第3話 癒しのマイホーム①
「あー……マジで疲れた」
いつも通りの破茶滅茶な学校生活を終えた帰り道、俺は極度の精神的な疲労と、本来であれば十分ほどでたどり着く家路を遠回りに遠回りを重ねて六倍以上の時間をかけていることへの肉体的疲労を感じていた。
もちろんこんなに時間をかけて毎回登下校しているのは別に健康の為なんかじゃなく、周囲に対しての『警戒』の為だ。
「ぐへぇ」とカエルが踏み潰されたような声を漏らし、やっと辿り着いたマンションの玄関ホール。
この辺りでは珍しい駅直結タイプのツインタワーマンションで、その威圧感と頂上までの高さはまさにRPGのラストダンジョンのよう。そのせいか、学校のバカな男子どもは「東の塔には召喚獣が、そして西の塔には聖剣が封印されている」という話しでよく盛り上がっている。
はぁ、これだから脳内中二病の連中は困る。どうせこんなくだらないことを口にして盛り上がっている奴らなんてロクな奴がいない。ちなみに俺の家は、バハムートが封印されている塔の方にある。
まるで一流ホテルを彷彿されるかのようなロビーを通過すると、俺はそのままエレベーターに乗り込み最上階のボタンをぽちっと押す。そう、ただでさえ家賃がぶっ飛んでいるであろう高級タワーマンションであるにも関わらず、俺が高校入学と同時に下宿で与えられた家はまさかの四二階にある最上階なのだ。
「……なんでだよ」
本気出せばエレベーターの中でカップラーメンが出来上がるんじゃないかと思うぐらいなかなか目的階に着かない個室の中で俺は一人ボヤいた。
はっきり言ってこんなところは高校生が下宿するようなところじゃないし、俺としてはそれこそ築年数の古いボロアパートとかのほうが大好きな漫画やライトノベルの主人公になれたみたいでずっと良かったのに。
だが残念なことに、代々世話係や家政婦を雇っていることからわかるように筒乃宮家は無駄にかなりの金持ち一族である。手掛けている事業も医療や教育、小売りなど多種多様なジャンルに渡るほど。
そんな中でも俺の父親が担っているセキュリティーテクノロジーの事業が個人情報に厳しくなっているこのご時世のニーズとマッチして大躍進。その結果一族の中でも頭一つも二つも飛び抜けて金持ちになったらしく、俺はこうやって召喚獣が封印されているほどのタワーマンションに住むことができているというわけである。
ちなみにどれくらい金持ちなのかというと昔父親が、「俺が月旅行に七回行ってもギリ破産しない」と豪語していてたぐらいなので、是非とも最初の旅行で二度と地球に帰ってきてほしくないと願ったことがあるほどだ。
とまあそんな感じで筒乃宮家のプチ豆知識を頭の中で披露している間にどうやら目的の最上階に辿り着いたようで、俺はエレベーターを降りると眼下に広がる街並みを眺めながら廊下を歩き始める。そして我が家の前に辿り付くと、重厚感抜群の扉を見つめてゴクリと唾を飲み込んだ。
「相変わらず慣れないな……」
俺はそんなことをボソリと呟くとズボンのポケットからカードキーを取り出してそれをドアノブへとかざす。するとどういった仕組みになっているのかは不明だが、カチャリと鍵が外れる音が響いた。
これも父親が開発したセキュリティシステムの一つらしい。って、息子の家にわざわざこんな最新設備使わなくなっていいからねっ!
なんてどうでもいいことを考えて少し心を落ち着かせた俺は、さらに深く深呼吸をして精神を統一させてからドアノブをそっと握る。
たかだが自分の家に帰ってくる度にデート前のような緊張感に襲われてしまうのは致し方ない。なぜなら皆様お察しの通り、この扉の向こうに待っているのはーー
「お帰りなさいませ、筒乃宮様」
そう言って深々と頭を下げて俺のことをお出迎えしてくれたのは、その白い素肌を惜しみなく晒し、身に付けているのはエプロンだけという超刺激的過ぎる格好をした家政婦川波さんの姿。
……なんて展開を毎度このタイミングで期待してしまうのだが、当たり前だがそんな願望は一度も実現したことなどない。
そして悲しいかな、おそらく俺が生きている間にその悲願が達成されることもないだろう。
けれども制服でお出迎えてしてくれた川波も俺にとってはクレオパトラや小野小町と並ぶ美女であることは間違いなく、その眩しさに思わず「くっ」と目が眩む。
「た、ただいま……」
まるで初めて女子の家にでも上がるかのようなぎこちなさで、俺は自分の家へと足を踏み入れる。本当はクールに、「ああ、ただいま」と言って川波のことを流し目でチラリと見れるような男になりたいのだが、流し目が白目になってしまいそうでこちらも今のところ実現しそうにはない。
すると相手の方がよっぽどクールなようで、挙動不審な俺を前にしても表情一つ変えることなく会話を続ける。
「筒乃宮様、お荷物をお預かり致します」
「いや、いいってそんな……」
「お預かり致します」
有無を言わせぬような口調で川波はそう言うと、俺が持っていた鞄をスマートな手つきで預かってくれた。その瞬間、川波の綺麗な指先がふと自分の右手に触れてしまったので、俺は恥ずかしさのあまり思わず頬を桜色に染めてしまう。……って、おいちょっと待てよ。なんか色々と立場が逆になってねーかこれ?
「何でだよっ!」と己の情けなさを心の中で叫ぶも、現実では「あ、ありがと」とやっぱり頬を染めながら返事を返してしまう。
「それではお部屋までお運び致します」
「あ、ああ……」
川波の言葉を聞いて俺は慌てて靴を脱ぐ。そしてそそくさと廊下に上がると、今度は自分の部屋の扉まで向かった。
「それでは中にお運びーー」
「いや、それはいいっ! ここで大丈夫だ!」
主人を置いて先に自分の部屋の扉を開けようとした川波のことを俺は全力で阻止した。そりゃそうだろう。いくら専属の家政婦とはいえ、同い年の女の子を思春期真っ只中の男の部屋にあげる勇気はない。
すると川波は不満げに一瞬目を細めたがすぐに納得してくれたようで、「わかりました」と言って俺に鞄を渡してきた。ふぅ……とりあえずこれで、俺が大森から借りた大人の本が出しっぱなしになっていた失態は気づかれなくて済む。
なんてことを考えてホッと胸を撫で下ろしていると、川波は俺に軽く会釈をしてから先にリビングの方へと向かって行った。
「……マジで家政婦だな」
家の中でも徹頭徹尾その姿勢を崩さない川波の後ろ姿を見つめながら俺はぼそりとそんなことを呟く。そしてくるりと後ろを振り返ると、自分にとって唯一気が休まる場所である部屋へと足を踏み入れた。
「ふぇ……」
部屋に入るなりそんな情けない声を漏らした俺は、とりあえずベッドの上に堂々と広げられている大人の写真集を急いで片付けると、そのままマットレスの上に仰向けになって倒れ込んだ。そして部屋の中をぐるりと見渡す。
「さすがにこんな部屋は見せれないよなぁ」
苦笑いを浮かべながら思わずそんな言葉が唇からこぼれ出る。いくら新築の高級タワーマンションとはいえ、住んでいるのはまだ高校生になったばかりの男である。そこら中に衣服や漫画が散らばっているし、食べかけのジャンクフードの袋やいつ飲んでいたのかも覚えていないペットボトルも放置されているような状況。つまり、最低に汚いということ。
もちろん我が家の専属家政婦である川波はリビングやダイニングだけでなく俺の部屋も事あるごとに掃除してこようとするのだが、「さすがにそれだけはご勘弁を!」と俺はいつも全力で断っている。
だって仕方ないだろ。この年頃の男には決して女子に見せることができない秘密の一つや二つを隠し持っているものなのだ。それこそ万が一にでも机の一番下の引き出しなんて見られれば川波にドン引きされることは間違いないし、押し入れにある歴代アニメお勧めDVDシリーズを見られてしまうのもきっとNGだろう。
ましてやその後ろに隠された別のDVDコレクションなんて見られた暁にはきっと川波は俺のことを性犯罪者みたいな目で見てくるに違いない。
「いやでもアレは大森が勝手に押し付けてきたやつだしな……」
なんてことを一人愚痴りつつも、渡されてしまったものは仕方ないのでこれはきっちりと隅々まで見てから返すというのが男としての筋だろう。
俺はそんなことを考えてウンウンと頷くと、再びベッドからのっそりと立ち上がり制服を脱いで部屋着へと着替える。そして自分の部屋から出ると川波がいるリビングダイニングへと向かうことにした。
さすがにマイハニーをずっと待たせるわけにはいかないからな☆
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