第十一話 それは正義の味方風味だなー


 土曜日の夕方。

 颯太は風呂桶に入浴一式や着替えの下着を詰め込んで、銭湯へと向かっていた。

「あれ」

 子供の頃にも来たことのある近所の銭湯は、現在改装工事中で、一週間ほどお休みらしい。

「しかたないな…ちょっと遠いけど」

 電車に乗って、一番近い銭湯の駅で下車。

「電車で銭湯ってのも どうかと思うけどな」

 とか苦笑いしつつブツブツ言いながら、ちょっとした小旅行気分にもなれて、ワクワクしていたり。

 あの突き当りの丁字路を右に曲がれば銭湯だ。

 と思ったら、左の道から、早苗が歩いて出てきた。

「あれ、折原?」

「んー? あー、上泉くんだー♪」

 颯太に気づいて、早苗は嬉しそうに、パっと笑顔になる。

「どしたの こんなトコでー? あれ、お風呂セットー?」

「んーまぁ、ウチの風呂、なんかおふくろが徹底洗浄してさ。明日まで 使用禁止にされちゃったから」

「あはは、そーなんだー」

 と笑っている早苗も、両掌でお風呂セットを抱えている。

「折原も銭湯?」

 訊きながら、一緒に銭湯へと歩き始めた。

「うん。お風呂場のタイルが ちょっと剥がれてさー。業者さんがすぐ来てくれて、修理してくれたんだけどー。それでうちも 今日は使用禁止になっちゃったんだー」

「へー。こんなタイミングって あるんだなー」

 言いながら、キョロキョロした颯太は尋ねる。

「護くんは?」

「アイツさー。一緒に行くのは恥ずかしいーとか言ってー。後で友達と行くーとか言ってるのねー」

「へー。まぁ 解るけどなー」

「そうなのー?」

 颯太は納得するも、早苗はよく解らないらしい。

「そりゃあ 男風呂に入るだろうけどさ。それでも、母親とか姉とかと一緒にお風呂屋さんとか、恥ずかしいモンなんだよ」

「ふーん、ヘンなのー」

 自我が強まって行く男子の心理は、早苗にはまだ理解できないらしかった。

 銭湯が見えてくると、早苗がワクワク顔で提案してくる。

「ねー帰り、待ち合わせしないー?」

「いいけど」

「小さな石鹸カタカタ鳴らしたりさー。赤いマフラー手ぬぐいにしたりさー♪」

「それは正義の味方風味だなー」

 などとの突っ込みも気にされず、二人は銭湯に到着。

「それじゃ、待ち合わせだよー」

「んー」

 二人はほぼ一緒に、それぞれの色の暖簾をくぐって中へ。

「はい、いらっしゃ~い」

 番台には初老の女性が座っていて、二人から入浴料金を受け取った。

 まだ早い時間だからか、脱衣所に客の姿はなく、既に湯舟へ浸かっている老人が二名いた。

 なんであれ、混雑には出会わず済んだ。

「良いタイミングで 来れたなー」

 颯太の感想は、早苗にも聞こえたらしい。

「こっちも、すいてるタイミングだよー」

 と、鏡張りの壁の向こうから、聞こえて来た。

「じゃ、オレ 入るからー」

「んー♪」

 若い男女のヤリトリが、番台のオバサンには微笑ましく映ったようだ。

 脱衣しながら、颯太はフと思う。

(あの壁の向こうで、折原も裸になってるんだな…)

 頭の中で、早苗の脱衣シーンが想像されてしまい、慌てて取り消す。

「い、今は考えるな…っ!」

 銭湯の男湯で性的反応をさせるのは、気まずいし恥ずかしい。

 颯太は姿見で自分の身体をジっと見つめ、熱くなり始めていた身体と想像力を冷却させた。

 裸になって衣服を棚にしまって、カギを手首に引っかけてガラス戸を潜る。

 熱と湿気がムワっと流れてくると、なんとなく子供の頃を思い出したり。

「上泉くん、いるー?」

 女風呂の方から。早苗の声が聞こえて来た。

 浴室の空間で、湿った感じに木霊する声は、妙にHな響きがある。

「んー。いま入ったとこー」

「どのへんー?」

 何の事かと思ったけれど、どこの蛇口を使っているのか訊いているのだろう、と推察。

 颯太は、女風呂との壁に向かった蛇口の、ガラス戸から四番目に腰かけた。

「四番目ー。真ん中あたりー」

「わかったー♪」

 あの様子だと、早苗は壁を挟んだ向かい側に、座ったのだろう。

 風呂桶で熱い湯を頭から浴びながら、また思う。

(…この向かい側で、折原も裸…)

 鑑に映る自分の姿を見ると、当たり前だけど軽く足を開いて座っている。

 裸の早苗が同じように、真向いで裸で座っている様子を想像してしまうと、また身体が熱を上げ始めてしまう。

 しかも今度は、なかなかの急速度である。

「まずいまずい…っ!」

 慌てて、意識を逸らせる何かを探したら、お爺さんが湯舟から立ち上がった。

「……!」

 タオルで隠す気のないお爺さんの局部をイヤイヤ見つめて、颯太は肉体の反応を頑張って抑え込んだ。

「ふぅ…政彦と一緒じゃなくて良かった」

 一緒だったら、肉体の反応に気づかれて、からかわれたりしていただろう。

 ホっとしながら、シャンプーで頭を洗う。

 気合を入れる為にも、ガシガシと強めに髪を擦ったりして。

「ふぅぅううっ!」

 不埒な想像に打ち勝てそうだと思ったタイミングで、早苗が声をかけて来た。

「上泉くーん。ごめーん、石鹸ー 持ってるー?」

「ん? んー、投げるぞー」

 早苗は石鹸を忘れて来たらしい。

 箱ごと投げるとバラバラになるだろうから、石鹸だけを取り出した。

「真っ直ぐ いくぞー」

「はーい」

 軽く木霊する声と、浴室の熱気と湿気が、二人とも裸のまま話していると、実感させられてしまう。

「ほーい」

 受け取りやすいように、少し高めにゆっくりと放り投げると。

「…キャッチー! 私すごいー!」

 受け止めたらしい。

 裸の女の子と何かヤリトリをするなんて、初めてだ。

 また身体が熱くなりそうな颯太は、また頭皮を強くガシガシと何度も何度も擦って、まずは湯ではなく水を頭から被り、自分を冷やした。

「ふぅ…」

 早苗も、身体を洗い終わったらしい。

「ありがとー。投げるよー」

「んー」

「はーい」

 フワっと石鹸が投げ込まれて、頭の上でキャッチ。

「受け取ったよー」

「はーい♪」

 安心したらしい声が、弾んでいる。

 手の中の石鹸は、何だか温かい気がする。

 ついさっきまで、早苗が使っていた石鹸。

 まさかエロマンガみたいに、石鹸を直に身体に擦って使用する事も、ないだろうけれど。

(…いやいや、なに想像してんだ俺っ!)

 石鹸を柔肌に直着けしている裸の早苗を想像すると、肌に触れていたこの石鹸そのものが、なんだかHな石鹸にも思えてくる思春期男子。

「…だからまずいって!」

「? なにがー?」

「いやなんでも」

 自分に言い聞かせるような独り言が、早苗にも聞こえてしまっていたらしい。

 颯太は意図的に、石鹸をタオルにゴシゴシと擦り付けながら、全身を洗った。


 入浴を終えると、銭湯の入り口で、早苗が待っていた。

「出てきたー」

「お待たせー」

 少しだけど、早苗を待たせてしまった。

「あはは。歌と一緒だー」

 外は夕日がほぼ沈み、東の空は星が煌めき始めていた。

「なんか飲む?」

「んー」

 自販機で冷たいジュースでも飲もうかと誘うと、早苗も財布を取り出した。

「俺が奢ろうか?」

「えー 石鹸借りたのに 悪いよー」

「まあこっちもありがとうございましただし」

「? なにがー?」

「あー別に」

 銭湯での色々な想像が意外とリアリティーあり過ぎて、なかなか頭から離れない颯太だった。


                      ~第十一話 終わり~

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