第九話 二口頂戴ー♪
土曜日の昼前。
私服の颯太は、地元の駅前で待ち合わせをしていた。
「少し早かったかなー」
駅前の時計を見ると、午前十時四十五分とちょっと。
「まだ十分以上はあるな」
とかボンヤリ思っていたら、少し遠くから声がした。
「上泉く~ん、待った~?」
小走りで駆けてくるのは、私服の早苗。
セミロングの髪をポニーに纏め、柔らかい色合いの上着とスカートで、質素だけど爽やかな印象だ。
「お待たせ~」
「お早よ、まだじゅうぶん 早いよ」
「じゃ、行こっか~」
二人は電車に乗って、繁華街へ向かう。
休日の昼前だから、街へ向かう電車は若者たちでやや混んでいて、颯太は扉近くの角に早苗を立たせ、その前で盾となって人込みからガードする。
「折原、キツくね?」
「大丈夫。マネージャーがガードしてくれてるからねー」
「早苗チャン、次の現場までに台本、覚えて!」
「あはは~」
ポケに乗りながらも、早苗の感謝が少し照れくさそうな少年の表情に、ポニテ少女は安心するように微笑んだ。
繁華街の駅前は、多くの人が行き来している。
デートや複数人のグループ、同性同士のメンバーなどなど。
「あのビルだよな」
「たしかそー。早く行こう♪」
先日、いつものメンバーで映画の話題になって、早苗と颯太が見たい映画が一致。
政彦と涼子は特に興味が無いらしいSF映画で、とりあえず観てみたい颯太と、弟の影響で観たいという早苗で、観に来る事になったのだ。
映画館の入っているビルのエスカレーターで、颯太はスマフォのチケットを確認。
「チケット、先に手に入ってるから」
「あーそうだったよねー。チケット代、払うよ~」
「いいよ。叔父さんがタダでくれたんだし」
「えーそうなんだー」
チケットをくれた叔父さんは、颯太の母の弟で、映画会社の宣伝部で課長職にある。
割引券でも貰えたらラッキーだな。
くらいの軽い気持ちで電話をしたら「OKOK! 手配してやるよ」と、乗り気でチケットを送ってくれた。
「叔父様に、お礼 言わないとねー」
「まあ、伝えとくよ」
映画館に入ると、チケットは指定席で、二人は後ろの中ほどという、かなり良い席へと案内される。
「おおー、ますます叔父様に感謝だねー」
「そうだなー。指定席は意外だったなー」
電話でチケットの枚数を聞かれて、クラスの女子と二人分と答えたら、叔父さんは声もニヤニヤと嬉しそうだったのを思い出した。
館内の席はほどほどに埋まっていて、指定席の客も結構いる。
二人の席は隣同士で、颯太は早苗を座らせると、とりあえずドリンクを買いに行こうとする。
「なに飲む?」
「あ、私が買って来るよー」
と言って、早苗は立ち上がった。
「上泉くん、なに飲むー?」
「いや、いいの?」
「うん。チケットのお礼~」
という事らしいので、颯太はお言葉に甘える。
「それじゃあ、アイスコーヒーで」
「は~い♪」
「あ、オレも行こうか?」
「だいじょぶ だいじょぶ~♪」
そう答えながら、早苗は楽しそうに売店へと向かった。
「お待たせしました~。アイスコーヒーのお客様は~」
「はい、僕です」
ウェイトレスごっこの早苗から颯太がアイスコーヒーを受け取ると、早苗は隣の席へ。
「私、アイスレモンティー買ってきた~」
「あ、アイスレモンティーって言えばさ」
学校の先生のあだ名と同じ名前のドリンクで、颯太は学校で聞いたネタ話を思い出したり。
そんなバカ話をしているうちに、館内の照明が落とされて、幕が上がる。
「上泉くん、アイスコーヒー、一口頂戴ー」
「んー」
小声でねだる早苗に、颯太はカップを差し出した。
「あー結構 迫力あったねー」
「シリーズの二作目だろ? 一作目って、折原は観たん?」
「弟が レンタルで借りて来た時にー」
「そっかー。俺は原作のアメコミ版で読んだ記憶はあるけど、ストーリーもメンバーも 別物っぽい感じだったなー」
「へー。って、上泉くん、アメコミ読めるのー?」
驚いて訊いて来る早苗に、颯太はしたり顔。
「ふ…日本語版ならスイスイ読めるぞ」
「スゴーイ!」
颯太自身にもイマイチなボケに、あえて乗ってきた早苗だ。
繁華街の公園前には、様々な露天が並んでいる。
車で販売されている軽食や和菓子、それらを楽しんでいる外国人観光客など、品揃えもお客さんも様々だ。
「なんか食う?」
「そうだねー。あ、アイス 美味しそー」
「じゃ食うか」
車で販売されているアイスは、定番のバニラ味やイチゴ味やモカ味などから、メロン味やチェリー味、更にはワサビ味や竹炭など、珍しい味もあった。
「さすがに、政彦みたいなチャレンジャーには なれないなー」
「私もー。私、イチゴ味がいーなー」
「俺はモカかな」
「上泉くん、コーヒー好きだよねー」
「まー、なんとなく選んじゃうよなー」
カップアイスを手に、ベンチへ腰掛ける。
午後の日差しは暖かくて、冷たいアイスも美味しくて、喉越しが気持ち良い。
「ん~、美味しい~♪」
早苗は、一口ごとに身震いをしながら、イチゴアイスを堪能している。
「このモカ、意外と甘くないな。結構 好きかも」
「モカだけに?」
「? マジでわからん」
「モカかも!」
「いや回文の繋がりが長すぎだろ」
「あはは~」
早苗は気に入ったらしく、ベンチで伸ばした両足をバタつかせた。
颯太の感想に、早苗はモカアイスの味が気になったらしい。
「上泉くん、一口頂戴ー」
「んー」
カップを差し出すと、早苗はスプーンで掬って一口。
「んん~…ちょっと苦味の方が強いんだねー。上泉くん、はいー」
言いながら、イチゴアイスをスプーンで掬って、颯太の口元へ。
「あ、んー」
黙って頂くと、イチゴの甘酸っぱい香りと、蕩けるような甘みが口いっぱいに広がって、美味しい。
「イチゴも美味いなー」
イチゴアイスをもう一口食べた早苗が、再びのオネダリ。
「上泉くん、二口頂戴ー」
「いいけど二口とは」
目を閉じて、口を開けて待っている早苗の正面愛顔に、颯太は小鳥の雛を思い浮かべたり。
「はい。親鳥の気分だ」
スプーンで掬った一口分を落とすと、早苗は美味しそうに身震い。
「んん~…交互に食べると、甘さとホロ苦さの波打ち際だよ~」
颯太は「波状攻撃の事?」とか思い、モカアイスを一口食べる。
「あーん」
イチゴアイスを食べて、また口を開けて待つ早苗。
確かに「二口頂戴」である。
「有言実行だなー」
「んふー」
口の中にモカアイスを落としたら、早苗は美味しそうに身震いしながら、颯太にもイチゴアイスを一口差し出す。
「あむ…んん、確かに 交互に食べるのもアリだなー」
「ねー」
颯太はフと、残ったアイスを半分ずつにして交換し合う。とか思いつくものの。
「上泉くん、三口良いー?」
「んー」
早苗のペースで、それは忘れた。
~第九話 終わり~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます