトップだもんね、何かと貴族にも関わりがあるのだろう。
貴族街は、一軒一軒の敷地が広く、どこかのんびりした空気が漂っている。
緑が多いせいかな。
馬車はゆっくりと進み、王城と世界樹が次第に大きく見え始める。
王城はともかく、木がここまで大きいのは圧巻だ。
元の世界にも樹齢千年越えの木はあったけど、比べものにならない。
幹周りは数百メートルはあるだろう。
早く近くで見たい、触りたい、味わいたい!!
悶々と世界樹を眺めていると、目的の屋敷に着いたのか馬車が止まった。
屋敷の門で来訪を告げ取り次いでもらうと、見るからに執事然りとした燕尾服を着た初老の男性が迎えてくれた。
応接間と思しき豪華な空間に案内され、メイドが紅茶を淹れてくれる。
リアルメイド…これは俺には刺激が強すぎるようだ、直視出来ない。
ディンクさんとユレーナが生暖かい目で俺の事を見ている気がするが、仕方ないよね?
メイドはずるいよ、何がずるいかは知らないけど。
しばらくお茶を楽しんでいると、さっきの執事が戻ってきて、扉を開けて頭を下げた。
いよいよ、お貴族様との面会だ。
「待たせたな。私がダール・フォン・キーアイルだ。ディンク君久し振りだね、二年ぶりかな?」
「はっ、閣下。三年ぶりでございます。本日は面会のお時間を頂きありがとうございます」
すごい、さすがギルド長。
日頃のへらへら感ゼロで、完璧に受け答えしてる…
いつもこんな感じだとスタッフ達も気持ち良く仕事出来るだろうに。
「なに構わんよ。して今日の用件はそちらの二人か?」
「はっ。先日この王都で二人目のAランクハンターとなりましたユレーナと、その師ヨウをご紹介したく参上いたしました」
「お初にお目にかかります。私はユレーナ。先日パイルを討伐し、Aランクハンターとなりました。以後、お見知り置きください」
おいおい、ユレーナもちゃんと挨拶出来るじゃん!聞いてないよ!
ひょっとしてヤバいの俺だけなんじゃないの!?
落ち着け、落ち着け俺!!ひっひっふー。
「お、お初にお目にかかります。私はユレーナの師でヨウと申します。今日は手土産をお持ちしましたので、是非おさ、お納めください」
一回噛んだ!でもまぁまぁの出来だ。
持ってきたポーションの箱を持ち、執事へ視線を送る。
これでいいんだよね?ディンクさん!
すると執事がこちらを見てもいないのに感じ取ったのか、ツカツカと歩み寄ってきた。
なんてデキる執事!
執事は中身をあらためて一本取り、キーアイル卿へポーションを渡す。
「ほぉ、ポーションか。何のポーションだ?」
「はい、キールの街で開発した回復ポーションでございます」
そう言った途端、侮蔑の表情を浮かべこちらを一瞥するとポーションを執事へ投げ渡した。
近い距離とはいえ普通に渡せないのか、というか手土産選びに失敗したか…
しかし、受け取った執事が一礼した後、キーアイル卿の耳元で何事か囁くと態度が一変した。
「これが噂に聞く、魔法ポーションの効果に迫る回復ポーションか。ご老輩が作られたのか?」
「作ったというかできたというか…まぁ携わってはおります、はい」
「それはそれは。どうやって作られたのかな?
私は職務柄ポーションをよく使うのでね、その製法を伝授いただきたいものだ」
「仕事でポーションを?閣下、大変無礼とは存じますが、仕事とは世界樹に関係のあることでしょうか」
「うむ。実は日に一本、世界樹に魔法ポーションを掛けるのだよ。高価なポーションなので国庫を圧迫してな、どうだろう?」
「おお、それは大変な事でございます。ですが製法は秘中の秘。容易にお教えする事は叶いませんが、私は植物の研究をしております。その知識を持って、世界樹に合うポーションを新しく製造することは可能かと愚考いたしますれば、是非世界樹を間近で観察させていただけないでしょうか」
よし、ここまでは打ち合わせ通りだ。
噛まずにスラスラ言えたし、かなり自然な流れになったはず。
あとはこの返事次第で…
「ふむ。残念だが、初対面の者を世界樹に近寄らせるわけにはいかん」
「いえいえ、勿論今日すぐになどとは申しません。また近い内に拝謁したく存じますので、製法はまた次の機会に…」
「そうか?では次を期待しよう。それで、用件は終いか?ディンク君」
「私からも一つ。先程閣下がお忘れになられていたので念のための確認で恐縮なのですが、そろそろ秘術の頃合いかと思い、本日こうしてAランクハンターをご紹介させていただいたのです」
「む、そうか。さっき三年になると言っておったな。道理で最近は…よし、では来月あたり執り行おう。日は追って沙汰する」
「承知いたしました。その際はこのヨウを同席させます。Aランクハンターの師匠とあらば必ずや危険を遠ざけるでしょう」
「うむ、立ち会いを許そう。製法のこと、考えておけよ、ご老輩」
「はっ。前向きに」
座ったままゆるりと俺は頭を下げた。
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