第2話 図書室に住む聖女
翌朝の目覚めは最悪であった。
父親はすでに出勤しており、母親と姉貴が朝食を食べていた。
昨日、一人称を俺に変えると決意したが改めて言うとなると恥ずかしいが決意したのだ
「俺の飯は?」
……。
一瞬、間が空くと、母親が白いご飯を差し出す。
「ま、多感な年頃ですしね」
母親はうんうんと納得した様子である。しかし、姉貴は違っていた。
「悩み事が有るならわたしに言いなさい」
うーん、タワーマンションの聖女に一目惚れされたなどとは言えないし。
むしろ、恋の悩みができたと言った方が良い感じだ。
「俺は翔太だ、問題あるか」
「それは知っている。あー面倒くさい『ボク』に戻しなさい」
相変わらず、ストレイトな性格だ。
ここで喧嘩をしてもつまらないが俺は俺にしたいのであった。
俺はメモ書きをして席を立つ。
『俺は後で食べる』であった。
「わたしの翔太がぐれてしまった~」
姉貴の嘆く声に虚しさを感じながら半分の窓の自室にもどる。
朝の支度をして再びキッチンに行くと姉貴とすれ違う。
「渡さない!翔太はわたしのモノよ」
なんだかシスコンが聞いたら喜びそうな言葉を残して去っていく。
さて、学校の図書室には聖女の二人がいる。
これからが問題である。
高校に着くと先ずは部活である図書委員の仕事である。
前日に返却された本を本棚に戻す作業をする。
うん?書庫前の空きスペースに寝袋らしき物がある。
ミチルとレイが寝ているのであった。
「おはよう、ショタは仕事?」
「あぁ、そんなところだ」
「着替えるので離れて下さい」
レイが寝袋から出て恥ずかしそうに言う。
その姿はクマのもこもこパジャマであった。
クールなレイとは考えられない姿だ。
それに比べてミチルは学校指定のジャージ姿であり。残念な女子に見えた。
「ジャージ姫も着替えるのか?」
俺の問いにミチルは怒るかと思えばそうではない。
ミチルはジャージ姫の代名詞は気に入ったらしい。
へーと、関心してその場から離れると図書室のカウンターを掃除していると制服姿の二人が出てくる。
司書の職員さんが出勤してくると、俺の仕事は終わりである。
司書さんに挨拶をして教室に向かう。
俺は教室で浮いている。
何かきっかけがあった訳ではない。
気が付くと教卓から横の窓の前に立ち中庭を眺めている事が多かった。
その日の天気を感じて携帯に残すのが日課になっていた。
「ショタ、甘い物でも食うか?」
何故か同じクラスになった、ミチルがポッキーを片手に声をかけてくる。
レイは甘辛の煎餅を食べていた。
「朝食か?もっと栄養バランスの効いた物を食べたらどうだ」
「大丈夫よ、これでも聖女ですから」
ミチルは自慢げに言う。うむ、人外と解釈していいのかと少し悩む。
「ミチル、煎餅、美味いぞ」
レイがぼりぼりしながらミチルに煎餅を差し出す。
それから、しばらくの間は二人でぼりぼりと食べていた。
俺も一枚煎餅を貰いぼりぼりと食べる。
食べ終わる頃にはショーホームルームが始まろうとしていた。
それから、授業に移り退屈な時間を過ごす。
俺は夜間の大学にするか。それとも、姉貴の様にバイト漬けでもいいから私立にするか迷っていた。
そう、地方の国立にするには少し偏差値が足りない。
俺も中学ではそれなりに上位にいたが高校では落ちこぼれであった。
そんな事を考えながら授業を過ごしていると昼休みに入る。
「レイ、プールのシャワー室に行ってお風呂だよ」
「はい、ミチル、行きましょう」
この学校に温水シャワーがプールに併設されている。
この二人は本当に学校に住んでいるらしい。
「あーショタ、わたし達の裸を想像したでしょ」
イヤ、ホント、一言多い聖女だ。
「翔太の為なら……」
レイが頬を赤くして脱ぎ始める。
おいおい、ここで脱ぐな!
俺は何とかレイを説得してシャワー室に向かわせる。
ふ~疲れる毎日だ。でも、少しだけ楽しい日常に変わっていた。
俺の夢は大学に入ることである。
貧しい家庭の事情で進学塾には通えない。
高校も偏差値の高い私立に受かったが庶民の公立に通う事になった。
学歴を付けるにはお金が必要である。
そして、放課後は図書委員の部活である。
仕事の合間に参考書を開くが誰も教えてくれない。
最近の受験はテクニックが必要なのでかなり限界がある。
図書委員の活動が終わると帰り支度を始めると。
「わたし達は『三老士』さまの配慮で自由を得たの」
ミチルが近づいてきて何か語り始める。
この高校の校長先生も『三老士』さまの一人らしい。
街を動かしている偉い人達のようだ。
「ま、ただのクーデターですけどね」
レイの話によると『四つ葉』なる聖女が俺に惚れて『三老士』と喧嘩になり。
分裂してしまったのがミチルとレイとのこと。
何故、今は遠き夢である大学受験の事を考えていたら話し出す。
「渋い顔して、祝福の聖女であった、わたし達に任せなさい」
「俺はまとまった金が欲しいだけだ」
……。
黙り込む二人……イヤ、三人であった。
現実を二人に突き付けても仕方ない。
俺は図書室を出る。
ミチルが追いかけて来て。
「夢が叶うなら!」
レイが追いかけて来て。
「わたし達は無力じゃない!」
それはエールであった。
ふ、帰ってから勉強でもするか……。
俺は少し自分の夢に素直になれた。
今日も朝一で図書室に向かい活動を始める。
そう本を戻す作業であった。
書庫の前では相変わらず二人が寝袋で寝ている。
「一緒に寝ます?」
レイが声をかけてくる。どうやら、今起きたらしい。
寝袋を開けてカモーんをしている。
アホかと怒り、その場を去ろうとすると。
「レイがショタを独り占めしている~」
横からブウブウと抗議が聞こえてくる、ミチルも起きたようだ。
「うふ、おやすみなさい」
レイは寝袋を閉めると再び眠りにつくのであった。
学校に住むとはギリギリまで寝てられる特権があるらしい。
ミチルはレイとは逆に立ち上がり。
「ご奉仕してあげる」
俺は無視してカウンターに戻ると。
「わたしのしもべ!」
なにか呼ぶ声が聞こえるが図書室のカウンターを整理している。
大体、ご奉仕と言いながらしもべと言うのは正しいのか?
ま、ミチルの戯言である。
おや、司書さんが出勤である。
これで、朝の活動が終わりである、。図書室を出ようとすると。
事務職員の女性が重そうな荷物を持ってくる。
「昨日、宅急便で届いたの、行先はこの部屋だけど『四つ葉』さん宛てなんですけど」
あ、はい、はい、ミチルとレイの事だ。
俺は荷物を受け取ると書庫の前に行き荷物を二人に見せる。
「三老士め、ここでも祈りの作業をしろとな」
ミチルが重いダンボール箱を見つめる。
レイも起きてきて。
「手探りになるわ、聖女としての力は落ちているもの」
とにかく、開けてみよう。
それは丸い石に白いヒモが巻かれたものであった。
なんだ、これは???
「法具よ、正確には祈りを行う触媒みたいなものよ」
ミチルは石を机の上に置き、手をそえてみる。
「まだ、温かい……」
これはミチルとレイの聖女らしいところを見られるのか?
「ツン、ツン、わたしは嫌です」
不機嫌そうにレイが呟く。
「ですね、自由になる為に個体を割ってまで屋上温室から抜け出したのに」
ミチルもレイの言葉に賛同する。
「良いのか?三老士はここの校長先生もそうなんだろ?」
ミチルはバックから何か取り出す。
それは日記帖であった。
○月×日
明日は三老士が集まる。最近、祈りの力が少なくなっているらしい
わたしの聖女としての力の限界である。
○月×日
この屋上温室から小さな団地が見える。
賢そうな青年が半分の窓からこちらを見ている。彼ならばこの世界から連れて出してくれるかもしれない。
○月×日
温室に新しい花が欲しいと三老士に相談する。
翌日、ゼラニウムの鉢が届く。水を欠かさず大切にしよう。
○月×日
ゼラニウムの鉢が枯れてしまう。
わたしの悲しみのエネルギーがこの街を支えている。
きっと、三老士の仕業だ。
○月×日
わたしはミチルとレイなる人格を作った。
この屋上温室からはわたしは出れない。
二人に分ければあるいは。
○月×日
わたしの悲しみは限界である。
三老士と喧嘩になる。
わたしの存在を割ることを決断する。
○月×日
わたしの分断は成功、タワーマンションの出口から出るが行き先が無い。
高校の校長先生の三老士に学校に住むように言われる。
三老士としても完全にわたしを失うことは避けたいとのこと。
日記はここで終わっている。
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