第5話 風もないしさ


 土曜日の放課後。

 晴れた屋上で、颯太は寝転がって小説を読んでいた。

 とはいえ、直に転がっているワケではなく、床には新聞紙を四枚ほど拡げて敷いて、その上に転がっているのだ。

「ふわわ…ふむ…」

 春の日差しの暖かさと、そよ風が心地よくて、睡魔に襲われて読書どころではない。

 そんな一人の屋上に、掃除当番を終えた早苗が、カバンを持ってやって来た。

「あ、本当にいた。上泉くん、何してるのー?」

「ん? ああ、折原ー。掃除 終わったん?」

「んー。で、何してるのー?」

屋上で転がっている颯太に興味深々らしく、早苗は結構なローアングルも意識せず近づきながら、愛らしい笑顔を輝かせて訊いてくる。

「んー。今日はよく晴れてるし、風もないしさ。先生に許可貰って用務員さんに古新聞貰って、日向ぼっこ」

「へー♪ よく許可 貰えたねー」

「二人ともに笑われたけどな」

「私もやろー♪」

 鞄を枕に読書する少年が羨ましくなったらしい早苗は、脇に置いてある古新聞を手に取って、颯太の隣に広げて並べた。

「四枚くらいあると 余裕だぞ」

 言われて同じように並べ終えると、早苗も新聞紙の上に、仰向けで寝転がる。

「うわー、なんか悪い事してるみたいー♪」

「そうか?」

 制服が汚れてしまうから、普段は屋上で横になる事なんてしない。

 ちょっとした非日常な感じがして、早苗はドキドキして楽しそうだ。

 颯太と早苗は二人きりで、屋上で並んで横になっている。

「なんか背中、軽くゴリゴリするねー」

「まあな。カバン 枕にしないと頭 痛くなるぞ」

「あはは。そーだねー」

 早苗は特に読書とかする気はなく、新聞紙の上で転がって、目を閉じて太陽を浴びている。

「? そいやさ、折原 なんか俺の事、探してた?」

 屋上に上がってきた早苗の最初の一言から、そう考える颯太。

「ううん別にー。ただ 掃除終わって職員室に報告しに行ったらねー、先生が『上泉のやつ 変な事考えるなー』って、笑ってたからさー。気になって」

「あー」

 それで屋上まで来てみたらしい。

「でもあれだねー。屋上、気持ち良いねー」

 屋上の鉄柵は遠くて視界に入らないし、見えるのは全て青空だけだし、まるで郊外にでも来ているかのような解放感だ。

「なー。これで人工芝とかだったら、もっと良い感じかもなー」

 わりと古い県立高校の学舎な為か、コンクリ剥き出しな屋上である。

「あー、人工芝だったら、フカフカだよねー」

 言いながら、早苗は仰向けだった身体を、颯太の方へと向き変えた。

「おおー、上泉くん近いー」

「そりゃ隣だし」

 意外と近くで早苗の声が聞こえて、颯太も早苗の方へと体勢を向ける。

 転がって向き合った二人の距離は、十数センチな感じ。

「ほんとだ。なんかえらく近いな」

「ねー」

 太陽を受ける早苗の笑顔は楽しそうで、いつも以上の近距離感だ。

 優しい風が吹くと、早苗から淡い柑橘系な、良い香りが漂ってくる。

「本、読んでたの?」

「んー。だけどなんか、暖かくて眠くてさー。全然 頭に入ってこない」

 言いながら、文庫本をカバンの脇へ置く。

「なんか、ジュースとか あればなー」

 早苗も欠伸をしながら、ウトウトと目を閉じてみる。

「ふわわ…このまま身体中で 根っこが生えそうだよー」

 暖かくて眠くなって、なんだかノンビリダラダラとしていたくなる。

 早苗が少し足を動かすと、颯太の視界の下方で、肌色がチラ見えした。

「んー?」

 僅かに身を起こしながら見ると、制服のスカートが少し捲れて、艶々な腿が大胆に露出している。

「折原、スカート 少し捲れてる」

「あー ヤラしい男子 発見ー」

「とか 無防備な女子が言ってもなー」

「ですよねー」

 とか笑いながらも、早苗は特にスカートを戻す気はない様子。

 颯太の位置からは中が見えないことも、解っているのだろう。

 ダラダラした屋上に、聞き慣れた声が聞こえて来た。

「うおーなんだこの光景は。連続殺人事件かー?」

「おー政彦ー」

 颯太の視界、早苗の背後に、政彦が入り込んでくる。

 早苗はさり気なくスカートを戻して、少し身を起こした。

「あれ津村くんー。涼子ちゃんはー?」

「いま来るよー」

「はい来たよー」

 すぐ後ろから、涼子も姿を見せる。

「あれ上泉くんと早苗、何? 新聞紙の上で添い寝?」

「ダンボールすら 手に入らなかったらしいゼ」

 幼馴染同士のバカな会話に重ねる颯太。

「だから新聞、政彦の分は無いっぽいなー」

「あー まーくん地ベタだねー」

「オレは新聞紙すら敷けないのか!」

「っていうか、涼子ちゃんたちも日向ぼっこー?」

 早苗の問いに、残った新聞紙を広げながら、涼子が答える。

「あー 下駄箱に二人の靴が残ってたからねー。早苗は掃除当番だったけど、上泉くんは当番じゃなかったでしょー? だから探してみたら、二人が添い寝してる現場に出くわした感じ?」

 一枚の新聞紙に腰かける大人っぽい早苗は、寝転がる颯太と少し身を起こした早苗の目線では、なんだかいつもよりセクシーな感じにも見えた。

「わー涼子ちゃん、このアングルとか すごく大人っぽいなー」

「そう? あー まーくんの面倒 ずっとみてるからかなー」

「アングルフングル! って言うか、オレもどこかに座らせてプリーズ!」

 必死に抗議する政彦は、新聞紙を貰えず、立ちっぱなしだ。

「それじゃー 津山くんは上泉くんと相席するー?」

「え まーくんたちBL?」

「「ノー」」

 息の合う男子同士だ。

「みんな揃ったし、どっか寄ってく?」

「あーいーねー」

 颯太の提案に、早苗も涼子も賛成をする。

「オレの新聞座布団は却下?」

「あー アタシの使い古しで良ければ、差し上げても宜しくてよ?」

 雑なお嬢様言葉で、涼子は裏返した新聞紙を政彦に提供。

「なぜわざわざ汚れてる面?」

 苦情を述べながら、政彦は汚れた面を谷折りにして、新聞紙を片付ける。

「よろしい。ボテト一本分の働き、見事ですわよ」

「勝ち取ろう ベースアップ!」

 社長令嬢に抵抗する労組の構図であった。

「政彦、このまえ言ってたボーリング場、行かね?」

 颯太は、以前に政彦が話題にしていたボーリング場行きを提案してみる。

「おー覚えていてくれたか 我が友よ! こうなると解っていたら、颯太の新聞紙ベッドに添い寝しとけば良かったぞ!」

「え、やっぱ まーくんと上泉くんBL?」

「「ノー」」

「あはは」

 気の合う男子同士に、早苗も涼子もバカバカしくて笑ってしまった。


                        ~第五話 終わり~

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