第七話 また渋い偉人が降臨されたものだ


 火曜日の朝。

 颯太は昨日、右の瞼にものもらいが出来てしまい、眼科に行って、今朝は眼帯を着けて登校してきた。

「おはよー」

 颯太が挨拶をすると、いつも通り、早苗が一番早くに挨拶を返してくれる。

「お早よー上泉くん…って、どうしたの? 独眼竜マサムネー?」

「いや眼帯を着けた上泉颯太です」

 颯太が席に到着すると同時に、早苗が正面から覗き込んでくる。

 頭半分ほど下から見上げる早苗の愛顔は意外と近く、ジっと見つめる視線は少し心配げで、愛らしく整っていた。

「あ、解った! 右のまぶたをハサミムシに挟まれたんでしょー!」

 笑顔でイタズラっぽく弄ってくるのは、眼帯の理由が、ものもらいだと想像出来たからである。

「いやもうそのシュチュエーションが 想像できないぞ」

 颯太が席に着くと、少し上から覗き込む早苗。

「ものもらいって、やっぱり痛いー?」

「うーん…擦り傷に触ると痛い感じに似てる? って言うか、折原はものもらいの経験、ないの?」

「経験ないなー」

「そっか」

 眼帯の中が気になる様子の早苗は、さっきよりも、グっと近づいてくる。

 座席に座る颯太の目の前には、制服に包まれた少女のバストが、数センチという近距離にまで急接近だ。

 早苗の体温だけでなく、仄かに良い香りもする。

 なにより、視界をたっぷりと覆う、早苗の制服バスト。

「視界が塞がれてる感じだなー」

「へー 眼帯って そうなんだー」

 会話が食い違いながら、早苗は初めて実物を見たらしい眼帯の、後頭部へ続く紐が気になる様子だ。

「後ろ、どーなってるのー?」

「普通にゴム紐」

「へー」

 少年の答えを聞きながら、触って確かめたくなったらしい。

「ちょっといー?」

「んー?」

 特に了解とか得ずに、早苗は正面から、颯太の後頭部へと両掌を廻す。

 目の前数センチだった少女の胸部が、まさに鼻先へと触れる寸前。

 少年の鼻頭には、早苗の制服のリボンが軽く押し付けられて、くすぐったかった。

「クシャミが出そうだなー」

「へー、上泉くん、頭の後ろに そんなポイントがあるんだー」

 後頭部をプニプニと、細くて弱い感じな指先が触れる。

 ゴム紐は、最近の耳に引っかけるタイプではなく、昔ながらのヒモ結びタイプだった。

「あー 結んであるー」

「こういうのって、最近は少ないらしいなー」

 後頭部の結び目をクリクリされると、何かの小動物にジャレつかれているみたいな感触だ。

「なんか、不思議に気持ちいーなー」

「ここ クリクリするの、好きー?」

「悪くはないかなー」

 座席に腰かける少年の頭を抱きながら胸を押し付けているような現場に、涼子が登校してきた。

「お早よー。あー早苗 何のお店ー?」

「涼子ちゃんお早ー。眼科ー?」

「あー 最近の眼科はサービスいーんだねー」

 昨夜、眼科に行った少年が答える。

「普通だったぞ?」

「あー そーなんだー」

 サラっと流しながら、颯太の黒髪を斜めに袈裟懸ける白いゴム紐に、涼子も注目。

「あー 上泉くん、柳生十兵衛ー?」

「また渋い偉人が降臨されたものだなー」

「あー ものもらいー。あれ 痛いよねー」

 涼子は、かつてものもらいになった経験を思い出して、ノンビリと苦笑いだ。

「涼子ちゃん、経験あるんだー」

「あー 中学の頃だけどねー。早苗はー?」

「私 まだなんだよねー。やっぱり 痛いのー?」

「あー 痛いよー。泣くほどじゃないけどねー」

「上泉くんはー? 泣いたー?」

「いや俺は男だし」

 などと話している現場に、政彦が登校してきた。

「おー? なんかムズムズする話か?」

「ううん、ものもらいの話でしょー?」

「ああ、ものもらいの話だろ?」

「あー ものもらいの話だよねー」

「そうかー ものもらいの話かー。 颯太の海賊デビューかと思ったがなー。ところで折原はアレ? 新装開店?」

 政彦のボケは、早苗には通じにくかったらしい。

「え、そうなのー?」

 と颯太に振ると。

「いや、子供の頃からある 近所の眼科」

 との答え。

「へー。あ、リョッコさー、オレがものもらいになったら 診てくれるー?」

「あー 見るだけなら見たいしー、診るなら百万円ー」

「保険適用ゼヒに!」

 馬鹿な会話をしているうちに、予冷が鳴った。


 休み時間に、新しい眼帯を貰いに保健室へ向かおうとする颯太。

 白い眼帯は、クラスの男子たち、主に政彦によって、スカルボーンの海賊マークを描かれてしまった為だ。

「トイレに行って、保健室 行ってくるわ」

「眼帯 私が貰ってきてあげるよー」

 そういって、早苗は保健室へと走って行った。


 戻ってきた少女の手には、白い眼帯が二つ、揺れている。

 新しいタイプの眼帯は、マスクのように左右で耳に引っかけるタイプだった。

「おー折原、ありがとうなー」

「私が着けてあげるよー」

 親切心というより、イタズラがしたい笑顔だ。

「んーまー それじゃあ」

 着席した颯太の前に、早苗が立つ。

「ではではー♪」

 右目の眼帯を外すと、ものもらいは殆ど無くなっている。

「まぶたのあたり、少し赤いねー」

「まあ もう痛みとか、ないけどなー」

 早苗は、颯太の右目に新しい眼帯を着けると、更に左目にも眼帯を装着。

「見えるー?」

 両目に眼帯を着けられた颯太は、素直に答える。

「眼帯の空気穴? から、ボンヤリ気味だけど、意外と見えるなー」

 そんな現場に、涼子と政彦が突っ込んできた。

「あー 上泉くん 白いサングラスー?」

「颯太よ、海賊と山賊のハイブリット、山海賊の誕生だな!」

「どっちがどっちの眼帯なんだ?」

「でー」

 少年たちの会話をヨソに、早苗が赤いマーカーでハートを描いて、無機質な白い眼帯をラブリーにデコレート。

 完成したのは、左右にハートマークな眼帯を着けた少年の姿。

「わー上泉くん 可愛いー♡」

「あー 上泉くんって 情熱的なんだねー」

「色が透けてるし、何が描いてあるのか、だいたいわかるなー」

 正面の早苗や、右隣の涼子からのリクエストで、姿勢良く座ったまま、それぞれの方向に向いて写メをパシャパシャ。

「しかし颯太よ、お前の本性は こうだあああっ!」

 政彦が、ドクロマークの眼帯を颯太の口に装着。

 両目がハートで唇がドクロな颯太。

「あー 上泉くんって 情熱的でワイルドな 危険な男なんだねー」

「わーそれって 女子にモテそー」

「ペット的な意味だなー」

「「ペット的な意味だねー」」

 早苗たちの言葉に、政彦が食いついた。

「モテそう、だと? 颯太よ、眼帯貸してゼヒに!」

 眼帯三つをそのままに、政彦に向く颯太。

「ドクロ込みだろ? 政彦と間接キスとか ヤだなー」

「うわ言われてみれば本当だゼ!」

 政彦はオーマイガーな感じ。

 早苗はフと思いついて、口元のドクロ眼帯を、額へと移動させる。

「わー上泉くん なんかヒーローっぽい感じ~」

「心に愛を封印した復讐系ヒーローか?」

「あー 上泉くんって、そういう哀愁とかでも 女子受けするタイプなんだねー」

「颯太よ、やっぱり眼帯貸してゼヒゼヒに!」

「イヤだよ」


                       ~第七話 終わり~

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