第六話 幸せが鎮座している?


 ある土曜日。

 早苗と颯太は、図書館でテスト勉強をしていた。

「英語の田中先生、急に『月曜日に小テストだー』とか 言うんだもんねー」

「なー 参るよなー」

 テスト勉強には政彦と涼子も誘って、一緒に図書館まで来たものの、思った以上に人がいて、二人ずつで少し席が離れてしまっていた。

「まー、政彦にとっては軽く地獄だろーなー」

 政彦と涼子は向かい合って座れて、幼馴染みの成績高度飛行な涼子が、成績低空飛行な政彦のノートをチェックしているという、政彦にとってはなかなか厳しい状況である。

 颯太と早苗は壁際の席しか取れなくて、壁に向かって、颯太の右隣に早苗が腰かけて、テスト勉強に勤しんでいた。

 窓からは春の日差しが射し込んでいて、暖かい。

「成績がそこそこの俺たちと違って、政彦には篠田の指導が必要だもんなー」

「でも涼子ちゃん、優しいよねー」

 背後で泣いている政彦をヨソに、二人はノートを書き進めてゆく。

 一時間ほど頑張って、とりあえずテスト範囲は頭に入って、脳が疲労感を訴えて来たので、颯太は休憩を取った。

「ふぁ~…ちょっと倒れるー」

 と言って、机に突っ伏す。

「私も、もうちょっとで範囲 終わるー」

「おー がんばれー」

 突っ伏したままの応援を受ける早苗は、最後の設問でつっかえたらしい。

「あー…上泉くん、和英辞典 持ってきたよね。ちょっと貸してー」

「そこら中に山と積まれていると思うがー」

 図書館である事を突っ込まれても、早苗は構わず、颯太の和英辞典を求める。

 颯太の机、左側に閉じてある和英辞典に向かって、早苗は突っ伏す颯太の頭を上体だけ超えて、手を伸ばした。

「お借りしまーす」

 手を伸ばす少女の胸が、少年の頭の上に、ムニんと乗っかる。

「んー 頭の上に、幸せが鎮座している?」

「えーそーなんだー」

 颯太の突っ込みを特に拾う事も無く、早苗はツルツルする辞典に少し手間取りながら、手に取る。

「えーと…」

 少女が着席をすると、颯太の頭の上に触れていた早苗のバストが遠ざかり、頭が軽くなった。

「んー 幸せが逃げて行ってしまったような」

「へーそーなんだー」

 少年の残念そうな言葉も、早苗はスルー。

 目的の単語を調べると、早苗は和英辞典を返す。

「ありがとー」

「んー」

 閉じた辞典を手に取って、颯太の左側に戻そうと、再び少年の頭を上体だけ超える。

「よっと」

 突っ伏す颯太の頭に、また柔らかい重みが、プニんと乗せられた。

「んー 幸せの再降臨?」

「そうなんだー あれ」

 和英辞典を戻そうとして、滑って位置がずれて、早苗はツルツルな表紙の辞典を、指でたぐり寄せる。

「んん…また滑るねー この辞典ー」

 身体を藻掻かせると、柔らかいバストが頭の上でムニムニと躍動をして、颯太のサッパリとした髪もムシャムシャと弄られたり。

「んー なんか、暖かくなってきた感じー?」

「あー春だもんねー」

 早苗も最後の設問を終えると、脳の疲労感に襲われる。

「んん~…はぁ…」

 背筋を伸ばして力んで脱力をすると、一気に眠たくなってきた。

「ふわわ…上泉くん、何か飲まない?」

「あーそーだなー」

 突っ伏していた颯太と一緒に立ち上がり、政彦たちの席へと向かう。

 一時間前とは違い、机は意外と空いていて、颯太たちは四人で纏まって座れた。

「政彦 どーだー?」

「あぁあー、せめて言語学者くらいの頭があればなー」

」あーまーくんらしい願望だねー」

 捗ってはいないらしい。

「涼子ちゃんはー? 対策、どう?」

「あー私はだいじょぶ」

 成績優秀な涼子は、普段からノートも綺麗につけているので、小テストなら読み返すだけでも十分な対策になるらしい。

「その頭脳は羨ましいよなー」

「あー上泉くん まーくんサイドに落ちたら暗黒だよー?」

「仲間は随時、募集中です」

「ジュース買ってくるけど、何がいー?」

 政彦のボケをスルーしつつ、颯太は注文を訊く。

「おお、お使いならオレが行ってやっても良いぞ?」

「あーまーくんは勉強ねー」

 サボろうとした丁稚が、おかみさんに咎められる感じだ。

「政彦はいつものホットしるこ?」

「脳の疲れには甘い物がベスト!」

 これは拒否の意味である。

「じゃー角砂糖ー?」

「むしろこのあたりで売ってるの?」

 早苗のボケにも素早い返しの政彦だ。

「あーまーくん こういう事には頭の回転、速いよねー」

「超高速ヘッドと呼んでくれ」

「それは頭そのものの回転じゃねー?」

 ばかな会話を堪能して、颯太と早苗は館内の自販機で、四人分のドリンクを買った。


「あー まだ時間あるなー」

 とりあえずのテスト勉強も終わって、まだ昼過ぎだ。

「あーどっか遊びに行くー?」

「その前に なにかお腹に 入れたいな」

 政彦の空腹願望を聞くと、颯太のお腹も反応をする。

「確かに、ちょっと腹へったなー。そこで何か 食ってく?」

 道を挟んだ図書館の左前に、コンビニがある。

「あーそーだねー。私ポテトがいーなー。まーくんの奢りでー」

「なぜに?」

「あー勉強みてあげた代ー?」

「オレの財布よ 存分に咽び泣くがいい!」

「そんなに高くないだろポテト」

 四人でコンビニに入店して、レジ横のスナックメニューを見る。

「上泉くん、なに食べるー?」

「んー なんか肉まん食べたい感じ?」

「もう暖かいのにー?」

 肉まんを温める機械の中には、各種が複数個、温められていた。

「頭の上に鎮座した幸せの影響かなー」

「あ、そういえばさー。幸せってー 人にお裾分けすると、良いって言うよねー」

 ニコニコな早苗は、奢ってボケ、みたいなイタズラっぽい笑顔だ。

「肉まん二つ買って 一つずつ分ける? なんか 意味深な感じだよなー」

「えーそう?」

 二人の会話に、政彦が乱入。

「オレにもすまんな颯太」

 腕組みしてふんぞり返る政彦に、颯太も返す。

「ほぉ、政彦の奢りとは」

 颯太の返しに、涼子も早苗も乗ってきた。

「あーまーくん ごちそうさまー」

「ごちそーさまー」

「ハイエナの群れの恐怖!」

 などといつもの会話を楽しんで、小腹を満たした四人は、遊びに出かけた。


                       ~第六話 終わり~

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