第2話 三十杯だっけ?

 金曜日の放課後。

 HR終了後、颯太の席まで早苗が来る。

「じゃ、行く?」

「んー」

 二人で廊下に出て、一階の下駄箱で履き替えて、帰宅部の生徒たちと同じく校門を出る。

 電車に乗って、二人は颯太の家へとやって来た。

 颯太の実家は、角地の一軒家で二階建ての日本家屋で、小さいけれど庭もある。

「どーぞー」

「しつれいしまーす」

 颯太が用意したスリッパを履いて、早苗は一緒に二階へと、意外と広い階段を上がる。

「ここ、俺の部屋」

「おお、オジャマしまーす」

 案内されて、少しかしこまった早苗だ。

 物が少ない颯太の部屋は、いかにも男子という感じにサッパリと片付いている。

 ベッドと机とパソコンがあって、床には座布団替わりらしいネイビーブルーのクッションが転がっていて、部屋の隅にはカーテン式の収納があった。

「うわー、弟以外の男子部屋、初めて入ったよー」

「そうなんだ」

「護の部屋なんて 漫画とプラモデルとお菓子の空き箱で汚いんだけど、上泉くんの部屋って、なんかスッキリしてるんだねー」

「無趣味なモンで」

 颯太は椅子の元にカバンを置いて、一階のキッチンへと向かう。

「適当に座ってて。あ、そのクッション、使っていいから。飲み物 持ってくるけど、何かリクエストある?」

「ありがとー。紅茶的な何かなら なんでもいーよー」

「紅茶ね。はいはい」

「ベッドの下、 漁っていーい?」

「いいけど、エロ本的な何かとか ないぞ」

「ちぇー あはは」

 バカな会話のヤリトリがあって、颯太はキッチンへ。

 早苗は床のクッションにお尻を降ろしながら、暫し室内を観察。

「……男子の部屋って、意外と片付いてるんだー…」

 一階から颯太が上がってきて、トレイには温かい紅茶が注がれたカップとスプーンなどが二組と、砂糖のポットが乗せられている。

「どぞ。パックのだけど」

「どーもどーもー」

 机の上にトレイを置くと、早苗がポットから砂糖をすくう。

「上泉くん、お砂糖 三十杯だっけ?」

「溶けきらないぞ」

「一杯だっけ。間違い間違い♪」

「程があるぞ」

 二人で紅茶を戴いて、颯太が問う。

「で 何だっけ?」

「あ、うん」

 言いながら、早苗は携帯ゲーム機をカバンから取り出した。

「このゲームがさー、護が強くて、私負けてばっかでさー」

 ゲーム機には大戦アクションのソフトが入っていて、複数人でワイワイ楽しむ有名なゲームだ。

「護くん、強いんだ」

 弟にせがまれては対戦するけど、勝てなくて、上から目線で笑われるのが悔しいらしい。

「上泉くん、ちょっとプレイしてみて。でー、私にレクチャーしてよ」

 ゲーム機を受け取りながら、颯太は早苗の隣に座って、スイッチを入れる。

 立ち上がった画面を見ながら、早苗に訊いた。

「オレはこのゲーム持ってないけど、田中にやらしてもらった事あるな。折原はどのキャラ使って、護くんはどのキャラ使うん?」

「これー。私は同じキャラで 勝てない」

 そもそも、このゲームにあまり興味が無いっぽい早苗だ。

 一人プレイ画面で とりあえず護が使用するという忍者キャラを選択して、団体戦をスタート。

 やや狭いステージの上で、六体のキャラが叩き合って落とし合う。

「たしか…ああ、こうだったな」

 一度プレイを体験しているし、操作もなんとなく覚えていたので、意外とすぐに第一ステージをクリアー出来た。

「おー、なんか上泉くん 強くない?」

「このくらいなら、レバガチャで何とかなるだろ」

 言いながら、第二ステージをスタート。

 相手キャラたちの攻撃を見つつ、間隙を縫って攻撃をして、叩き落す。

「ここもクリアじゃ~ん。上泉くん、すごーい!」

 画面を覗き込む早苗は、意外と顔が近い。

(うわ近っ! まつ毛長いっ!)

 颯太は気づいてチラチラと二度見してしまい、忍者が叩き落される。

「あ、上泉くんワンミス」

「って言うか、折原 近い」

「え あ、ごめーん」

 照れくさそうに笑って謝る早苗に、颯太は不意にドキドキした自分を落ち着かせる為の、呼吸を吐いた。

 紅茶を一口飲んで、颯太は引き続き第二ステージ。

「まぁ、護くんが使うこのキャラはさ、この大振りとショートジャンプが曲者だから」

 言いながら、周囲の敵たちを団体で相手して、次々と落としてゆく颯太。

 手堅いプレイに、早苗は素直を感心を示している。

「おおー。そうそう、なんかいつもこんな感じに叩かれてさー。負けるの 私ー」

「このキャラに勝ちたいなら、むしろ別の…この鈍重筋肉の方が有利だよ」

 キャラ選択の画面に戻って、マッチョな大型キャラを選択。

「えー でもこのキャラ。なんか重そうだし可愛くないよー」

 デザインと体重関係に不満があるようだ。

「でも防御力は高いし攻撃範囲も広いから、忍者の遠距離じゃ大したダメージは受けないし、一発当たれば忍者の体力もかなり奪えるから」

「へー」

「折原のレバガチャプレイでも、接近しちゃえば勝てるんじゃない?」

「なるほどねー。って、なぜ私がレバガチャだと解ったか!」

「まー 忍者ニガテって時点で、テクニカルプレイじゃないだろーなーって」

「むむー、この名探偵め」

 不満そうだけど怒ってはいない早苗だ。

「ついでに、コッチの女子キャラでの対戦攻略も確立しとく?」

 言いながら、可愛い猫みたいな女性キャラを選択。

「え、上泉くん このキャラ出来るの?」

「田中にやらして貰った時にさ、みんなで色々と弄ったからな」

「えー男子みんなで女子キャラ弄ったとか、なんかえっちー」

「講義終了する?」

「私の勘違いでしたごめんなさい」

 こうして、颯太と早苗は夕方まで、ゲームをプレイした。

 早苗の顔がずっと近くて、颯太はなんだかドキドキしっぱなしだったり。


「それじゃー、おじゃましましたー」

「んー」

 駅まで送った颯太は、改札を抜けた早苗に手を振る。

「また来いよ」

「いぇーす」

 早苗は笑顔で帰って行った。


 週明け、月曜日の学校。

 教室で、颯太と早苗と、幼馴染同士の津村政彦(つむら まさひこ)と篠田涼子(しのだ りょうこ)が、楽しそうに話している。

「でさー、護に勝ったわけよー。上泉くんのおかげだよー」

「「へー」」

「良かったなー」

 颯太たちの祝福を受けて、しかし早苗は、新たな不満顔。

「でねー、そしたら護、違うキャラでまた勝って来てさー。頭くるよー」

「んーまぁ、そうだろーな」

 護の対抗手段に納得する颯太。

「でさー、また指南してくれるー?」

「ああ 良いよ」

 金曜の放課後からずっと近かった早苗の顔が、いつもよりもかわいく感じる颯太だった。


                          ~第二話 終わり~

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