死神探偵の密室

あーる

第1話

登場人物


光谷こうたに陣助じんすけ(28)  記者

鯨井くじらい紗智さち(28)  実業家

花崎はなさきかおる(26)   会社員

須能すのう深夜しんや(19)  大学生、宵の兄

須能すのうよい(19)   大学生、深夜の妹

小手川こてがわ莉奈りな(23) イラストレーター

福士ふくし忠道ただみち(27)  小説家

雨森あまもりつとむ(46)   主夫

御霊ごりょう鏡子きょうこ(20)  探偵

冴木さえきゆみ(26)    警部




―――いつも仲良くしてくれるフォロワーたちに捧ぐ―――



第1章 


 チャイムが鳴った。

 ちょうど玄関前の廊下を歩いていた光谷陣助がそれに気付き、歩みを止める。周りには誰もおらず、またリビングから誰かが出てくる気配もない。リビングから聞こえる賑やかな声にかき消されてしまったのだろうか。

 腕時計を見ると20時14分を指していた。来客があるような時間ではない。ましてここは、11月の北海道の山の中腹、国道から外れた場所にぽつんと建つ、孤立した別荘なのだ。

 光谷は念のためチェーンロックをかけ、玄関の扉を開けた。

 そこには一人の女性が立っていた。

 いや、女性が立っていたという表現は正確ではない。光谷の基準からすれば、相当綺麗な女性が立っていた。

 薄い色素の髪をたっぷりと腰まで伸ばし、顔立ちはあどけなさが残るものの、同時に大人びた色香も漂わせている。そしてブラッディレッドの瞳は、見つめていると永遠に目が離せなくなるような魅力を秘めていた。厚手のジャケットを羽織り、少し肩を震わせながら立ち尽くしている姿は、何かトラブルがあったことを伺わせていた。

「夜分遅くにごめんなさい。トラブルがありまして」

 光谷は女性が話し始めたことにワンテンポ遅れて気付いた。

「何があったんですか?」

「車が、ここの近辺で動かなくなってしまって。既に保険会社には連絡したのですが…。厚かましい申し出は承知の上で、この中で待機させていただけないでしょうか?お礼は存分にいたします」

 女性の話が読めた。どうやら、彼女の車がこの家の近くでエンコしてしまったようだ。この近隣に灯りの点いている家屋は、恐らくここぐらいなものだろう。雪は降っていないものの、今夜は最低気温がマイナス2度まで冷え込むと言っていた。こんな外気の中、保険会社の車の到着を1時間も2時間も待っていたら、凍死までいかなくとも、風邪をひいてしまうかもしれない。

「お入りください。お礼は結構ですから」

 本来、光谷にその権限はなかったのだが、チェーンを外し女性を中に招き入れた。

「ありがとうございます」

 女性は感謝の意を告げつつ、震えながら中に入る。

「リビングまでどうぞ。何か温かい飲み物を入れますから」

「いえ、そこまでなさらなくても」

「お客さんを玄関先にぼっ立ちさせておくわけにはいかないですよ」

 光谷が苦笑しながら促すと、彼女はおずおずと玄関の敷居を跨いだ。

「あぁ、私は光谷陣助っていいます。今日はここの家で友人同士のちょっとしたパーティをやってるんで、自分も遊びに来たクチです」

「そうなんですね」

 緊張がほぐれたからか、女性は柔らかな笑みを称えながら名乗った。

「私は、御霊鏡子といいます」



 光谷がリビングに入ると、すぐに大きな笑い声が飛び込んできた。チャイムの音にリビングにいる者が反応しなかったのは、こいつの仕業に違いない。

「おー光谷いいところに………誰だ?その人」

 大笑いの主、花崎馨が初めに気付いた。真っ黒なセーターと手入れされた短い髪と髭の組み合わせが妙にマッチした、大柄な男だ。御霊自身が事情を説明する。

「そういう事情なので、保険会社の車が来るまで彼女をここに居させてください。私からもお願いします」

 一目惚れという訳ではないが、彼女をまた寒空の下に追いやるのは後味が良くない物を残すだろうと、光谷は感じていた。

「そーいうワケなら俺は全然構わないけど?」

 やや顔を赤みがからせた花崎が答える。光谷が見ていない間に、何杯も赤ワインを平らげたに違いない。

「いや、お前が決める事じゃないから」

 光谷はこの家の主である鯨井紗智の方を見る。身長は170センチを超える、細身ながらもかっちりとした体格の女性だ。仕事帰りに必ずジムに寄り、トレーニングをしてから帰ると聞くから、その効果が表れているに違いない。彼女はブロンドのショートヘアを耳に掛けながら、御霊をじっと観察する。

「勿論構いませんよ」

「ありがとうございます」

 御霊が一礼しながら感謝の意を述べる。その間光谷はキッチンへ行き、ホットコーヒーを淹れてきた。

「コーヒー、飲みますか?砂糖やミルクが必要なら持ってきますけど」

「すみません、いただきます」

 彼女はブラックのまま飲んだ。苦味を気にする風でもなく、普段から飲み慣れた様子で、非常にさまになっている。

「他のみんなは部屋ですか」

 光谷の問いに鯨井が応える。

「あぁ。福士さんたちもさっき部屋に戻った」

「まだ他にお客様がいらっしゃるんですね」

 御霊が不思議そうに尋ねる。

「年に1回の友人の集まりでねぇ。美味い飯や酒を楽しみに来てんだ。またみんなに声をかけて、盛り上がりたいトコなんだけどさ」

 花崎が嬉しそうに言いながら、またワイングラスを呷った。

「じゃあ、ちょっと声をかけてこようかな」

「私もご挨拶させてください」

 光谷が部屋を出ようとすると、御霊がその後をついてくる。

「これも何かのご縁ですし」



 扉を軽くノックすると、「どうぞ」と応答があった。そのまま中に入る。

「ここに来てから、具合が悪くなったって聞いたけれど。体調はどうだい」

「だいぶ良くなってきたようです」

 須能深夜がベッドに腰かけながら、御霊の方を見る。少し驚いた様子を見せたが、すぐに色白の顔は平静そのものに戻った。少し長めの黒髪を小ぎれいに七三分けにした好青年である。

「こちら、御霊鏡子さん」

 光谷が御霊を紹介しながら、彼女の事情を話す。御霊と須能深夜も簡単な挨拶を交わした。ただ、横になっている須能宵は顔を出さずにうずくまったままだ。折角の透き通るような黒髪が、揉みくちゃになっていた。

「この辺は空気が綺麗で、いいところなんですけどね。どうしても交通の便だけは不便で、一番近い街からでも車で1時間以上かかりますし…」

 須能深夜が傍らのベッドを見つめながら喋る。

「須能さんたちも、自分たちの車でここに?」

「はい。自分は去年免許を取ったばかりなので…来るのは2回目ですね」

 御霊の問いに答えながら、指を折って数えた。

「18歳になってすぐ、免許を取る学生ってのもあんまりいないと思うけど」

 光谷が少し笑いながら言うと、

「宵が、あんまり体が丈夫でないもので。あいつを色んなところに連れていきたくて、そのためにすぐ免許合宿に行ったんです。車は叔父さんの物を普段使ってて、今日はレンタカーで来ました」

 須能宵が、布団にくるまったままこくこくと頷く。

「宵?」

 御霊が聞き返す。

「私の双子の妹です。実は私も宵も、紗智さんのいとこなんですよ」

 紹介されてなお、彼女は寝っ転がったまま、布団から顔だけ出し、こちらの様子を窺っていた。

「顔はあまり似てないんですね」

 御霊が二人の顔を比べながら言う。光谷が思わず笑い、須能深夜も苦笑いした。

「あとで、リビングでお酒でも飲みませんか?」

「はい。体調が戻ったら、是非」

 須能宵が柔らかく微笑んだ。



「そいで、御霊さんはなんでこんな辺鄙な別荘地を通りがかったん?観光?」

 福士忠道が、右手でペンを回しながら問いかける。白髪交じりの髪を短髪で刈り上げた男性で、小説家はファッションに無頓着、というイメージとは真逆を行く男だ。

「山の景色を見てきた帰りだったんです」

「ん?その服装でかい?」

 福士がペンの頭を御霊に向ける。確かに、彼女はジャケットの下は黒のシースルーワンピース姿だ。到底山の中を歩き回るような格好ではなく、むしろ札幌の都心部を歩くためのお洒落な恰好、といった例えがぴったりだった。

「山登りしてきた訳ではなくて、駐車場付きの展望台から峰を眺めてただけですよ」

「あぁ、なるほど」

 福士は納得したように頷くと、またペン回しを再開させた。

「僕は作家でねぇ。今年もここに遊びに来たはいいけれど、締め切りが近くてさ。ちょっと部屋を借りて執筆活動中ってワケ」

「今は何を書いていらっしゃるんですか?」

 御霊が興味を持ったように尋ねる。

「由井正雪の乱。僕は歴史小説家だから、歴史ものしか書かないんだよね。御霊ちゃんは、普段何してる人なん?」

 光谷も、御霊の職業について知らなかったことに気付く。彼女の顔色を窺うと、眉一つ動かさずに平静そのものだった。

「こう見えて探偵をしています。今は依頼がないので、こうして山の景色を見にきたわけでして」

「探偵?探偵っていうと、推理して殺人事件の真相を暴いたりしちゃうやつ?」

 福士がニヤッと笑いながら問う。本気で言っていないのは明らかだ。

「いえ、浮気調査や迷子のペット探しが普段の仕事ですよ」

「福士さん、推理小説の読みすぎじゃないですか」

 光谷も笑いながら冗談を飛ばした。福士が回し続けていたペンをぴたりと止め、窓の外を見る。寒風が窓を小刻みに震わせていた。

「雪は降らないって予報で言ってたけど、今夜はかなり冷えそうだねぇ。今月一番の冷え込みだって、ニュースで言ってたよ」



「私、お酒はちょっと苦手だからパスかな」

 先程福士に「まだもうちょっと書きたいから」と、やんわり断られた飲み直しの誘いを、小手川莉奈もあっさり断った。手入れの行き届いた茶髪をポニーテールで束ねており、クリーム色のスウェットをゆったり羽織った、くつろぎ姿だ。彼女も光谷の好みからは外れるものの、美人と言って差し支えない美貌の持ち主だった。

「ちょっと失礼」

 小手川がそう言って椅子から立ち上がると、ゆっくり御霊の目と鼻の先まで近づいた。

「あ、あの…?」

 御霊が戸惑った様子で問いかける。今にもキスが出来そうな距離だ。

「ごめんね、私パーソナルスペースが小さくてさ。これぐらい近付いて人間観察するのが普通なの」

「そう、なんですか」

 小手川の吐息が御霊の顔にかかる。美女二人が接近しているだけで、この空間がやたら艶めかしいものに感じられた。

「小手川さん、それぐらいにしてあげたらどうですか?」

 この光景をいつまでも見ていたい衝動にも駆られたが、光谷が助け舟を出した。

「えー…しょうがないなー」

 小手川が不承不承といった様子で離れた。

「御霊さんは、こんな時間に山の景色を見にいったの?」

 小手川が、ふと気付いた様子で尋ねた。そういえば、この季節、この時間帯になるともう外は真っ暗だ。

「夕焼けの景色を見たかったんです。帰りに道に迷ってしまいまして」

 御霊がさも当然のように答えた。

「カーナビがあれば迷わないと思うけど」

「私も大丈夫だと思っていたんですが、一本だけ道を外れたらおかしくなってしまって」

「なんで道を外したの?」

「帰途にエゾシカを見かけたんです。それを近くで見るために」

「ふぅん。そっか」

 小手川は一応納得した様子だ。しかし光谷は、御霊があらかじめ用意した答えをそのまま喋っているかのような、淀みのない答弁が些か気にかかった。

「皆さんは、今年の様な集まりを何度もやっているんでしたっけ」

 御霊が話題を転換する。

「うん。私は今年で3回目。去年は来られなかったんだけどさ」

「確か、今年で4回目の開催だったかな。去年は来てたんだけど、今年来られなかった人もいるし」

 光谷が思い出しながら会話に混じる。

「いいですね、こういう気心の知れた仲間との集まりがある、っていうのは。私は、あんまりそういう友人が居なくて」

 光谷にとっては驚きだった。これだけ美人の女の子であれば、男でも女でも友人がいそうなものだと思っていた。

「鏡子ちゃん、今20歳で探偵やってるんだっけ?つまり高卒?駄目だよぉ、高校の時の友達を大切にしなきゃ。学生時代に出来た友人は、一生の友達っていうんだからね」

 小手川がよくあるフレーズの文句を垂れる。

「耳が痛いです。大学に行ってる友人たちとは、どうも連絡を取るのが億劫で」

 光谷には気持ちがわかるような気がした。自分が大学生時代に遊ぶ時も、高卒で就職した友人には声をかけづらかった記憶がある。

「へぇ…鏡子ちゃんって、ちょっと陰キャなんだね」

 小手川の遠慮のない指摘に、御霊は縮こまって笑うしかなかった。

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