2章-15

日が昇り、眩しくて目を覚ますと酒場のテーブルで突っ伏していた。

昨日はあのまま眠ってしまったようだ。

今も数人は飲んでいるが、大半は床で寝ている。

支払いを、と思ったがマスターの姿が見つからないのでまた後で。


今日から討伐に出るのに朝帰りとか、シルだったら命がいくつあっても足りないだろうな。

ユレーナは許してくれるといいけど…


部屋に戻るとユレーナがベッドに腰掛けて待ち受けていた。


「おかえりなさい。昨晩はお酒を飲まれたのですか?」


「あ、うん。初めて飲んだけど楽しくなっちゃって…こんな時間に帰ってきてごめんね?」


「いえ、ヨウ様が謝ることはありません。師匠のやることに文句を言うようでは弟子は務まりません。ただ、何かあってはいけないので次からは私も連れて行ってくださいね」


「はい…そうします…」


何だろう、優しい言葉の裏の圧力?

ニコニコしてるけど背後に般若の面がちらついているというか…

うん、次からは絶対声を掛けよう。


「それじゃあ今から出発する?俺は寝不足だけどスッキリはしてるからいつでも平気だよ!」


「宜しいのですか?無理はなさらない方が…」


「平気平気!森に入るんだったら自由に魔法も使えるしね」


「そうですか?では出発しましょう。あまり期間が掛かりすぎるとシル姉様が心配されるかもしれません」


それもそうだ。

王都に来る時も遠回りしてるから、シルに伝えた予定よりも遅れている。

早く拠点を作り、無事なことを伝えたいと思うが、こちらはやれる事はもうない。

ならばその次に進む道を先に切り開いておくべきだ。


身支度を整え、早速出発する事にする。

二階の受付で遠征の手続きを手早く済ませて一階に降りると、マスターがいたので昨晩の礼をする。


「マスター、昨日はありがとうございました。とても楽しかったです!」


「いやぁ私も楽しかったです。気付いたらカウンターの内側で寝てましたよ」


姿が見えないと思ったらカウンターの内側で寝てたのか…

しっかりしてそうに見えるのに意外とお茶目な人だな。


「それで、いくらお支払いすればいいでしょうか?」


「はははっ。男たちから貰ってるので大丈夫ですよ。また懐が暖かいとき、彼らに酒でも振る舞ってやってください。それが男同士のつき合いってもんですよ」


「そういうものですか、勉強になります。では近いうちに必ず!」


男としての振る舞いを教わって、少し大人になれた気がした。


ハンターギルドを出て、来る時潜った門を今度は逆から通り抜けた。

被害に遭った村に行くには、森の浅いところを蛇行する林道を進めばいいのだが、それでは時間がかかりすぎる。

少し険しい道のりになるが、ここからは一直線に林と森を突っ切ることにした。


森に入ってからは、いつパイアに出くわしてもいいよう警戒するが、パイアどころか魔物にすら出会わなかった。

結局一日目は空振りに終わり、俺の体力も考えて早めに野営する事に。

ちなみにまだ王都周辺なので植物は見たことのあるものばかりだ。


二日目、早く剣に慣れたいからと、魔物に会った時はユレーナが倒す事になった。

魔石は完全に運頼みになっちゃうけど、慣れって大事だもんね。


昼を過ぎた辺りからポツポツ魔物と戦った。

性能は度外視した割に、聖剣ヨークラムはよく切れるみたいだ。

以前持っていた剣よりも軽くなったのか、一振りが速く、俺にはもう剣筋を見る事ができない。

夜までに8体の魔物と戦い、得た魔石は2つ。

魔物のランクを考えると上々らしい。


夕食を食べている時に、ユレーナから相談があった。


「ちょっと確認したい事があるので、ヨウ様はしばらく魔法を使わないで頂けますか?」


「え?今回まだ一回も使ってないけど?」


「はい、そのまま使わないで頂きたいと…」


「まぁ別に構わないよ、そのくらい」


確認したい事って何だろうとは思ったが、詮索するのも良くないかもしれない。

ここはユレーナを信頼して任せよう。

魔物相手に後れをとる事はないだろうし。


三日目、この日はなかなか前に進めなかった。

何故ならオリジナル植物との出会いがあったから!

この世界の草むらはほとんどがイヌツゲやイヌマキで飽き飽きしてたんだけど、ウラジロっぽい草とパラゴムノキのように白っぽい広葉樹を見つけた。

気候関係なしの不思議植生に心が躍る。

写生も済ませて満足いくまで堪能したてから進むが、目的の村には辿り着けなかった。


四日目、ついに村に到着した。

だが、村は壊滅状態でひどい有様だ。

生存者はほとんどいないと聞かされていたが、数人の男性が、壊れた家屋を黙々と整理していた。

少しだけ話をしてくれたが、何日か狩りにでて戻ったらこの状態だったらしく、部分的に残っていた亡骸はすでに埋め終わったという。

妻や子を亡くした人もいた。

気持ちが分かるとはとても言えないけど、辛さは容易に想像できた。


単純な思考の俺は、パイアを討伐したいと改めて思ってしまう。

ユレーナもそうなのか、雰囲気が少し変わった。

本気モードになったって感じ。


無視して出発するわけにもいかず、できる範囲で村の片付けを手伝った。

泊まる家はないが、久し振りに人に囲まれ食事をし、眠った。

仇を取ってくれと懇願する目を忘れる事はできない。


五日目、ここからは蛇行して進む事になる。

一応目的地は次の喰われた村だが、もう食べる物の無い場所にパイアが再び現れるとは思えないので、何か手掛かりがないか確認しながら進む。


この辺りの魔物は飢えているのか、こちらの姿が見えると大抵すぐに襲いかかってくるが、全てユレーナが鎧袖一触の強さで屠ってゆく。


六日目、パイアと同じ猪型の魔物と遭遇した。

フォレストボアというらしい。

どこかで聞いた事があると思ったら、ジローパがBランクになった時の討伐対象だ。


「ヨウ様、以前にも言いましたが魔法はダメです、木陰に隠れていてくださいね」


魔法狂いのユレーナがここまで言うんだから魔法は使わないけど、大丈夫かな?

少し心配だ。

言われたとおり木陰に隠れながらユレーナが戦うのを静かに見守る。


フォレストボアは突進し、周囲の木をなぎ倒しながらユレーナに迫るが、当の本人は動じることなくその動きをじっと見ている。

牙を突き刺そうと頭を下げたフォレストボアの眼前にはすでにユレーナの姿はなく、側面に回り込み横っ腹に深々と剣を突き立てた。

早々に決まったかに思われたが、フォレストボアもBランク相当は伊達じゃない。

体を捻って剣ごとユレーナを振り払うと、すかさず噛みついてくる。

ユレーナはバックステップで躱した後、隙ができた頸部へ斬撃を放つが、力が足りないのか剣が途中で止まってしまう。

しかし目に見えて動きの悪くなったフォレストボアは、尾を切られ、足を切られ、文字通り切り刻まれて、消えていった。


魔石は無事得られたが、ユレーナの顔は晴れない。

自身の戦いに納得がいかなかったのだろう。

充分すごいと思うんだけどね。

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