scene4
「よし。ここまで来れば大丈夫かな……」
殺風景な岩場を見回しながらアルドが言うと、カレリアは小さく頷いた。
「それにしても、カレリア……追われてるなんて大変だな」
「一体、何があったの?」
アルドに続けてエイミが問うと、カレリアはようやく重い口を開いた。
「……はい。順番に、ご説明しますね。私は以前、KMS社に勤務する研究者でした。と言っても、魔獣研究はあくまで個人的な趣味で、仕事としては主にエネルギーについて研究していたんです。ただ、なんとか仕事と関連付けて、魔獣研究のための予算を確保しようとしていましたが……」
「カレリアさん……意外としたたかデスネ」
「あはは……」
「それで、どうして指名手配なんかに?」
アルドが率直に尋ねると、カレリアは首を横に振った。
「実は……法に触れるようなことは、何もしていないんです」
「え? それってつまり……どういうことだ?」
「要するに、冤罪……ということでござるか?」
サイラスのこの質問から少し間が生じたが、カレリアは頷いて応じる。
「そう……ですね。信じてもらえないかもしれませんが……」
「なんでそんなことになったんだ? 指名手配なんて、よっぽどのことだろう?」
「それは……ちょっと、ややこしい話なんですが……」
そう前置きしてから、カレリアは簡潔に説明していった。
「わたし、研究者になる以前から、地上の調査を行いたいと考えていました。現存する資料はほとんど調べ尽くしてしまったので、魔獣の文化が残っているとしたら、地上を調べるしかないんじゃないかって……」
「そうか……。でも、まだ地上には行ってないんだよな?」
「はい。何度も調査の許可を申請したんですが、一度も通らなくて。……というか、審査すら行われていないようだったんです。こんなの、普通じゃないんですよ。何かしらの理由で、わたしの企画が黙殺されているとしか考えられなくて……」
「それで、何かおかしいと思って、会社のデータベースでも調べちゃったのかな?」
すかさずエイミが口を挟むと、カレリアの顔は不意に強張った。とは言え、話が通じる者がいたことについては安心したようだったが。
「……そういうことです。バカ正直に調べたのが運の尽きでした。詳しくは皆さんにも話せませんが、KMS社の暗部とも呼べる秘密に気付いてしまったんです」
「KMS社の暗部……」
「ふむ、いかにもキナ臭くなって来たでござる」
「わたしは身の危険を感じました。わたしが機密情報にアクセスしたことはすぐにバレてしまう。もう手遅れだ、と……」
「なるほどな。それで、カレリアは捕まる前に逃げたってことか」
「はい……。信頼できる同僚に――ノノちゃんに事情を話したら、幸い協力してくれまして……。着の身着のままラボを抜け出して、間一髪で身を隠すことができました。ですが……――」
ここでカレリアの言葉が途切れた。涙が込み上げてきたせいで、喉が詰まったようだ。続きを予測して、エイミが補う。
「やっぱりデータを盗み見たのはバレちゃってて、でっち上げの罪で指名手配。各方面から追われる身になってしまった……って、ところかしら?」
「……仰る通りです。最近ようやくこの島に落ち着けましたが、お金もなかったし、仕事もできないし、毎日見つからないようにするだけで精一杯で……」
「そっか……カレリアは苦労してきたんだな」
未来人ではないアルドに、彼女の逃亡生活が正確に想像できたわけではない。ただ、根っからお人好しである彼は、彼女の涙を目にしただけで、居た堪れなく思ったのだった。
「まったく、許せん話だな。魔獣を想い、魔獣のために働く者を虐げるとは……。やはりこの時代にも、ろくでもない人間はいるようだ」
ギルドナもまた義憤に駆られていたが、そんな彼にエイミが素朴な疑問を向ける。
「ギルドナ、今の話でちゃんと事情がわかったの?」
「当然だ。研究やら会社とやらの話はさっぱりだが……要するにカレリアは、無実の罪で追われる身なのだろう?」
「うん、合ってるのは合ってるけど……」
「ソレは、話の冒頭でわかっていマシタ」
リィカは冷やかし気味にそう言ったが、ギルドナは表情を変えなかった。
「とにかく、許せん。ここは俺が一肌脱ごう」
するとサイラスも、彼に同調を示す。
「うむ。拙者も未来の事情はよくわからぬでござるが、濡れ衣を着せて追い詰めるなどと、卑劣極まりない所業……。見過ごせぬという点については、同意するでござる」
「アルドよ、お前も力を貸せ。ここは俺たちがなんとかせねば」
「いやいや、なんとかするって言ったって……」と、アルドが尻込みしたところで、エイミが間髪入れず「そうよ、相手が悪すぎるわよ」と反発する。彼女はこれ以上のいざこざに関わりたくないようだ。
「下手すれば、KMS社と全面対決になるんだから……。私たちだけでどうにかできる問題じゃないわ」
「関係ない。この魔王の征く道を阻む者は、誰であろうと斬り伏せるまで――」
と、ギルドナが絶望のつるぎを天にかざしたところで、カレリアが慌てて引き止めた。
「ちょ、ちょっと待ってください。わたしが今話したことは、すぐに忘れてください。皆さんにまで危険が及ぶのは……困ります」
「何を言うか。ここまで聞いておいて、忘れることなど――」
「いいんです。助けていただこうと思って話したわけではないので……。ただ、親切にしてくださった皆さんと、嘘をついたままでお別れしたくなかっただけなんです」
「遠慮をするな。お前は何も悪くないのだぞ?」
ギルドナは諭すようにそう言ったが、カレリアはふるふると首を振った。
「……本当に大丈夫です。わたしは、このまま静かに暮らしていけるだけで十分ですから……。追手も撒けたみたいですし、目立つことさえしなければ捕まることもないでしょう。だから――」
しかしここで、軽薄な声が響き渡る。
「ふん、甘い考えだな」
言葉を遮られたカレリアは、「えっ……!」と首を回した。
彼女の視線の先には、すでに銃を構えた男。先程、資料を見定めながら通話していた追跡者だ。
「この程度で包囲網から抜け出せたと思うとは……つくづくおめでたい女だ。最早この世界には、お前の安住の地は存在しない」
「なんだお前は!?」
アルドが声を飛ばすと、男は対照的に、冷ややかに嘲笑った。
「それはこっちのセリフだ。逃亡犯に協力者がいるのは予想されていたが、揃いも揃って妙な格好をして……。お前ら、どこの組織の者だ? その女を支援する団体でもあるのか?」
「組織なんか関係ない! オレたちは、カレリアの仲間だ!」
「はあ……? やはり、ただの変人の集まりか……」
男が呆れた様子で首を捻ったところで、ギルドナが切っ先を向けながら、一歩前へ出た。
「おい貴様、カレリアを追い回している悪党だな?」
「ははは、悪党とは面白い。まあ、お待ちかねの追手だよ。こんな辺鄙な島まで、他に誰が来る?」
男はカレリアに侮蔑の視線と銃口を向けたまま、まさに悪党のような台詞を吐いた。
「なあ、犯罪者。こいつらを巻き添えにしたくないなら……これからどうするべきか、わかってるな?」
「…………」
カレリアが抵抗の姿勢を見せなかったことで、男はさらに満足気に笑う。
「それにしても、資料の写真とは全く別人だな。これだけ探しても見つからないってことは、顔ぐらい変えているんだろうとは思っていたが……まさかここまでやるとはなぁ?」
「あ、あの……。おとなしく従いますので、この人たちには手を出さないでください。お願いします……」
「あーあー、こっちとしても願い下げだ。懸賞金がかかってるのはお前だけだからなぁ」
と、男が何気なく口にしたところで、エイミがリィカに肩を寄せて囁いた。
「懸賞金……。警察関係の人じゃ、なさそうね」
「そのようデスネ。KMS社直属というわけでもなく、おそらくはフリーのハンター……まがいの、チンピラかと」
「……OK」
それがわかったことで、カレリアへの協力に消極的だった二人の決意も固まったようだ。
「さ、一緒に来てもらおうか」
「痛っ……!!」
男が乱暴にカレリアの腕を掴んだ瞬間、ついにアルドが怒声を上げた。
「おい、やめろ!」
「なんだ、コスプレ野郎が。お前らはどことでも失せろ」
男は銃口をアルドたちに向けたが、ギルドナは鼻先で笑った。
「フッ……失せろと来たか。この魔王に対して……」
「ん……? お前、何か言ったか?」
「さらにはお前呼ばわり、か……。貴様がどこの誰かは知らんが、口の利き方を教えてやろう。我が絶望のつるぎの前に、平伏すがいい」
「…………」
男は唖然としていた。当然ながら、ギルドナに恐れをなしたわけではない。彼だけでなくカレリア以外の者が全員一様に、瞳に闘志を湛えて自分を見据えていたからだ。
「……なるほどな。こんな女を匿うだけあって、相当イカれた連中のようだ。いいだろう、お望み通り始末してやる」
そう吐き捨ててカレリアから手を離すと、上着のポケットから何かを取り出した。掌に収まるサイズのコントローラのようだ。
「ただし、手を下すのは俺じゃないぞ。KMS社からレンタルした最新の戦闘兵器だ……」
「あっ、あれは……!!」
岩陰から現れたのは、巨大なアガートラム。ただ、これまでアルドたちが戦ってきたものとは型が異なる。
「皆さん、逃げてください! 勝ち目がありません……!」
絶望を顕に叫ぶカレリアの姿に、男は優越感たっぷりに頬を歪ませる。
「ははは、もう遅い。腕に覚えがある連中のようだが、こいつは特別製だ。生身の人間が束になったところで、どうにもならん。さあ、惨めに死ね。死体も残らんぞ!」
男が手を振り上げると、戦闘兵器は無情にも動き出す。――しかしながら、数々の死線を潜り抜けてきた一行は、さも事もなげに、それぞれに呟くだけだった。
「ホウ……。図体だけは立派なのが出て来たな」
「斬り捨てるのは、この一体だけでよいのでござるか?」
エイミは退屈そうな顔で、リィカに最終確認する。
「ねぇ、リィカ。相手しちゃっても大丈夫よね?」
「ハイ! フルボッコOK、デス!」
「行くぞ、みんなっ……!!」
*
戦闘は、ごくごく僅かな時間で終わった。
「やったか……!?」
「なっ……なん……だと……?」
十字に割られた巨大な機体。派手に砂埃を舞わせながら、その場に崩れ落ちる。
放たれた銃弾や光線は尽く躱され、或いは弾き返され――瞬く間に連撃が叩き込まれ、新品のボディは見るも無残に変形していった。そして最後はアルドとギルドナが放った斬撃によって、綺麗に四つに分割されてしまったのだった。
爆発四散。その光景を受け入れられなかった男は、武器を構えたアルドたちに取り囲まれてなお、呆然と立ち尽くしていた。
「ど、どうなってるんだ……? 最新型のアガートラムが、いとも容易く……?」
「逆に訊きたい。貴様、こんな鉄屑に何ができると思った?」
ギルドナが気障ったらしく微笑むと、男は恐怖と混乱を滲ませた顔で、余裕のない声を張り上げた。
「く……くそっ! お前ら、一体何者だ……!?」
「はっ……!」
即座にアルドは「おい! 今度は絶対名乗るなよ!」と釘を刺す。
「フン。貴様のような三下に名乗る名など、持ち合わせていない」
「ほっ……」と、胸を撫で下ろすアルド。もっとも、この男に対して魔王ギルドナと名乗ったところで、なんら差し支えなかったかもしれないが。
「さて、己の愚かさを噛み締めたか? さっきの言葉をそのまま返してやる。……どことでも失せろ。二度とこの娘の前に姿を見せるな。今日見たことは、全部忘れるんだな」
ギルドナがそう言い切るや否や、男は駆け出した。
「くっ……これで済むと思うなよ。その女の今の姿は、きっちり写真に撮らせてもらったからな!」
「えっ……!?」
「なんだと!? おいお前、待てよ……!!」
「まずいわ、このまま逃したら……!!」
岩陰には戦闘兵器だけではなく、小型飛行機が隠されていたようだ。男はそれに飛び乗ると、あっという間に浮上させ、そのまま空の彼方へと消え去ってしまった。
「行ってしまいマシタ……」
「……で、ござるな」
「ど、どうしよう……」
カレリアはその場にへたり込んでしまった。姿を変えることでなんとか追跡の手を逃れてきたのに、これではどこにも身を隠せない。
かと言って、ノノルドにこれ以上の肉体改造を頼むこともできない。ただでさえ先程の追跡者に、一緒にいるところを見られたのかもしれないのだから。
「まいったな……。本当にどうしたらいいんだろう……」
申し訳なさそうに声を漏らしたアルドに向かって、ギルドナが平然と言う。
「何を困ることがある? 敵は倒しただろう?」
「いやいや、それだけじゃダメなんだって……。カレリアを狙ってるのはあいつだけじゃない。彼女には懸賞金がかかってるんだ」
「また別のハンターが来るのも時間の問題だし、この島も安全じゃなくなっちゃったわね……」
「と言うより、顔が割れてしまった今、どこへ逃げても無駄デス、ノデ……」
「ああ……せっかく見つけた最後の隠れ家だったのに……。もうわたし、行くところなんかないよぉ……」
アルドたちがこそこそと話す隣で、カレリアは顔を覆って泣き出してしまった。
皆が彼女に同情と困惑の視線を向ける。そんな中で、一人憮然としたギルドナが、こんなことを言い放った。
「フン……くだらん。揃いも揃って、寝ぼけたことをぬかすな。奴らの手が及びようのない、安全な場所があるだろう?」
「えっ……。それって、もしかして……」
察したアルドは頬を引きつらせる。だが、ギルドナは真っ直ぐにカレリアの元へと歩み寄っていった。
「おい、カレリア。立て、行くぞ」
「ギルドナ様……? 行くとは、どちらへ……?」
「言うまでもない。コニウムへ戻るのだ」
「……やっぱり」と、アルドは肩を落とす。
「あの、それはさすがにダメでしょ……。だってカレリア自身も、未来に影響を与えたくないって言ってたわけで……」
エイミがアルドの代弁をしたが、ギルドナの考えは変わらない。
「ほとぼりが冷めるまで身を隠すだけだ。せいぜい一年か二年なら問題なかろう? その間コニウムで過ごせば、そのうち奴らも『カレリアは死んだのだろう』と思うはずだ」
「そ、そうなのかなぁ……?」
「一年か二年……未来に影響を及ぼすには十分すぎる気がしマスガ……」
エイミとリィカは難色を示していたが、アルドにも他の案は浮かばなかった。彼はおずおずとカレリアに顔を向ける。
「なあ、カレリア。ギルドナが勝手に話を進めちゃってるけど……お前はそれでいいのか?」
「わ、わたしがというか、コニウムの皆さんがどう思うかというのが、かなり気がかりですが――」
「何を言うか。あの村の誰が反対すると思う? 皆、喜んで貴様を歓迎するだろう」
「だ……だと、いいんですけど……」
「まあ、コニウムの人たちは反対しないだろうけどさ……。本当に、これでいいのか……?」
よくわからなくなってきたアルドがエイミの方を顧みると、彼女は肩をすくめて答えた。
「私も、思うところはあるけど……仕方ないかもね」
「拙者たちが四六時中守ってやるわけにはいかぬ以上、致し方ないでござろう!」
「短期的には、それしか方法がないと思われマス、ノデ……」
サイラスとリィカもそう続けると、アルドはふっと息を吐いて、諦めたように笑う。
「……わかった。じゃあ、それでいこう」
「皆さん……ありがとうございます」
「よし、決まりだな。コニウムへ戻るぞ!」
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